第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その1

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本年の日本人間行動進化学会は福岡開催の予定だったが,CIVID19感染拡大の状況下,事務局は九州大学および西南学院大学のままオンライン開催となった.現在日本のほぼすべての学会がオンライン開催になっているようで(なお一部にはハイブリッド型開催の学会もあるようだ),残念ではあるが,ある意味当然の措置ということになるのだろう.招待講演と総会はZoom,一般発表はLINC-Bizによって執り行われることとなった.
 

大会初日 12月12日

 
定刻少し前あたりからZoomに三々五々参加していくという形.長谷川会長や事務局の橋彌さんがZoomで少し雑談されて雰囲気が和む.定刻になり,開会が宣言され,会長挨拶に
  

挨拶 長谷川眞理子

 

  • 今回は新型コロナで皆で集まることができずに残念だ.しかしオンライン会議などの情報技術が進んでいたおかげで何とかこういう形で開催できた.世の中が動いていることを実感する.
  • 今年度の学会はほとんどこういう形で開催されている.私も講演が5つあったが,そのうち4つがZoomだった.オンライン講演では聴衆の反応が全くわからない.少し前に鳥取西高校の850人の生徒相手にZoom講演したが,受けているのかどうか全くわからなかった.
  • 現在のこういう状況はヒトのコミュニケーションが遠隔でどのように変わるのか全世界で実験しているようなものかもしれない.文明が変わっていくのか,それをヒトがどう考えるのかを観察できる稀なチャンスでもある.HBESにとっても面白い機会だと思う.
  • 直接会えないのは残念だが,この機会にいろいろなことがわかればいいとも思う.

 
 

招待講演
文化進化―文化心理学の現在、そして新たな展開からの考察 増田貴彦

招待講演は文化心理学者の増田貴彦によるもの.カナダからのオンライン講演となった.
 

  • 北米で25年ほど文化心理学のリサーチを行ってきた.進化心理学や人間行動生態学からみると門外漢ということになるが,北大に縁があり,毎年夏に帰って教えていたりするので,山岸先生や亀田先生の話はオンタイムでよく聞いていて,ある意味憧れのような気持ちを持っている.
  • 今日は自分の専門分野である文化心理学が文化進化研究とどの辺で共同できそうか(というよりそれについて試行錯誤している過程)について話したい.
  • 構成としては文化心理学のフレームワーク,最近の文化心理学リサーチの動向,文化進化研究のフレームワーク,この両分野の共通理論前提,ミクロ文化伝達モデル,現在進行中の研究という順序で話したい.

 

  • 文化心理学では文化の比較研究を行う.1980年代にはホフステッドが東洋と西洋の文化を比較し集団主義と個人主義で解釈する研究を行い,同様の比較研究が様々なところで行われた.その他の比較研究も大体ナイフですぱっと2つの文化類型を切り分けるというようなものが多かった.(集団主義vs個人主義,相互独立性vs相互協調性,分析的認知vs全体的認知,水平指向vs垂直指向,緊張vs緩和,強さvs弱さなど)
  • しかしこのような研究の多くはアンケート調査であり,90年代からはもっと別の方法論が求められるようになった.
  • ここで登場したのがブレナー,シュウェダー,ギアツだった.彼等は文化と心のプロセスを分けるのではなく,包括的に理解しようとした.そのあたりから普遍的な理論よりも文化特有の理論を作るべきだという気運が高まった.

Thinking Through Cultures: Expeditions in Cultural Psychology

Thinking Through Cultures: Expeditions in Cultural Psychology

The Interpretation of Cultures

The Interpretation of Cultures

  • この流れにある研究としてはマーカスによる相互協調的vs相互独立的の理論やニスベットによる包括的思考vs分析的思考の理論がある.
  • 私自身はミシガンでニスベットに師事し,25年間アテンション(注意)に着目して文化比較(特に東アジアと北米の比較)を行ってきた.これから進むべき文化心理学リサーチの方向について,文化→心理,心理→文化,文化伝播,神経科学という視点からお話ししたい.

 
<文化→心理>

  • 北米文化と日本文化では注意について,北米が中心に注目,日本は周辺まで目を配るという傾向の違いがある.(水槽に魚がいるイラストを見せてどう説明するかという実験が説明される)

 
<心理→文化>

  • 絵画で水平線(地平線)をどの高さに描くかについて文化差がある.北米ではフレームのかなり下の方に,日本ではかなり上部に描く傾向がある.
  • 名画で分析すると時代的な傾向も得ることができる.1600年ぐらいからみると日本画ではかなり高い位置にあり明治維新前後に西洋絵画が流入するとその影響を受けて少し下がるがまた高くなる.西洋画ではかなり低い位置から始まり日本画の影響を受けるジャポニズムの時期に少し高くなっている.西洋絵画は歴史的にて水平線が上がっているが,今でも文化差がある.
  • これはプロの画家だけでなく一般人の絵でも水平線の位置は異なる.

 
<文化伝播>

  • 注意の文化差は何歳ぐらいから見られるようになるのか.カナダと日本の子どもに5人の子どもが並んでいる絵(真ん中の子だけ大きく強調されている)を見せ,5人の表情のうち真ん中の子の表情を評定してもらい,それが周りの子の表情に影響されるかをみる.カナダではあまり周りの子に引っ張られないが,日本では引っ張られる.このパターンは7歳ぐらいからみられて10歳頃にはっきりする.

 
<神経科学>

  • 文化がどこまで身体の中(脳)に入っているか.経験がどうしみこんでいくのか,可塑性があることを示していくというリサーチ方向で文化神経科学を目指したい.
  • 今取り組んでいるのがERP(事象関連電位)研究.例えば絵の中に背景とマッチしない物体があると,そうでない場合に比べて(絵画提示後)400ミリ秒あたりに脳波の相違が観測される.このN400の電位は西欧系カナダ人の方より日系カナダ人の方が高くでる.
  • これを周りの人の表情と真ん中の人の表情が異なる絵を見せて調べると,同じくN400の電位は日系の方が高くでる.

 

  • このような知見は現在心理学の中で問題になっているヘンリッチが提示した「WEIREDest people」問題とも関連すると思っている.(WEIRED問題について解説あり)
  • そしてユニバーサルが何かについてもっと詳細に考えるべきということが提唱されている.例えば心の理論はユニバーサル,論理的リーズニングや注意のパターンは機能的にはユニバーサルだがアクセシビリティには文化変異がある,動機や感情表現には機能的にも変異がある,文化特異技術や道具はユニバーサルではないなどの区別をするべきだということだ.
  • 文化心理学のメッセージとしては,西洋のデータでヒトのモデルを作るのはもう少しよく考えてみた方がいい,ユニバーサルを考えるときにはドメインごとに明解に語るべきだということになる.

 
<文化進化と文化心理学>

  • このようなスタンスにある文化心理学者が進化リサーチで最も親和性を感じるのは文化進化の研究ということになる.代表的なのはメスーディたちのものだ.(文化心理学者に最もよく読まれているのはメスーディになる)

  • そこではなぜ文化差が生じるか,なぜそれが地理的に区切られているのか,文化はなぜどのように変化するのかを追求している.
  • そしてそのメソドロジーとしてダーウィニアンロジックを使う.変異,適応度,継承過程を考えるのだ.これは遺伝子を越えたところにも使える.
  • 文化進化に対して親和性を感じるその他のポイントとしては,ユニバーサリティについてのうがった見方,コスミデスやバスと違って文化的な変化を追求しているところがある.フェルドマン,カヴァリ=スフォルツァ,ボイド,リチャーソンたちの二重継承理論はまさにそのような特徴を持っている.彼等の文化の定義は文化心理学者のそれとよく似ている.
  • 文化心理と文化進化の共通点としては,累積的な文化学習,過剰模倣,規範への感受性などを認めていることがある.

 
(ここから文化の小進化の理論的説明がある.垂直,斜行,水平伝播,プレスティージバイアス,一致バイアス,ガイドされた変異などが解説される)
 

  • 具体的な研究としてはメスーディたちの2016年のものがある.ロンドンのバングラデシュ移民の子どもに対する,親から,バングラデシュ系の大人から,英国の大人から,英国の子どもからの文化伝播を調べたものがある.これ自体そんなにきれいな結果ではないが向かうべき方向としては素晴らしいと思う.

 
<現在進行中のリサーチについて>
 

  • これまで25年間アジアと西洋で比較してきた.WEIRDの議論もあるその外に出たいと思っている.
  • 西洋東洋の比較以外でのリサーチとしては,ニスベットによるアメリカ南部の牧畜と相互独立性(independence)と名誉の分化の関係の理論を中東の牧畜文化と比較したものがある.すると牧畜と名誉の文化はあったが,そこでは相互独立性ではなく相互協調性(interdependence)の文化だった.また中国の(黄河流域の)小麦文化圏と(長江流域の)米文化圏の比較.生業-文化-行動様式を比較したものもある.

 

  • それで洋の東西を越えて何か出したいと思いっている.今注目しているのはモンゴル.ステップ気候,牧畜,チベット系宗教,1990年まで共産主義でそこから無血革命で民主化した.主観的には遊牧民だが,ウランバートルに人口の1/3が集中している.
  • まずは絵の描き方を調べている.水平線の高さの年齢別のグラフを調べると,日本と似ていて最初低いところからだんだん高くなる.カナダの子どもよりは常に高い.(このほか動物の描き方などいろいろ楽しいプレゼンあり)

 

  • もう1つ着目しているのは移民の方の日々の行動.例えば日本とカナダでは雪だるまが異なる.(カナダでは3段で,尖ったニンジンのような鼻を付け,小枝で作った手を加える*1)これが両親,先生,友達からどのように影響されるのかを調べている.なお私の子は見事に3段の雪だるまを作った.
  • また中国系の移民が子どもと添い寝するかどうかも調べている.(北米では添い寝は危険であり離れた部屋で寝かせるべきだという規範が強い)調べてみると第1世代の中国人では基本的に添い寝の文化を保っていた.

 

  • また注意が中心か周辺も含めるかという問題が親子でどう伝播されるのかも調べている.6歳ぐらいまではアジア型と西欧系で違いがないが,7歳頃から差が出ることがわかっている.これをまず子どもが1人で課題をし,その後親と会話してから課題をするという形で調べる.親との会話が注意に影響を与えるかどうかは6歳まではあまりないが,7歳以降現れるようになる.

 
<最後に>

  • 文化進化と文化心理学には共通のトピックがある.
  • 文化進化学者は理論に傾き,文化心理学者はフィールドに傾きがちだ.文化心理学者は文化産物や行動様式に詳しい.文化進化学者は文化心理学者にリサーチの方向性を示唆することができるだろう.
  • 両分野とも文化を取り入れたヒトの心についての理論を発達させることができるだろう.今後の共同研究を是非ご検討ください.

 
以上が講演内容になる.この後質疑応答となり文化の定義,文化を環境としてみたとき(ヒト特有の)意味システムとしての文化をどう考えるかなどについていろいろな議論が交わされた.
 
文化心理学という分野についてはあまり認識がなかったのでいろいろと勉強になった.ニスベットの名誉の文化は進化心理学関連の本でもしばしば紹介されて有名だが,それが含まれる比較文化研究分野がしっかりあるというわけだ.絵の水平線の位置の話は今まで意識したことがなかったので楽しかった.なぜそうなるのかも興味深い.より俯瞰的な視点(あるいは上から目線)なので水平線が上がるということなのだろうか.
 
関連書籍

ニスベットの名誉の文化に関する本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20090707/1246964549

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

 
原書 
メスーディ本の邦書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160614/1465901048

*1:アナ雪のオラフは(鼻と手は確かにここで説明されたカナダ型だが)その体型にあまり違和感なかったので2段ではなかったかと思って後で確かめたら,動きはヒトに似せるために2段的な側面(上から2段目と3段目はかなり固着的に描かれている)もあるが,体節としてはしっかり3段だった.日本人は1段目を頭,2段目を手足なしの身体と認識しているが,北米人は2段目と3段目をそれぞれ何に対応させているのだろう.