From Darwin to Derrida: Selfish Genes, Social Selves, and the Meanings of Life (English Edition)
- 作者:Haig, David
- 発売日: 2020/03/31
- メディア: Kindle版
第5章 しなやかなロボットとぎこちない遺伝子 その7
ゲノム内にインプリントされた遺伝子があると,その母由来遺伝子と父由来遺伝子の間にはコンフリクトが生じる.これが細胞間の信号の正直さにどのような影響を与えるのだろうか.ヘイグはそれには一般的な解はなく,個別の詳細に依存するだろうと指摘した.ここから個別の詳細の世界が考察される.
ゲノム間コンフクトの解消
- どのようにゲノム内コンフリクトが解消されるかを理解するには至近メカニズムの知識が必要になる.
- 最も単純な仕組みはインプリントを防ぐことによるものだ.自分の由来を知ることができなければ両者の利害は一致する.
インプリント(そしてその結果のコンフリクト)がその他の遺伝子たちにとって不利ならば,遺伝子たちは共同してインプリントを防ぐように進化するだろう.ヘイグはこのことについてコメントしていないが,かなり多くの場合にはそういう理由でインプリントが抑えられているのかもしれない.ではインプリントが防げなかったらどうなるのかが次の問題になる.
- 父方由来の場合に高い活性が有利な遺伝子の場合,母方由来の場合に不活性になる形でコンフリクトが「解消」される.母方の場合に不活性になり,父方の場合に単一で最適活性を持つようにするのが,このような遺伝子の「打ち負かされない戦略*1」となる.私はこれを「最もうるさい声が優先する原則」と呼んでいる.
これは活性を0以下にできないなら母由来遺伝子にはそれ以上どうすることもできず,父由来遺伝子の勝ちになるということだ.しかしある物質の生産量が単一遺伝子座のみで決まることは少ない.複数の遺伝子座が,活性の増進と抑制を司っているときにどうなるかが次に語られる.
- この原則はコンフリクト解消の単純な形になる.より高い活性を望む方が全部生産し,もう片方は全く生産しない.これはいくつかの重要な帰結につながる.第1にこの遺伝子は活性があるときの表現型で淘汰を受ける.第2に遺伝子が転写されて活性を示すときその(それが父方由来か母方由来かの)アイデンティティを開示する.
- 単一遺伝子座においてはこの原則はより高い活性を望む遺伝子が勝利することを意味する.しかし多くの表現型には数多くの遺伝子座が関係している.例えば授乳などの母親からの投資について父方遺伝子はより多くを望むだろう.すると(子どもの母親に対する)要求増進にかかる遺伝子座では父方遺伝子が勝って要求増進を強化させるが,要求抑制にかかる遺伝子座では母方遺伝子が勝って抑制を強化するだろう.これは進化的な手詰まりになる.要求増進も要求抑制もそれぞれの勝利遺伝子にとっての限界利益と限界コストがバランスするところで止まる.このような形では一般的にはどちらも最適なレベルを達成できない.
- このような手詰まりの具体例にはインシュリンに関するIDF2にかかるものがある.(具体的に手詰まり状況が解説されている)
- ある形質に関連する遺伝子座群が3つ以上のインタレストを持っていることもあり得る.私はその可能性を理論的に探り,そのようなインタレスト派閥は大きく2つの同盟(要求増強と要求抑制)に括られる傾向があることを見いだした.ただこの問題にはさらなるリサーチが必要だ.
このインシュリンにかかる詳細の説明は具体的で手詰まり状況がよくわかる.一般的に軍拡競争は片方の完全勝利ならそれは目に見えず,目に見えているならどこかでなんらかのトレードオフと共に手詰まりになっている状況だと思われる.まさにインプリント遺伝子間のインシュリンにかかるコンフリクトはその手詰まり状況にあるということだ.
さらに3つ以上のインタレストの状況についての話は興味深い.ヘイグがここで詳しく語ってくれないのは残念だ.
3つ以上のインタレストに関するヘイグの考察はこれかと思われる.(なぜか引用がない)
www.researchgate.net
なお「最もうるさい声が優先する原則」を考察したヘイグの論文はここで読める
*1:ハミルトンが提唱した概念,後にメイナード=スミスがESSとしてフォーマライズする