From Darwin to Derrida その13

 
生物個体内の遺伝要素間コンフリクト.いよいよ減数分裂に絡むコンフリクトが登場する.私たちヒトを含めた真核生物において個体内の利己的な遺伝要素間コンフリクトで最も華々しいのが減数分裂の歪比に絡むものだ.これをヘイグがどう解説するのかに興味が持たれる.
ヘイグはまずそもそもなぜ減数分裂と組換えがあるのかという問題(ヘイグはここでは踏み込んでいないが,これは有性生殖の2倍のコストの問題とも関連する)をとりあげる.
 

性革命

 

  • バクテリアの組換えには,コレプリコン間のパートナーシップの形成と解消,あるいは遺伝子の交代が伴い,(コレプリコンの)勝ち負けがはっきりしている.
  • これに対して減数分裂に伴う組換えには,メンバーを入れ替えて新しい2つのチームが現れるという平等な2つの暫定チーム間の関係があるだけだ.より成功したチームのメンバーはそうでないチームのメンバーより次世代に残る可能性が高くなる.だからいろいろなチームで成功に貢献できるチームプレイヤーがより成功する.このシステムはチャンピオンチームではなくチャンピオンプレーヤー達のチームを有利にする.プレイヤー達が同じ目的を追求するのは,彼等の長期的な成功がリンクされているからではなく,減数分裂のルールがうまくやれたチームのメンバーが同じ機会を持つことを保証しているからだ.
  • もしすべての遺伝子が減数分裂時にランダムにシャッフルされるのなら,プレイヤー達は長期的なパートナーシップを形成することはできない.このようなランダムな組換えは,多くの染色体を持つ生物のほとんどの遺伝子対について当てはまる.ただし,同じ染色体の近くに位置する(緊密に連鎖した)遺伝子対だけは長期間同じチームに入ることが期待できる.もし一部の連鎖遺伝子対がほかのチームにいるときによりうまくやれるならこのような組合せは成功するチームに多くみられ,より多くの子孫を残すだろう.このようにして自然淘汰はランダムではないプレイヤー達の連関を創り出す.しかしこの連関は常に組換えにより乱される可能性を持っている.

 

  • 進化遺伝学の大きな謎の1つは「なぜうまく働いている遺伝子の連関を,(新しい機会を試すためにという理由で)組換えにより頻繁に壊してしまうのか」という問題だ.
  • ジヴォトフスキー,フェルドマン,クリスチャンセン(1994)は,この問題にかかる多くのモデルについてこうまとめている.
  • ランダム交配集団において,もしある変更遺伝子にコントロールされた組換えを受けている遺伝子座のペアが,コンスタントな生存淘汰(両性間で同じ方向の淘汰)を受け,さらにもしこのシステムがメジャーな遺伝座間で連鎖不平衡がある状態で遺伝的に平衡になっているなら,この変更遺伝子座の新しいアレルは組換えを減らすものでなければ侵入できない
  • この「減少原則」の直感的な説明は,組換えによって生まれる新しいチームは,これまで淘汰を何世代も受けてきたチームより平均して低適応度になるために,個別の遺伝子にとっては組換えが少ない方がより成功しやすいからだというものになる.

 

  • しかしこの減少原則に反して,自然界には組換えが普遍的に観察される.減少原則の前提になんらかの見過ごしがあるのだ.
  • もしまだ遺伝的に平衡になっていないなら組換え促進遺伝子は侵入可能だ.その場合組換えは最適組合せに向かう効率を上げる.これは遺伝子Aと遺伝子Bがともにある場合の適応度上昇分が,個別の上昇度の足し合わせより小さいときにそうなる.また遺伝子Aと遺伝子Bがともに損傷(変異)したときに適応度減少分が,個別損傷による減少分の足し合わせより大きいときにもそうなる.
  • この両ケースにおいて組換えの増加は淘汰効率を上げる.それは劣ったプレイヤーが成功チームにヒッチハイクするリスクや優れたプレイヤーが劣ったプレイヤーに引きずられるリスクを下げるのだ.
  • 組換えの適応的アドバンテージをパラサイト耐性に求めるハミルトンの議論も実は同じ種類の説明になる.この議論は最も優れたアレルの組合せは一時的なもので,常に劣化していくという環境を前提としているからだ.

 
減少原則がまず解説されるのがヘイグの工夫ということになる.オリジナルの原則の言い回しは難しいが,ヘイグがやさしく言い換えているように,世代を繰り返して淘汰を受けてうまくいっている遺伝子チームを壊すのは平均して不利なはずだということになる.これは2倍のコストがなくても組換えが進化するはずがないという原則になるので,より根本的な問題ということになる.そしてこの問題は(ホストとパラサイトのアームレースが普遍的にある場合にそう期待されるように)環境が変動するために,ある世代での最適組合せが長期的平衡にならないとすると解決可能になる.
ヘイグはハミルトンの議論をここで引いているが,ハミルトンはさらに2倍のコストの問題(オスが子育て投資しない場合になぜ単為生殖突然変異が侵入できないか)まで解決しようとしているので,より難しい問題に取り組んでいることになる.
 
関連書籍
 
ハミルトンの自撰論文集第2巻 性の進化.2倍のコストに挑んだハミルトンの格闘の奇跡が収録されている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20060429/1146310327

 
有性生殖の2倍のコストの問題について詳しく解説された日本語の本は少ない.簡単な解説がある最近の本としては以下のようなものがある.私の書評はそれぞれ
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20170622/1498135500https://shorebird.hatenablog.com/entry/20160315/1457995356