From Darwin to Derrida その108

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その2

 
歴史的な事実は無限にある先行するささいな偶然により左右されることを述べたあと,ヘイグはアリストテレスに進む.ここでは「原因」についての語源的蘊蓄から始まる.
 

アリストテレスの帰還

 

  • 前古典時代のギリシアにおいては「aition」と「aitia」という語に責任,罪,非難,告発などの多義的な意味があった.アリストテレスの「aitia」は古典ラテン語の「causa」に翻訳された.この「causa」という語は法格言「in nemo iudex in causa sua(誰も自分で自分を裁くべきではない)」に見られる.英語の「cause」は1300年ごろ中世ラテン語から入ってきた語で,引き続き法律用語(たとえば「probable cause:相当な理由」)として使われていた.似たような原因と有責性の意味のつながりはドイツ語にも見られる.ドイツ語の「Ursache(原因,理由,動機)」はアングロサクソン語の「sake」と関連している.「sake」には,訴訟,告訴,告発,罪に関連する意味がある.このようにして「cause:原因」の概念は「非難されるべきこと」という前訴訟的な意味から進化して来たのだと思われる.「cause」は責任に関するものだったのだ.

 
ギリシア語ラテン語の「原因」はもともと訴訟法的に有責性を表す語だったということになる.まあこれは導入としてのただの蘊蓄ということになるだろう.そしていよいよアリストテレスの登場となる.
 

  • アリストテレスは4種類の「aitia」を認識していた.これは現在質料因,形相因,作用因,目的因と訳されている.ベーコンは質料因と作用因を物理学(physics)領域のものとして受け入れたが,形相因と目的因は形而上学(metaphysics)領域にあるとして排除しようとした.アリストテレス的多元主義は一元論的な因果概念に取って代わられた.そこでは作用因は力学的な,質料因は物質的な原因とされる.この新しいメカニカルな哲学においては,形態は自律的な影響力を持たず,物質により決定されることになる.目的因は(船の航行を妨げるコバンザメのごとく)学習の障害として追放された.

 
アリストテレスの4つの原因のうち質料因は対象が何からできているかの説明であり,作用因はメカニカルな説明になる.ここまで本書において「目的因」が物理学から追放され,生物学でも忌避する風潮があることについてはいろいろ解説されてきたが,因果説明としては「形相因」も近代科学から排除されていたということになる.形相因は「それがそれたらしめるもの;対象の本質」などと説明されることが多い(私もギリシア哲学には詳しくないのでよくわからない)が,ここでヘイグは対象がある形をとっていることについての説明を含めているような書き振りだ.このあとヘイグは情報を進化的説明における形相因として扱っている.
 

  • すべての因果の物語は基本的に不完全だ.そして科学者は「原則的に物理的な説明はそれ以上原因をさかのぼって説明することのない前提とともに行ってよいのだ」という信念を持っている.論理的一貫性を保つためには,原則的に物理因や質料因で説明可能な形相因や目的因を持ち出すことは認められるべきだ.
  • 本章の元になったオリジナルの論文の意図は,進化的説明における形相因(情報)と目的因(機能)の擁護にあった.しかし私の目的は書いているうちに進化した.形相因は質料因の抽象概念として,目的因は作用因を説明する効率的な方法として認められるべきなのだ.形態は質料因に基礎づけることができる.なぜなら進化した物質は精妙な特徴を持ち,それは過去に何が効果的だったかを体現しているからだ.目的は作用因に基礎づけることができる.なぜなら現在の手段は,自然淘汰と呼ばれる再帰的な物理過程により過去の目的から説明可能だからだ.

 
形相因と目的因は進化的説明において復活するべきだというのが本章のテーマになる.そしてポイントは自然淘汰が再帰的な作用であるというところになるようだ.