Robert Trivers: Deceit and Self-deception – from Viruses to Donald Trump

ロバート・トリバースがヘルシンキで自己欺瞞関連のレクチャーを行っている動画がアップされている.

あまり体系立っていないが,なかなか面白いので紹介しておこう.
 


Robert Trivers in Helsinki: Deceit and Self-deception: from Viruses to Donald Trump
 
 
冒頭では自分の自己欺瞞本「Folly of Fools」を紹介し,フィンランド語訳を見せ,さらについに中国語にも訳されたと自慢そうにいっている.そこで残念ながら日本語には訳されていないがそれはきっと慰安婦をめぐる記述が彼等の気に入らないからだろうとコメントがある.日本の出版社におかれては是非このような誤解を解くべく邦訳を出版してほしいものだ.

レクチャーは動物の擬態から始まり,そこから次々に騙しや自己欺瞞についての様々なトピックを紹介していくという形で行われている.
 

  • 毒ヘビの頭に見えるチョウの蛹,捕食者のそのまた捕食者であるクモに擬態したハエ(この擬態は初めて見るもので非常に面白い),気に入らない人が乗馬すると倒れて死んだふりをする馬(動画で紹介している.倒れたあとで舌を出して死んだふりをしている様子は爆笑もの).動物界にも騙しはあふれているのだ.
  • 自己欺瞞とは何か,それは真実と嘘があり,両方の情報は得ているのだが,意識に対して真実を隠した状態だ.これは第三者に真実を隠すための戦略として理解できる.
  • ヒトの自己欺瞞を示した実験の紹介.エプレイは非魅力的から魅力的な顔の系列をモーフィングによって作り,被験者の写真をその中に入れ込んで,何秒で発見できるかという実験を行った.被験者をより魅力的にした顔,リアルな顔,より非魅力的にした顔で比較すると発見までの平均時間がそれぞれ1.86秒,2.08秒,2.16秒となった.要するに自分の顔がどれほど魅力的かについてヒトは自己欺瞞に陥っているのだ.
  • (デュシェンヌ笑い(自然な笑い)と目が笑っていない不自然な笑いのスライドを投影しながら)自然なデュシェンヌ笑いはフェイクしにくいことが知られている.被験者の笑っている顔がどこまでデュシェンヌ笑いに近いかのスコアとアンケートによる自己欺瞞指数は負の相関を示す.
  • 自分の心音が今どれぐらいの速さになっているかを報告してもらう.一般人とプロのトレーダーを比較するとプロのトレーダーの方がより正確に自分の心音の速さを報告できる.またトレーダー間で比較するとトレードのパフォーマンスと心音速度報告の正確性が相関している.(プロのトレーダーほど自己欺瞞に陥りにくいことを示唆している)

 

  • 自分の額に「E」の文字を書いてもらうという指示をする.すると自分から見たEを書く(相手から見ると鏡文字になる)か相手から見た「E」を書くかに分かれる.ここで30秒間自分がpowerを持っていることを暗示したあとに書いてもらうとより鏡文字を書きやすくなる.同様のことは相手の表情読みタスク,顔を覚えるタスクでも観察できる(powerの暗示で表情読みや顔覚えタスクの成績が低下する)自分に力があると相手の情報の必要性が下がるからだと説明できる.
  • 自己欺瞞にクロスカルチュアルなデータはあるのか.自分が知っているのは1つだけだ.それは国ごとのジニ係数と自己欺瞞の間に正の相関があるというものだ.ジニ係数が低い(より経済的に平等)ほど自信過剰傾向が低い.(両方低い国の代表は日本やドイツ,両方高い国の代表がベネズエラ,ペルー,南アフリカ)*1
  • ゲノム間コンフリクト:(父方遺伝子と母方遺伝子が1個人の中でコンフリクト状況にあることの説明のあと)この問題についてはデイヴィッド・ヘイグが素晴らしい議論をしている.この1個人の中のコンフリクトにおいては遺伝子が互いに騙しあっている可能性もあると思っている.

 
このあたりからトリヴァースの筋金入りのラディカルレフト振りが表に出て,時事問題を取り扱う.
 

  • アメリカはソーラーパネルをどこに設置すべきか.フロリダ州か,ワシントン州か:この前ワシントン州に講演に行く機会があった.ワシントン州ではそこかしこの住宅や建物にソーラーパネルが設置されている.あそこは雨が多いことで有名だが,住民意識が高くてそうなっているようだ.しかしさんさんと太陽が輝くフロリダには全くと言っていいほどソーラーパネルがない.それは実はフロリダ州ではソーラーパネルの設置が違法になっているからだ.これは電力ビジネスがロビイイングをしてそうなっている.彼等はグリッドの安全性がどうのと言う理屈をこね回して利益誘導に成功したのだ.
  • 航空機はパイロットが操縦しているときと副パイロットが操縦しているときとでどちらが安全か:尋ねると多くの人はそれはより経験があり,資格をもつ正パイロットの方が安全だろうと答える.事実は逆だ.事故は副パイロットが操縦しているときの方が少ない.それは副パイロットが操縦しているときは正パイロットが運行に責任を持つ監視役として機能しやすいからだ.この(副パイロットが監視役として機能しにくいという)正パイロット時のリスクはコンビが初顔合わせの時に高い.互いによくわかっていないと副パイロットは正パイロットが間違っていることを指摘しにくくなるからだ.この傾向は権威主義的文化,権威主義的言語(尊敬語などのことをいっている)のもとで強調される.韓国は実際にこれにより航空機の事故率が高かった.現在操縦席においては韓国語を禁止して英語を使うようにしていると聞いている.
  • ボーイング737マックス;利益か安全か:この飛行機にはマルチオーバーライドオートマチック機能が装備されていた(危険を察知したときには自動で手動操縦をコンピュータの自動操縦に切り替える機構が複数組み込まれていた).しかし設計に冗長性がなく,様々な意思決定段階で常に利益>安全の意思決定がなされた.その結果6ヶ月で(2度の墜落事故を起こし)347人が死亡した.そしてしばらく設計の欠陥を否定.現在(全371機の)1機も飛べない状況に陥っている.

 

  • 自己欺瞞と免疫:自己欺瞞と免疫に関連があることがわかってきた.トラウマを抱え込まずに誰かとシェアすることは免疫機能を上げる.それは自分自身に対する手紙という形でも効果がある.同性愛者が隠しているかカミングアウトするかでも免疫機能が異なってくる(カミングアウトしている方が免疫が高くなる)瞑想もいい効果がある.音楽もいい効果がある.(音楽についてはカームな(静かな)ベートーヴェンやバッハは免疫機能を20%上げる.ジャズは8%,ランダムな雑音は逆に8%下げる)
  • 男性の同性愛は男女,女女,男男の絡み動画を見せて勃起程度を計測することで測定できる(男男動画への反応が明確に異性愛者と異なる).そして隠しているかカミングアウトしているかでどのような効果があるかがわかる.今あるデータだとHIV+で(コンドームの装着の有無をコントロールしたあとで*2)隠していると20%生存期が減る.HIVマイナスでも隠していると気管支炎リスク,がんリスクが上昇する.
  • 楽観的なでっち上げ:楽観主義は健康にいいようだ.生存確率もウェルビーイングも向上する.

 

  • ドナルド・トランプ:ドナルド・トランプは典型的なサイコパスだ.
  • サイコパスのほとんどの人は別に暴力的であるわけではない.そして同じ犯罪で有罪になってもより早く刑務所から出てくる.これは周りをマニピュレートする能力が高いからだろう.騙す能力,騙しを検知する能力が高い.いわゆる良心を持たないとされる.
  • サイコパスは1種の欠陥だといわれてきた.しかしそうではない.欠陥だとする論者はホモの時と同じ過ちを繰り返しているのだ.ではなぜ罰を受けたり,周りから信用されなくなるような不利な形質が淘汰されてしまわないかが問題になる.
  • 進化的に淘汰されなかったのはおそらく低頻度で有利になる頻度依存的形質だからだろう.1%程度の頻度だと繁殖成功に問題がないようだ.サイコパス傾向に遺伝性があること,被害者とは血縁度が低い(そういう相手から搾取する)こと,より長距離分散することはこれが進化的に保たれてきた証拠になる.
  • ここでトランプを分析してみよう.彼は子だくさんであり,子どもに大きく投資している,おそらく愛してもいるだろう.そして血縁の低い相手に冷淡であり,レイシストである(いくつものレイシスト的発言が紹介される).嘘を多用し,前言を簡単に翻す.彼はまさしくサイコパスなのだ.(最後に様々なトランプの表情写真をスライドに映していろいろなコメントを付けている)

 
バーニー・サンダースについてのコメントがなかったのが残念だが,いろいろ楽しい講演になっていた.
 
 

関連書籍

自己欺瞞についての本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20120523/1337774801

 
 
自伝.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20151230/1451438427
 
 
ゲノム内コンフリクトについての本.私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20100416/1271413839
 
 
同原書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2006/11/27,読書ノートはhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2006/04/24以降に掲載している.
Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

 
 
型破りで面白い行動生態学の教科書. 
 
同原書
Social Evolution

Social Evolution

  • 作者:Trivers, Robert
  • 発売日: 1985/04/01
  • メディア: ペーパーバック

*1:トリヴァースは触れていないが,この自信過剰傾向はアンケート調査によっているので,(本当に自信過剰かどうかではなく)単に謙遜した方が得という文化傾向も含まれている可能性があるようにも思われる

*2:カミングアウトしていないと常に多数のコンドームを携行することが(ばれるリスクから)難しくなるようで,実際にカミングアウトの有無と装着率に相関があるそうだ