ピンカーのハーバード講義「合理性」 その4

ピンカーの講義,第7回は相関と因果,第8回は合理的選択理論とゲーム理論を扱う.

 

第7回 相関と因果

 
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講義前の音楽はビートルズの「Because」
 

  • (左からのボールが右のボールに当たってはじき飛ばす映像を提示して)ヒトの心はここに因果を見る.本日は相関とは,因果とは,どう区別できるのか,どう実践するのかを扱う.
相関とは何か
  • 相関とは2つの変数間の依存関係をいう.(分布図,相関係数の算出,回帰直線などを説明)
  • 相関係数が0でないことは因果を見る最初のステップになる.
  • しかし相関係数だけに頼ってはいけない.分布図をよく見るのが大切だ(同じ相関係数になる様々な特異的な分布図を提示).
  • これに関わるのがシンプソンのパラドクスだ.すべてr>0になるいくつかのサブセットの全体がr<0になることがあるのだ.

 

  • 平均への回帰も相関の性質から出てくる.これは因果ではなく単なる統計的な現象だ.r=1でない限り,極端な値をとるxが極端な値をとるyと組合せにはなるとは限らないから平均への回帰が生じるだけだ.
  • トヴェルスキーはヒトが平均への回帰に鈍感であることを見つけた.いい成績で褒め,悪い成績で叱るとする.褒めたり叱ったりしなくとも平均への回帰から次は中庸な成績になりがちだ.しかしヒトの心はこれを罰に効果があり,褒賞に効果が無いように勘違いする.
  • スポーツ分野の2年目のジンクス,スポーツイラストレイティッド表紙のジンクスも同じことだ.稀な事件や災害への緊急対策に効果があったように思われがちなのもこれだ.

 

因果とは何か
  • では因果とは何か.これには難しい問題がある.
  • ヒュームは第1定義として「何度も繰り返される相関の経験(恒常的連接)」を提示した.しかしニワトリが鳴くと太陽が昇る場合,これは因果とはいえない.このような定義では交絡も排除できない.
  • ヒュームの第2定義は「反事実的条件法」だ.もしある事象がなかったとしたら結果としての事象が起こらなかったかを考える.これで交絡は排除できる.
  • しかしこれにも問題がある.通常の出来事には多くの必要条件がある.火が生じるにはマッチを擦る,マッチが乾いている,酸素がある,強風が吹いていないことなどが必要だ .しかし我々は「マッチを擦る」以外を原因と表現しない.何か通常ではない状況のみを原因と認識するのだ.
  • また反事実的条件法は因果的先回り(causal preemption)(暗殺者Aの弾丸で大統領は死んだが,第2の暗殺者が準備していた.Aが失敗していても大統領は撃ち殺されていた.だからAの銃撃は大統領の死の原因ではない)を排除できない.
  • そしてよく似た重層的決定(overdetermination)(銃手8人で一斉に囚人に発砲し,囚人は死んだ.誰か1人が発砲しなくても囚人は死んだので,どの銃手の発砲も囚人の死の原因ではない)も排除できない.

 

  • 出来事は1つだけの原因を持つわけではないし,その要因の影響は確率的であり,その確率はしばしば条件付きだ.これはベイジアンネットワークで表すことができる.その要素にはチェーン,フォーク,コライダー(合流)がある.

  

相関から因果へどうやってたどりつくのか
  • このベイジアンネットワークは相関を示しているに過ぎない.ではここからどうやれば因果を見つけられるのか.
  • そのためには介入が必要だ.ある要因から上流の影響を遮断し,その要因を操作して影響を見る必要がある.これは反事実的条件法と関連する

 

  • 因果のもう1つのコンポーネントはメカニズムだ.ヒトの心はそのような「力」「気」の幻想を見てしまう.エーテル,フロギストン,ホメオパシーなどはその例だ.
  • しかし時にこれが真である場合がある.遺伝子,原子,大陸プレートなどは真であることがわかった例だ.

 

  • 世界は交絡であふれている.多くの要素が互いに影響を与え合っていて正の相関を持つネットワークになっていることは多い. 個人の収入,健康,知能,教育,親の年収,ライフスタイル,あるいは国別のGDP,教育,健康,平和,民主制などもそうだ.

 

  • 相関と因果を見分ける黄金律は介入だ.ランダム化したコントロール実験(RCT)で因果をつかむことができる. これは疫学や医療効果の分野で確立され,今や政策決定(ランダムにテスト地区を作って政策を導入し,比較する)や経済成長(途上国への開発援助分野など)に応用されつつある.
  • しかし限界もある.まずたった1つの要因だけを操作することは難しい.予期しない影響を別の要因に与えてしまうことは多いのだ.また実務的にできない,倫理的にすべきでないような介入も多い.

 

  • 運が良ければ,自然にランダム化できた場合の比較ができる.この講義コースが定員オーバーで抽選になったら,コース終了後にその影響を見ることができ,それは因果といえる.
  • また操作変数が見つけられることもある.例えば「FOXニュースが共和党への支持を増やすのか,それとも共和党支持者がFOXを見たがるのか」を知るにはどうすればいいか. この場合ケーブルテレビのチャンネルナンバーの大小(ナンバーが大きいと視聴率が下がる(視聴者がチャンネルの若い番号からサーチすることが多いため),この数字はケーブル会社によりランダムに散らばっていると見做すことができる)を操作変数として利用することができる.
  • もう1つの方法は原因と結果の時間的な順序を利用するものだ.x(t1)とy(t2),x(t2)とy(t1)の相関を比較することでこれを調べることができる(クロスラグドデザイン)  
  • 交絡を見るのに交絡要因候補との相関残差同士が相関しているかを見る方法もある.これを発展させると重回帰分析になる.

 

  • ヒトの心は単一因果誤謬のバイアスを持つ.遺伝か環境かを排他的と考えるのはその1つだ.2つの要因が絡む場合も絡み方はいろいろあるので注意が必要だ.

 
因果とは何かについてのピンカーの説明はややわかりにくい.反事実的条件法ではすべての必要条件事象が「原因」ということになる.それに対してマッチの例でヒトの心の認知が異なっているという問題がまず提示され,次に大統領暗殺や銃殺刑の因果的先回りや重層的決定の例が提示される.
因果的先回りや重層的決定の例は,マッチの例のような「ヒトの心が論理的に同等なものを区別してしまう」という認知の問題ではなく,「結果事象をどう捉えるか」という論理的な問題だ.Aが失敗していてもBが殺しただろうというのは「大統領の死」ということを「結果」としている.しかし結果をより細かく分析し,「ある特定時刻にある特定の角度から撃たれた弾丸によって死亡した」ことを結果としたなら因果的先回りは回避できる.重層的決定も同じだ.これらの例は反事実的条件法を用いる際に「結果」とはなにを指すかが非常に重要になることを示している(もう1つの反事実的条件法の問題は「ある事象がない」という条件の詳細をどう決めるかというところにある.これについてはピンカーはここでは議論していない).そしてこの2つの例が取り上げられるのは主に刑法の問題(暗殺者Aを殺人の既遂罪に問えなくてもいいのか?)で,これがヒトの処罰感情(これはヒトの認知の問題になる)と整合的に解決できるかどうかが問題になるからだ.
そして論理的には,ある原因事象と結果事象について厳密に定義できれば,必要条件かどうかを吟味でき,すべての必要条件は皆原因でありその影響は確率的だと考えるべきだということになるだろう.
 
ピンカーが「The Stuff of Thought」で紹介していたアメリカ刑法における因果の問題を扱った本を読んだことがあるが大変面白かった.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20091110/1257860625
因果関係については第4章で扱われている.詳細はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20091003/1254566994

 
 

第8回 合理的選択理論とゲーム理論

 
第8回は実践的理性の規範的モデルの話になる. 講義前の音楽はクリス・アイザックの「Wicked Game」

  • 実践的理性の規範的モデルの中心になるのは「効用」の概念だ.効用は幸福と一致するとは限らないし,利己的利益やお金とも異なる.
  • ではどうやってそれを知るのか,それは顕示選好を通じて知ることができると考えられている.

 

合理的選択理論
  • 選択の一貫性はどのように得られるか.フォン・ノイマンはそれは期待効用最大化によるのだと考えた.人生のペイオフは確率的でギャンブルの連続だ.そこで期待効用最大となる選択肢を選べば良い.
  • これは当たり前のように思うかもしれないが,そう単純ではない.お金などの多くのものは限界効用逓減の法則に従う.するとある点からの利益は損失より効用が低くなる.これは損失回避傾向を正当化する. また同じく限界効用逓減は保険をかけることの正当化理由にもなる.これは心の安心とは別の説明であることに注意が必要だ.

 

  • 期待効用最大化戦略が正しいと結論づけるには合理性の公理が満たされている必要がある.公理には比較可能性(完備性),推移性,無関係選択肢との独立性などがある.
  • ではヒトはこの合理性の公理を満たしているのか.多分満たしていない.
  • 1つの要因は合理性の限界だ.情報は不完全かも知れないし,公理は計算能力や時間のコストを無視している.最低基準を満たす最初の選択肢を選ぶのはある意味合理的だ.
  • ヒトが公理を満たしていない実例は多い.その1つはタブーや神聖な価値が絡むものだ.ヒトはそのような価値とのトレードオフを考えること自体を嫌がる.多くの政策決定には命と税金のトレードオフが含まれる.政治はそれをうまく隠す技術でもある.そして個別の比較で焦点になる問題を変えてしまうことはよくあり,それは推移性を満たさない選好につながる.(民主党大統領選挙候補の好みについての実例の説明がなされる)
  • また無関係選択肢との独立性もしばしば反例が観察される.(有名なアレのパラドクスの賭けの選択肢の実例が提示される)

 

  • 何故ヒトは合理性公理を満たさない選択を行うのか.1つは先ほどの合理性の限界だ.2番目に神聖価値の問題がある.3番目にゲインとロスが同じ物差しで測れない場合がある.負けたら死ぬような場合がこれだ. 4番目は感情への配慮だ.先ほどのアレのパラドクスは後悔したくないという感情から生じている.5番目は主観的確率と数学的確率は同じではないことから生じる.ヒトが確実だとか不可能だとか感じる確率はp=1や0とは違うことがある

 

  • これを記述的モデルにしたのがトヴェルスキーとカーネマンのプロスペクト理論だ.
  • しかし期待効用最大化戦術が実際に有効に使われている場面もある.例えばマーケットのエキスパートはそう努めている

 

ゲーム理論
  • 効用が相手の選択に依存する場合はゲーム理論で分析できる.(じゃんけんを例にとり説明,ゼロサム,ノンゼロサム,支配戦略,ナッシュ均衡などの概念が解説される)

(ここからゲームを戦略的な側面から分類して説明がある.相手の手を読み相手の狙いを外すゲーム,相手と同じ手を選ぶコーディネーションゲーム,チキンゲーム,エスカレーションゲーム,囚人ジレンマゲームが解説される)

  • ゲーム理論の教訓は奥深い.多くの平衡や戦略は反直感的なのだ.相手の読みを外すゲームではランダム化が鍵になる.コーディネーションゲームでは共有知識やフォーカルポイントが重要になる. チキンゲームでは一見非合理的なコミットメントが有効で,ドルオークションのようなエスカレーションゲームではベタ降りや損切りが合理的になる. 囚人ジレンマでは合理的選択が悪い結果を生み,規制や罰が正当化される.ヒトの集合的不合理を理解するにはゲーム理論が重要だということだ.

 
最後のゲーム理論の奥深さについてのピンカーのコメントは興味深い.確かにゲーム理論の面白さの1つはその反直感的な解にあるのだろう.