Enlightenment Now その63

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

第21章 理性 その5

 
ヒトが時にバイアスに弱いことをどう乗り越えればいいか,ピンカーはまず検証の大切さを語り,様々な主張はその後のトラックレコードをきちんと示していくべきだと指摘した.また予測においては、何か単純な原理ですべてを理解したつもりになるより,謙虚にベイジアン的,オタク的な態度を取ることが有効だと論じた.一旦ここを整理した上で,ピンカーはその前のテーマ「政治的なラベル付けの危険性」に戻っている.理性の最大の敵は「政治的な部族主義」なのだ.

 

  • 公的世界における現在の理性の最大の敵は(無知でも数盲でも認知バイアスでもなく)政治化でありそれは増大している.
  • アメリカの政治舞台は極端に二極化している.大衆の政治意識はここ20年でより分化し,同じ意見を持つもの同士でのみ相互作用するようになっている.政党もより党派的になり,互いに相手をののしるようになっている.
  • アメリカ人の過半の意見は中道で,自分を中道だと規定する割合は変わっていない.しかし両極端の人々がより投票をし政治活動をする.本来中立的であることが期待されるアカデミアでも二極化が進んでいる.傾き方は分野により異なり,ビジネス,コンピュータサイエンス,工学,医学ではあまり偏りはないが,人文科学と社会科学は大きく左に傾いている.
  • アカデミア(そしてメディア,批評家,インテリ)のリベラルティルトはある意味では自然だ.知的探求は完全ではあり得ない現状からの変革に向かいがちだ.そしてインテリが好む明確化された前提は,保守派の好む市場とか伝統的規範とかの曖昧な社会形態よりリベラル的な詳細な政策と相性が良い.そしてリベラルティルトはある意味望ましい.知的リベラリズムは民主制,社会保障,宗教的寛容,奴隷廃止,人権拡張など様々な進歩を牽引し,それらは現在皆に受け入れられている.

 

  • しかし先ほど見てきたように,ある信条があるイングループの印になってしまうと重大な機能が失われる可能性がある.そして実際にアカデミアでそれが生じていると信じる理由がある.私は「The Blank Slate(邦題:人間の本性を考える)」で,いかに左派政治家がヒトの本性の探求を歪曲してきたかを示した.テトロックと心理学者デュアルテたちは,社会心理学者たちの左派への傾きがそのリサーチのクオリティを落としていると主張している.
  • それを認める社会心理学者もいるが,多くはその批判にいきり立った.さらに一部のアカデミア文化は極端な左派に覆われ,例えば「人種差別がすべての社会問題を生んでいるわけではないと主張するものは差別主義者だ」と決めつけられるような状況を生んでいる.教授たちはスターリン的なポリコレ検閲を恐れて,剣呑な議論から遠ざかる.風刺コメディアンもジョークに対する学生の怒りを恐れて学内での講演を控えるようになっている(関連する最近のアカデミアの風潮がいくつか描写されている)
  • キャンパスでいかに愚行が繰り広げられているとしても,右派の扇動家にアカデミアから出てくるのは皆クズだというアイデアをもてあそばせるわけにはいかない.アカデミアは膨大な意見の大海を抱きしめて来たのであり,それは査読論文,終身在職権,オープンディベート,引用表示と実証的証拠の要求という規律にコミットしている.大学は多様な批判を受容しながら,世界に知識を提供し続けたのだ.

 

  • そしてアカデミアの二極化より遙かに危険なのは政治の二極化だ.アカデミアの論争はいかに激しくてもそれにかかっているものは小さい.しかし政治的論争にかかっているものは遙かに重大であり,地球の将来までもが含まれる.相手が邪悪だと信じる党派による議会の支配は民主制の基礎を崩しかねない(ゲリマンダーや恣意的投票規制,最高裁判事の任命を巡る駆け引きなどが解説されている).政策や哲学がいかに異なっていようと民主制の基礎的なメカニズムは尊重されるべきだ.現在の右派による民主制の基礎の破壊は若いアメリカ人に民主制は機能不全だと思い込ませてしまうかもしれない.
  • アカデミアと政治の二極化は相互に補強し合う.アメリカの保守政治家がレーガン,ブッシュ,トランプとどんどん知識を無視するようになるなかで,知性的な保守派になることは難しくなっている.片方で,リベラル政治家はアイデンティティポリティクスやポリコレ警察に堕していく.我々の時代の課題は,部族主義ではなく理性による政治とアカデミアの文化をどう育んでいくかということなのだ.

 
 
このあたりはまさにハイトの最近著「The Coddling of the American Mind」で示されていた通りの状況ということになる.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/04/04/172150

The Coddling of the American Mind: How Good Intentions and Bad Ideas Are Setting Up a Generation for Failure (English Edition)

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