Enlightenment Now その76

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第23章 ヒューマニズム その6

ピンカーによるヒューマニズムの擁護.有神論的道徳からの批判への反論は,有神論的道徳そのもの,それを上から目線で大衆のためだとという「信仰の信仰」主義を順番に新無神論的ロジックで切って捨てる形でなされた.ここからは「宗教の再興」現象は本当かという点が扱われる.日本にいるとぴんとこないが,アメリカではトランプ当選あたりから結構「宗教が盛り返しているのではないか」ということが議論されているようだ.
 

  • このような議論を別にして,実際に「信仰の必要性」は世俗的ヒューマニズムを押し返しているのだろうか.信仰深き者,「信仰の信仰」主義者,科学と進歩に対して憤激する者たちは世界の「宗教の再興」傾向を満足げに眺めている.しかしこの「再興」は幻想だ.世界で最も速く拡大している宗教は宗教では全くない.
  • 宗教的信仰の強さを歴史的に測定するのは難しい.過去から同じ質問をしてきたリサーチはほとんどないし,あっても解釈は様々だ.多くの人は(無道徳と誤解され差別される恐れのために)無神論者とラベル付けされるのを嫌がり,自分を無神論者ではないと答え,その一方で,宗教的信念がないことを認めたり,宗教的ではないが霊的だと言ってみたり,神ではない何か上位の力を信じていると答えたりする.
  • 何十年も前にどのぐらい無神論者がいたかを確実に知る方法はない.ある推計では1900年の無神論者は総人口の0.2%とされている.一方WIN-Gallupの宗教インデックスによると2005年の確信的無神論者の割合は10%,2012年には13%となる.さらに追加の23%は「非宗教的」であり,信仰者の比率は59%になる.100年間で大きく信仰者の割合は減っているらしい.
  • 社会科学の「世俗化理論」によると,非宗教化は豊かさと教育によってもたらされる.最近のリサーチでは,実際に豊かで教育程度の高い国ほど非宗教的であることが示されている.宗教の凋落は西ヨーロッパ,コモンウェルス,そして東アジアで顕著だ.オーストラリア,カナダ,フランス,日本,オランダなどでは宗教的な人の方がマイノリティになっている.宗教の凋落はかつての共産圏でも見られる.凋落が見られないのはラテンアメリカ,イスラム世界,サブサハラアフリカになる.データ的には「宗教の再興」はどこにもない.

 

  • では「宗教の再興」のアイデアはどこから来たのだろうか.それはケベック人が「ゆりかごの逆襲」と呼ぶアイデアから来ている.信心深き人は子だくさんだ.聖堂の人口統計学者はイスラム人口比率は2010年の23.2%から2050年には29.7%になり,キリスト教人口比率は変わらないと予測した.この予測は現在の出生率が変わらないという前提であり,アフリカが人口動態の転換期であることやイスラムの出生率が低下しつつあることを無視している.
  • 世俗化傾向についての鍵になる問題は,それが時間効果か年齢効果か世代効果かと言うことだ.リサーチがあるのは英,米,オーストラリア,カナダ,ニュージーランドだけだが,年齢効果はあまり見られず,一部の国で時間効果があるが,世代効果はすべての国で顕著だ.世代が若いほどより世俗的なのだ.
  • では裕福でかつ宗教的なアメリカをどう考えればいいのだろうか.2012年時点で60%のアメリカ人が自分は宗教的だと答える.(カナダでは46%,フランスでは37%,スウェーデンでは29%だ)しかしアメリカでも世俗化のコホート効果は大きい.「Exodus」でそれがレポートされている

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https://www.prri.org/research/prri-rns-poll-nones-atheist-leaving-religion/
 

  • アメリカの宗教からの離脱は(選択肢を示してどの宗教宗派を信じているかを聞かれたときに)「どれでもない:Nones」と答える比率が1972年の5%から今日の25%に増えているところに現れている.これはカトリック(21%),福音派(16%),プロテスタント(13.5%)よりも大きい.世代効果の傾きは大きく,サイレント世代とベビーブーマーでは「どれでもない」が13%なのがミレニアル世代では39%になっている.「どれでもない」の中の無神論者の比率の世代効果も同じように大きい(サイレント世代が7%,ベビーブーマーが11%.ミレニアル世代が25%).アンケートへの回答傾向を考慮に入れると実態はもっと多いだろう.
  • では何故評論家たちはアメリカで宗教が再興していると考えているのだろうか.それは「どれでもない」派は投票しないからだ.「どれでもない」派は投票権者の20%を占めるが,実際の投票者の12%しか占めていない.「どれでもない」派のヒラリーとトランプの支持は3:1だったが,彼等は投票に行かなかったのだ.同じような傾向はヨーロッパのポピュリスト運動でも見られる.評論家たちは投票結果(と出生率)から「宗教の再興」の幻を見ているのだ.

 

  • 世界はなぜ世俗化に向かっているのか.いくつか理由がある.
  • 20世紀の共産主義国家は宗教を違法化し,それらが崩壊したあとも市民たちの宗教に戻る速度はゆっくりだった.一部は女性解放などの開放的価値のグローバルな広がりによるものだ.市民が裕福になり医療や社会福祉が充実したことも神に祈る理由を減らしただろう.しかし最大の理由(reason)は理性(reason)そのものだろう.人々がより知的好奇心を抱き,科学的知識を得ると,奇跡を信じなくなるのだ.アメリカ人が宗教から離れる最も一般的な理由は「宗教を教えることへの信念の喪失」だ.無神論はフリン効果に乗っているのだ.
  • 理由はともあれ.世俗化の歴史と地理は「宗教のない社会は無関心とニヒリズムで崩壊するのではないか」という恐怖に実体がないことを明らかにした.世俗化は歴史的進歩と共に進んできたのだ.多くの非常に宗教的な地域が地獄のような社会になっているのに比べ,それほど宗教的でないカナダやデンマークは住むのにとてもいいところだ.アメリカの例外は示唆的だ.アメリカは西側で最も宗教的だが,幸福やウェルビーイングでアンダーパフォームしている.アメリカ内の50州にも同じ傾向が見て取れる.因果は複雑で双方向だろう.しかし民主制国家では世俗化はヒューマニズムにつながり,人々を祈りや教義や宗教権威から実践的な政策へ向かわせるというのはありそうだ.

要するに「宗教の再興」は幻想であり,アメリカ,そして世界中で豊かさと共に世俗化が進行中であり,それはコホート効果が最も大きく効いているということだ.力の入れ方から見てアメリカでは結構ややこしい議論になっているのだろうと思わせる.