よさこい生態学セミナー202005

yosakoiseminar.blogspot.com


高知大学の鈴木紀之さんが企画する「よさこい生態学セミナー」が今回オンライン公開されたので,参加させていただいた.
配偶ペアの成虫が互いの翅を食い合うという面白い現象がテーマ.なかなか1つの講演のために高知まで行くというのも難しいのでこういう企画は大変ありがたい.


生物初・オスとメスが互いを食べ合うクチキゴキブリ 大崎 遥花

 
何故ゴキブリなのかという導入*1が秀逸.そこからこの面白い現象についての説明がなされる.
 

翅の食い合い
  • リュウキュウクチキゴキブリは朽ち木の中でオスメスの両親が子育てするゴキブリ.育って成虫になったら分散し,オスメスが出合ってペアになり,交尾し,その後新しい朽ち木で両親による子育てをする.生涯モノガミー(これにより適応度はオスメスで一致すると考えられる),年1化,卵胎生,寿命は2〜3年(あるいはそれ以上)で同じペアが何年かに渡って子を作り子育てする.この最初の交尾直後に翅を互いに食べるという行動が観察される.
  • この食い合いは最初にどちらかが少し囓り,そのあと交代して囓りということを繰り返し,最終的に翅の大半を互いに食べ合う.
  • これにより飛翔能力は永久的に失われる.
  • この現象はごく普通.300例以上観察した中で1例を除き翅の食い合いがみられた.

 

  • 行動生態的には婚姻贈呈や性的共食いに似ている側面がある.
  • しかし,性的共食いはカマキリやクモにみられるが,身体の大きい性(通常メス)が小さい性を食べる.婚姻贈呈もコオロギなどでみられるがオスがメスに渡すのみ(一例だけメス→オスの報告例がある).双方向なのはゴキブリだけだ.
  • 先行研究も(論文になったものは)皆無.

 

  • 学部時代にこの現象自体を観察して記載,修士時には翅を先に切断したらどうなるかという実験を行い,現在翅をコーティングして食べられなくしたらどうなるかを調べている.

 

現象の観察
  • 採集フィールドは沖縄本島のやんばるの森.大変素晴らしいフィールドだ.そこで朽ち木を砕いてゴキブリを採集し,持ち帰り,九州大学で飼育している.この中でオスとメスとペアを作り,動画撮影する.
  • 観察は24ペア.うち12ペアで翅の食い合いが観察された.相手の羽を食べるだけでなく落ちている羽を食べる行動も観察された.
  • 交代しながら食い合うのだが,その中で食べられている方が相手に身体を傾ける行動,揺さぶる行動が観察された.
  • 傾け行動は翅を喰われることへの協力とみられる(喰われているときや,その前のグルーミングの時だけ見られる行動で,そのあとで喰う時間が長くなる.
  • 揺さぶり行動は,これにより相手の動作が中止されるので,喰われることへの拒否とみられる.適応度が一致している中での自分の状態を正直に知らせるコミュニケーションではないかと考えている.

 

食い合い現象の(究極因的)解釈と翅切り実験
  • 何故翅を食い合うのか.いくつか仮説を立て,翅を切ってからペアリングするという実験を行った.
  • 仮説1:配偶者選択の手法
  • 仮説2:交尾後を知らせるシグナル
  • 仮説3:交尾相手の確保(飛翔できなくする)

 

  • 翅を食い合いの結果と同じぐらい短く切ってペアリングさせた.オスのみ切断10ペア,メスのみ切断10ペア
  • その結果食い合い,交尾がともに大半の例で生じた
  • 短くても喰う.切断面がぎざぎざになる.短くても交尾もする.またシャーレから逃げだそうとすることもない.

 

  • この結果は3仮説とも棄却するものだ.
  • ではどう考えるべきか.ここでペアの適応度は(遺伝的な生涯モノガミーであると考えられるので)一致するのでなんらかの協力行動かもしれないと考えた.
  • 仮説4:翅を失うことに有利性があり,互いの協力行動として翅を食い合っている.有利性としては坑道の中では翅が無い方が動きやすい,衛生的にダニやカビなどが生じにくい,飛翔筋自己融解のキューになっているなどを考えている.
  • 仮説5:翅に栄養価があり,互いの協力行動として翅を食い合っている.ただし翅は軽いのでやや苦しいところがある.

 

  • 今後は性的対立がない場合のオスメスの行動という視点からさらにリサーチしていきたい.

 

Q&A

Q:翅を喰うと行動が変化するか
A:定量的にはみていないが,より狭いところに潜り込もうとするように感じられる

Q:同性間でも食い合いは起こるか
A:一緒にしても食い合いは起こらない.相手をそのシャーレから追い出そうとする.

Q:生涯モノガミーであることはどのように確認したのか
A:そうであるとされている.ただし遺伝的な検証はこれから.一本の朽ち木に1つがいというのが基本.

Q:食い合いが協力行動として邪魔な翅を取り除いているのだとすると,何故拒否行動があるのか
A:そこは考察が難しいところ.早く食い終わる方が双方に得なはずだからだ.今考えているのは,「そこじゃない」「重い,疲れた」などのコミュニケーションかもしれないということ.
 
Q:翅がコストだとして,食い合いによってなくすのではなく,シロアリのように自然に脱落できるように進化しなかったのは何故か
A:確かにシロアリはできる.考えているのは,ゴキブリの場合かなりしっかりした翅でカーブ面もあるので,切り取り線を作ると弱くなりすぎてデメリットになるのではないかということ.
 

コメンテイター 入谷亮介からのコメント
  • 翅の食い合いは協力行動,性的対立,異性間の協力などのテーマに絡む面白い現象だ.
  • 最初に提示された仮説,配偶者選択,交尾済みマーク,相手の確保はいずれも実験により否定されている.
  • それでこれは協力行動ではないかというのが発表の流れ.

 

  • 協力行動は利他的な側面があると進化しにくい.そこで(利他的な)協力が生じるための進化的な理論としては直接互恵,間接互恵,血縁淘汰(ネットワークや空間構造含む)がある,
  • このような理論は無性生殖生物にはきれいに当てはまるが,有性生殖種のオスメス間では性的対立があるのでより複雑になる.原理的には協力のためには両性間の対称性が重要になる.
  • 性的対立は遺伝子座内,遺伝子座間で生じ,交尾器の形や子育てを誰が行うべきかのコンフリクトとして現れる.そしてオスメスで繁殖成功の基準が異なることがポイントになる.
  • これに関連してはアーキヴィスト達の2005年の本,ピザーリ達の2014年の論文,粕谷さん達の「交尾行動の新しい理解」が参考になる.

 

  • さらなる方向
  • この現象に関しての感想としては,メスにはコストがなさそうだが,オスは飛翔能力がなくなると次の交尾機会が減るというコストが(潜在的には)あるのではないかというものがある.
  • 残された疑問としては,生涯モノガミーの起源,獲得経緯,メス1匹にオス2匹で飼うとどうなるか,翅の食い合いには細菌獲得のメリットはないのか,食い合いはオス,メスどちらから始めるのか,ゲノムインプリンティングが生じる可能性はないのか,などがある.

 

  • まとめ
  • この配偶ペア間での翅の食い合いは世界で唯一の現象であり,いろいろリサーチが難しい面もあるが,取り組みべき課題も多いだろう.多角的なアプローチによる取り組みを期待する.

 
 
このあとはクチキゴキブリ飼育室へのバックヤードツアーになり,飼育現場やゴキブリの様子,リサーチ現場でのあれこれなどが臨場感豊かにに紹介されていた.
 
 
 
ここで私の感想もまとめておこう

  • やはり世界で唯一という現象はとても興味深い.
  • 生涯モノガミーで朽ち木の中から動かないということで適応度が一致して協力行動が進化するというのは確かにそうかもしれないが,これまであまり議論されているような気がしないのは何故だろうか.それはおそらくなんらかの性的コンフリクトが普通はあるからだろう.(入谷さんのコメントもここに関連するように思う)
  • 関連すると何故交互に少しずつ囓るのかというのが気になる.これは雌雄同体生物の交尾に似ていて,なんらかの性的対立(片方が一度に全部囓ってしまうと損をする状況がある)を示唆しているように見える.一気に囓ると双方にとってなんらかのデメリットがあるということかもしれないが,なお調べる価値があるだろう.
  • これは結局朽ち木の中で分散せずに生涯を過ごすという生活史が大きな要素になっているのだろう.これに関してはハミルトンがナチュラリスト感満載の面白い論文を書いていた(どちらかというと局所配偶競争などが主眼だったが)のを思い出した.

 

  • オンラインセミナーに関しては,遠距離参加のメリットのほか「スライドが見やすい」「質問がしやすく,演者もいい質問をセレクトして答えることができる」などのメリットがあるように思う.また今回はバックヤードツアーがとても面白かった.さらにいろいろな企画が可能なようにも思う.

 

入谷さんが紹介していた書籍,論文.


Sexual Conflict (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

Sexual Conflict (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

  • 作者:Arnqvist, Goran
  • 発売日: 2005/07/25
  • メディア: ペーパーバック

 
www.researchgate.net

 
「交尾行動の新しい理解」についての私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160406/1459939162

交尾行動の新しい理解-理論と実証

交尾行動の新しい理解-理論と実証

  • 発売日: 2016/03/15
  • メディア: 単行本


なお樹皮の下の生物たちに関するハミルトンの論文「Evolution and diversity under bark」はこの自撰論文集に収められている.

私のこの論文集への書評はshorebird.hatenablog.com

*1:ここは大変面白い.中学の時の総合の時間で虫の研究やりたいといったら理科の先生が(冬だったので)マダガスカルオオゴキブリを買い与えてくれたのがきっかけだったそうだ.このあたりの経緯は演者によるブログに詳しい.https://h-fabre.hatenablog.com/entry/2020/05/09/231750