Enlightenment Now その14

第7章 食糧 その1


生命活動にはエネルギーが必要だ.ピンカーはこの面での進歩の解説をこう始めている.

  • 老化,出産,病原体に加えて,進化とエントロピーによるたちの悪いトリックがもうひとつある.我々の尽きることのないエネルギーへの必要性だ.人類は長年飢餓とともにあった.
  • ヘブライの聖書はエジプトの飢饉を描き,キリスト教の聖書はヨハネの黙示録の四騎士の一人に飢饉を割り当てている.そして19世紀になっても穀物の凶作は世界の特権的な場所であっても突然の悲惨をもたらすものだった.


ここでピンカーは1868年にスウェーデンを襲った飢饉についてのヨハン・ノルベルグの記述を引用している.大変悲惨な状況だ.歴史家ブローデルによると近世までのヨーロッパは10年ごとに飢饉に見舞われていたということになる.経済学者ロバート・フォーゲルは18世紀初めのフランスの一人あたりの食糧のエネルギー価について1965年において世界最低水準であった時のルワンダ並みだっただろう試算している.

  • 当時の飢えたヨーロッパ人はいわば食糧ポルノである「コケーニュ物語」(逸楽の国)に慰めを見いだした.そこではパンケーキが木になり,道路はお菓子で舗装され,ナイフが背中に刺さっているローストされた豚が通りをさまよい,水のなから調理された魚が足元に跳ね出てくるのだ.
  • 今日私たちはそのコケーニュに生きている.そして問題はカロリーの摂りすぎになった.歴史上始めて貧しい人が太っている世界になったのだ.確かに肥満は公衆衛生上の問題ではあるが,歴史的な基準では極めてたちのいい問題に過ぎない.
  • では西洋以外の世界は? 多くの西洋人が悲惨な飢饉とアフリカやアジアと結びつけるだろうが,しかしこれらはもはや過去の現象となった.確かに中国とインドは多くの人口を抱え脆弱な灌漑システムに依存するコメ生産にたよっていたため飢饉に弱かった.(ここで17世紀のインドの飢饉の悲惨な状況についてのブローデルの記述を引用している)
  • しかし近時世界はこの点においても素晴らしい,しかしあまり認知されていない偉大な福音を受けている.その膨大な人口にもかかわらず,途上国は食糧を自給しているのだ.最も明白な例は中国だ.その13億人の国民は今や1日あたり平均3100キロカロリーを摂取できている.インドも2400キロカロリーに達している.アフリカの平均は2600キロカロリーだ.


ここで1700年から2013年までの摂取カロリー推移のグラフが示されている(データソースはOur World in Data 2016;元データはFogel2004とFAO).英国は1700年から緩やかに上昇,フランスは19世紀前半に大きく上昇,先進国は19世紀後半から20世紀にかけて3000キロカロリーに到達.途上国は第二次世界大戦後急速に向上し続けている.

  • このグラフは平均を表している.だから金持ちだけがたくさん食べていては全体のウェルビーイングには問題があることになる.しかし幸運なことに,貧しい層でも摂取カロリーは向上している.


ここで5歳以下の子供のうち発育不全である比率の国別の1965から2015までの推移グラフ(データソースはOur World in Data 2016;元データはFogel2004とWHO)と1975から2015までの地域別の栄養不良人口比率の推移グラフ(データソースはOur World in Data 2016;元データはFAO)がある.

  • ケニアバングラデシュの発育不全の比率はなお嘆かわしいものだが,ここ20年で半分になっている(ケニアは45%程度から25%程度,バングラデシュは80%程度から40%程度に).コロンビアや中国も40%程度だった水準を着実に10%台にまで減らしている.
  • 先進国ではこの期間を通じて既に栄養不良人口は(統計的には0と区別できない)5%以下だ.途上国の現状水準13%はなお高いが40年前の35%に比べれば遙かにましだ.そして1947年にはこの数字は全世界平均で50%だったのだ.


ここで150年間の10年ごとの大きな飢饉による10万人あたりの死亡数の推移グラフが載せられている.(データソースはOur World in Data 2017;元データはDevereux 2000; Ó Gráda 2009; White 2011, EM-DAT, The International Disaster Database)1870年代の1400人がピーク.1960年代ぐらいまでは10万人あたり数百人が死んでいるが1970年代からは100人以下に抑えられている.

  • 慢性的栄養不良だけでなく,破局的飢饉も減少している.
  • 経済学者のデヴェローはこうコメントしている.「飢饉への脆弱性はアフリカ以外の世界からほぼなくなった.アジアとヨーロッパの飢饉は歴史の彼方に消えたのだ.まだ『飢饉の土地』という名称が中国やロシアやインドやバングラデシュに使われることはあるが,しかし1970年以降それはエチオピアスーダンにしか見られない.さらに穀物不作と飢饉のリンクもなくなった.最近のほとんどの干魃や洪水による不作は地元や国際的な救援を十分に受けられるようになった.このトレンドが続けば20世紀は数千万人が食糧不足によって死んだ最後の世紀になるだろう」
  • これまでのところトレンドは続いている.確かにまだ東アフリカやスーダンで飢饉は生じているが,20世紀までに見られたような破局的な死者は出さなくなっているのだ.


確かに1970年代までは大規模な食糧飢饉のニュースはありふれていた.日本でも戦後しばらくは厳しい状態だった.この面でも世界はここ数十年で非常に改善しているのだ.