From Darwin to Derrida その116

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その10

 
自然淘汰による再帰的な因果を持つ遺伝型と表現型.ヘイグは「違い」を解説し,因果は結果に違いをもたらすものであり,反事実的仮想世界と比べなければならない,そのため因果は転移率を満たさないし,因果の先取りのような問題も生じると論を進める.
通常の因果の解説だと「因果の先取り」は反事実条件法の問題点の例として指摘され,ここから因果ネットワークの解説になるのだが,ヘイグはここから因果にかかる「違い」と情報の関連に話を進める.
 

違いは脱神秘化される その2

  

  • ロナルド・フィッシャーによれば「人類の共通の常識では,「原因」を「原因」たらしめるのは,それが違いを持ち,違いをもたらすものであることだ」ということになる.どちらかの違いを観察すれば,もう片方の違いについての情報も得られる.この情報は潜在的な因果だが,情報の利用には目的をデザインか進化により持っている解釈者が必要になる.

https://digital.library.adelaide.edu.au/dspace/bitstream/2440/15119/1/121.pdf

 
なかなか難解だ.原因と結果の間に因果があればそこには相関もあり,片方の情報からもう片方の情報を得ることができる.しかしこのような推論には解釈者が必要で,解釈者は目的を持っている必要があり,それはデザインか進化によって生まれるしかないということだろう.
ここからヘイグはDNAからRNAヘの転写の具体例から解釈と目的についての議論を提示する.
 

  • ここでもう一度gagアンチセンスDNAの9塩基配列を考えてみよう.5’-CGCACCCAT-3’が5’-AUGGGUGCG-3’にRNAポリメラーゼにより転写されるとき,すべてのDNAヌクレオチドはもたらされるRNAに違いを作る.RNAポリメラーゼは(すべての塩基に情報を持つ)DNA配列にインストラクションを受ける:たとえばAは「Cを選べ」を意味し,Cは「Gを選べ」を意味する.いったん転写が始まるとRNAポリメラーゼは文脈によらずにインストラクションされた通り選び続ける.DNA配列に生じるすべての違いはRNA配列に違いをもたらす.

 

  • リボソームは5’-AUGGGUGCG-3’をメチオニン,グリシン,アラニンに翻訳する.それはRNAポリメラーゼより洗練された解釈者だ.というのはリボソームにとっての意味は文脈により異なるからだ.AUGトリプレットが重要な情報を伝える.それは「メチオニンでここから始めよ」のシンボルであり,ほとんどのポリペプチドの合成がそこから始まり,そして残りのメッセージのトリプレットフレームを決めるのだ.mRNAにおけるAUGは

単に「メチオニンを選べ」という意味を持つだけだ.2つの意味は文脈によって区別される.

  • Gが9文字のうち5回現れている.AUGにおけるGは本質的に「メチオニンを選べ」という意味になる,というのはここにその他の塩基が入れば別のアミノ酸が選ばれるからだ.GGUにおける2つのGは「グリシンを選べ」という意味になる.それはGGU,GGG,GGA,GGCのすべてがグリシンを選ぶからだ.GCGにおける最初のGは2つ目がCであることを条件として「アラニンを選べ」という意味になる.GCに続く3番目のGは違いをもたらさない.しかし削除するとフレームがずれてしまう.

 
DNAの情報がタンパク質合成に利用されるときに,DNA→RNA,RNAトリプレット→アミノ酸と解釈が起こる.そしてトリプレットには違いをもたらす塩基ともたらさない塩基があり,それは解釈によって明らかになるということになる.
 

  • RNAポリメラーゼとリボソームはアンサンブルから選ぶ.RNAポリメラーゼがGを転写するときには細胞質にあるU, C, G, AのなかからCを選ぶ.リボソームがAUGを翻訳するときには,20種類のアミノ酸に結合しているいろいろなtRNAのなかからメチオニンと結合しているtRNAを選ぶ.メチオニンはリボソームが探している正しいAUGの意味になる.RNAの当該位置にあるAUGは代替的配列(たとえばACGとかUUG)と競争している.その代替的配列はリボソームやそれが属する個体にとって別の意味を持つ.このような配列変異にかかる自然淘汰は有用なものを選びだし,使えないものを捨てる.このような意味でマクロレベルの生態や社会相互作用がミクロレベルの分子に情報を送るのだ.

 
ようやくここで議論の核心に入る.自然淘汰は「環境が淘汰圧を通じてミクロレベルの分子に情報を送っている」と考えることができるということだ.
 

  • 一部のRNAの変化はアミノ酸を変え,ポリペプチドを変え,翻訳されるタンパク質を変える.そして一部の変化は同義置換として変化をもたらさない.特定の位置の特定のアミノ酸の選択はタンパク質の機能としては変化をもたらさないかもしれない.この場合コドンの違いはリボソームにとっては意味があるが,生物個体にとっては意味を持たない.このような「中立」的な変異はタンパク質に違いを引き起こすが,適応度には違いを引き起こさない.リボソームによるアミノ酸の選択(the choice of amino acid)は目的的(purposive)だが,自然の選択(choice of nature)はランダムになる.

 
最後の一文は機能的に中立なアミノ酸置換が,解釈者リボソームにとっては意味のある違いになるが.個体にとっては意味がないという程の意味だが,なぜselectではなくchoiceを使うのか,purposiveという語にはどのようなニュアンスがあるのかあたりはなかなか難しい.そして最後にchoice of natureがくるのは,natureも解釈者ということになるのだろうか.しかしそれだと解釈者は進化かデザインによりのみ生まれる目的を持っている必要があるという前段とあわない.ヘイグの解説はこのあたりから一気に難しい哲学的なものになる.とりあえず先に進もう.
 

  • 選択は違いをもたらす違いだ(A choice is a difference that makes a difference.).それは旅人にとって異なる目的地につながる分岐点だが,いったん片方が選択されると選ばれた道は観察者に旅人の選択を示すことになる.道の先に何があったかは(旅人がのちに同じ分岐点に来たときに)選択を行うために有用な情報だ.片方が安全に片方が死につながっている場合,間違った選択をした旅人は二度と戻ってこないが正しい選択をした旅人は戻ってきてまた正しい選択をする.危険な迷路において,生き残った旅人の選択記録は道を探すためのよいガイドになる.

 

  • 選択は自由度だ(Choices are degrees of freedom.).情報の意味はそれが導く選択だ.情報はそれが未来をよい方向に変えるからこそ,そしてその限りにおいて役に立つ.曲がりくねった道をたどった末に,私たちは選択を原因に,情報を選択のガイドとみるようになる.繰り返される選択記録のテキストをもとにダーウィンの悪魔は悪い選択を刈り取り,よい選択を残す.よくガイドされた選択は目的的な違いをもたらすものになる.

 
というわけで情報と意味と解釈からみた自然淘汰はこのように描くことができるというのがここでのヘイグの狙いになる.これを踏まえた上で目的因に話が進む.