書評 「寄生虫進化生態学」

 
本書は寄生虫(本書の定義は「寄生性の原生動物と後生動物」で細菌やウイルスを含まない)についての進化生態学の教科書である.著者は寄生虫学者のロバート・ポーリン.原題は「Evolutionary Ecology of Parasites」.原書の2007年の第二版からの翻訳になる.寄生虫学の本は(感染症を罹患する)宿主側の視点から書かれることが多かったそうだが,本書では寄生虫側に焦点を当ててその生態や進化を扱うものになる.
 

第1章 はじめに

 
第1章では本書で採用されているアプローチ(進化生物学者が対象生物を扱うように寄生虫を扱う.宿主は環境要因として見る)と各章の概要が提示されている.
 

第2章 寄生の起源と生活環の進化

 
第2章では寄生という性質の進化的起源,生活史戦略が解説される.

  • 寄生が進化するには大きな生物にしばらく接触し利益を得ることなどの前適応条件が重要で,適応度の上昇が必要.
  • 具体的な前適応条件の例としては,死んだ動物の摂食,樹液を吸うなどのための口器構造,大きな生物に付着した生活(便乗性).休眠性などがある.
  • 自由生活から寄生への移行はかなり頻繁に起きている.膜翅目(寄生蜂)で捕食寄生が生じたのは一度限りだが,内部寄生性や宿主体内に産卵する形質は独立に複数回進化している.またニクバエ,線虫,カイアシ類,等脚類,端脚類などにおいて複数回の独立した寄生性への進化が知られている.
  • 近縁の自由生活性種と比較すると,消化や運動性などの不要となる機能にかかるリソースやエネルギーを寄生のための機能に振り向けるための形態や構造の単純化がよく見られる.このような特殊化のために(機能性遺伝子が失われやすく)寄生性への移行は不可逆になりやすい(ドロの不可逆則)と考えられる.ただし自由生活に戻った例もないわけではない.

 

  • 寄生の進化は単宿主利用から始まると考えられる.そこから様々な複雑な生活環が進化している.
  • 新規宿主の追加は上向き(終宿主が追加)の場合も下向き(中間宿主が追加)の場合もある.上向きは元の宿主が新宿主に捕食されることにより生じる可能性がある(新宿主の方が大きくリソース豊富で適応度が上がるなど).下向きは元の宿主の餌生物が寄生虫の卵を食べることにより生じる可能性がある(最終的な感染確率が上がるなど).(外部寄生虫の場合は別の議論が必要)
  • 逆に生活環が単純化するように進化することもある.血管内寄生の吸虫の一部は3宿主性から2宿主性へ進化したが,これらの幼虫は中間宿主である貝類から遊出したのちに終宿主(おそらく以前の第2中間宿主)の体表に直接刺さりこむ.元の終宿主への寄生率が低かったのかもしれない.一般的には様々な道筋があると考えられる(詳細に解説されている).
  • 生活環の適応性(どのような生活環がより適応度が高いのか)は興味深いテーマだが実証は難しい.

 

  • 様々な伝播感染戦略が進化している.卵放出のタイミング調整(吸虫類の第1中間宿主から第2中間宿主への感染のためのセルカリア放出にも同じ適応課題(正確な放出タイミング)があることが解説されている),卵の寿命の延伸,宿主発見戦略(エネルギーと宿主遭遇率にトレードオフが想定される)などの適応がみられる.
  • 一般に伝播率は低く(複雑な生活環の不利な点の1つになる),産卵数の多さ,いったん取りついた幼虫が無性生殖で増える,中間宿主の操作,中間宿主内での長寿命化などの適応がよく見られる.

 

  • 寄生虫においては宿主免疫との進化的アームレースが生じやすく,有性生殖が(自由生活性の種と比べて)より有利であると考えられる.実際にある生活環ステージで無性生殖している寄生虫も一般的に終宿主で有性ステージを持つ.
  • ただし有性生殖のためには終宿主において雌雄がそろう必要があるので様々な適応がみられる.いくつかのカイアシ類では矮小オスが進化.いくつかの単生類では2個体が出会うと融合する,また条虫では雌雄同体で自家受精することが一般的(終宿主で複数個体がいた場合にどうするかについては自殖と他殖のジレンマ問題になる).寄生性等脚類では雄性先熟的雌雄同体が見られる.
  • 住血吸虫では雌雄異体で性別ごとの異なる伝播・生存戦略が見られる.性的な分業の利益が大きいためこのように進化した可能性がある.メスは静脈から外部環境に到達するために繊細に卵を放出する必要があり細身の方が有利になる,オスは大きくそのようなメスを静脈内で赤血球が得やすい場所に運搬する,多くの種で雌雄は接触し生涯一夫一妻制を形成する.個体群密度が小さいときに単為生殖がみられる種もある.
  • 線虫類,鉤頭虫類,節足動物では性が別れているのが普通だが,いくつかの例外がある.(桿線虫目における独立の複数回の雌雄同体形質進化などいくつかの例についての適応的な解説がある)
  • 原虫類では有性生殖が他の繁殖様式と共起している(有性生殖と無性生殖の両ステージがあることについて適応的な解説がある).

  

第3章 宿主特異性

 
第3章は宿主特異性の進化,種間差が扱われる.冒頭で「宿主の種数」を把握する際の実務的問題点(知られていない宿主の存在,調査努力のばらつきによるデータの歪み,不正確な種同定などをどう補正すべきか),「種特異性指数(単に種数だけでなく宿主利用の強度や頻度を加味する指数)」の考え方が解説されている.そこから宿主特異性についての解説となる.
 
<大進化パターン>

  • 異種間よりも同種の寄生虫個体群間において宿主特異性のばらつきが大幅に小さい.種特異性は歴史的イベントと現在の生態条件の両方の結果とみることができる.
  • 寄生虫の宿主特異性が強く,宿主の種分化後の流動が妨げられる場合には寄生虫と宿主の系統樹が鏡像関係になることが期待される.これはファーレンホルツの法則と呼ばれ,他の進化シナリオを検証するための帰無モデルになる.(系統樹比較の実務的問題点,評価法(ブルックスの最節約法と調停法)についての詳しい解説がある)
  • これまでの系統樹比較のリサーチの結果:類縁の宿主寄生虫関係でさえ共通のシナリオはなさそう.例:ハジラミ類の共進化パターンの多様性(極めて高い種特異性を持つものから頻繁に宿主転換が生じるものまで);最近の鳥とハジラミのリサーチによれば,生態的条件(接触の容易さ)が種特異性に影響を与えているようだ(日和見托卵のコウウチョウには多様なハジラミがついている).
  • 原理的には伝播様式によって宿主転換の可能性が決まることになるが,それに基づく予想に当てはまらないケースも多い.(例多数)
  • 寄生虫と宿主の進化的起源を調べる別の方法には特定の宿主分類群に見られる寄生虫群集を調べるというものがある:ハタ類に寄生する吸虫相は通常その地域で獲得可能な吸虫類の種プールから選ばれたものに過ぎず,局所的な宿主転換が生じていることがわかる.パーチに寄生する蠕虫相も同様.
  • 厳密な共種分化から頻繁な宿主転換まであらゆるシナリオが起こりうる.また宿主特異性は想定されていたほど共種分化と連動しているわけでもない.
  • 多くの寄生虫は2種以上の宿主で見られる.低い宿主特異性の進化シナリオには2つある.(1)宿主転換(2)宿主が種分化しても寄生虫が分化しない(何らかの形で遺伝子流動が続く)
  • 宿主特異性の進化には方向性があるか:ジェネラリストからスペシャリストへの進化は不可逆的に近いと考えられてきたが,多くの逆の進化例が見つかっている.寄生虫について調べられた唯一のケースはノミのもので,宿主特異性が低下している可能性が示唆されている.

 
<小進化プロセス>

  • 高い適応度を得られる宿主(高栄養,交尾確率)への集中はそのような宿主への到達可能性が高くなる形質を進化できれば有利になるだろう.また一般に多様な宿主を利用できる能力(これに潜在的コストがかかる)と平均的適応度の間にはトレードオフがある.種ごとに最適な特異性がポイントは異なり,主に「新規宿主に感染する機会」と「適切な宿主利用可能性」によって決まるだろう.(トレードオフの検出についてのリサーチが紹介されている)
  • 寄生虫と宿主の組み合わせに互換性があるかどうかを調べる強力な方法は感染実験になる.実験の結果,他宿主も利用可能だが感染機会がなさそうなケース,宿主の防衛システムが重要でありそうなケース,種特異性が寄生虫の生理システムで決まっているケースが見つかっている.
  • 数理モデルは,ジェネラリスト寄生虫が稀にしか遭遇しない宿主を利用する能力を徐々に失うことを予測する.汽水湖と海域で宿主が異なるカイアシ類にその例がある.これは同一の寄生虫宿主系の複数集団を比較することでも調べられる.ある吸虫類で宿主集団への局所適応が報告されている.ただし局所的な宿主遺伝子型に対する追跡にタイムラグがある場合にそうならないことが予想されている(多数の宿主を利用するジェネラリストが複数集団の複数宿主を追跡することは困難であるだろう)
  • 局所適応が単一個体への適応までたどり着くことは通常ないが,同一個体で複数世代を経過する場合,具体的には植物の上で何千世代も繰り返す寄生虫でそのような適応が生じることが示唆されている.

 
<宿主特異性の決定要因>

  • 寄生虫が何種の生物を宿主として利用できるかを決めるのは,遭遇フィルター(感染機会があるか)と適合フィルター(感染可能か)だ.自然淘汰はこれらのフィルターの透過性や特異性を増減させる.
  • 自然淘汰により寄生虫は生活環の各段階で適切な宿主を見つけるための遺伝的指示を与えられている.それでも宿主利用の間違いは生じしばしば致死的になる.間違い頻度は環境イベントに依存し,自然淘汰はそれに反応(探索能力の強化,生理機能の変更など)する.間違い確率や新規宿主利用機会は伝播様式に依存するので,伝播戦略と宿主特異性には関連性があるだろう.
  • 近縁種の感染期における行動や分散能力の変異により宿主特異性の種差を説明できそうだが,大規模な比較研究による確認はなされていない.
  • 具体的な要因の例:経口感染(捕食されることにより移る)の場合はより多種の宿主に到達しやすいので,宿主特異性が低いと予測される.多宿主性の寄生虫は終宿主よりも中間宿主に対してより特異的だと予測される.種が豊富な分類群に寄生する寄生虫の方が種特異性が低いと予想される.このほか宿主の体サイズや寿命,社会的行動や分布,宿主個体群の安定性も要因になると考えられる.これらの考察は興味深いが検証は難しい.

 
<宿主特異性にみられるパターン> 

  • どのような分類群でも大部分の種は宿主特異性が高い,横軸に宿主種数をとって宿主特異性の頻度分布を作ると対数変換しても右裾が大きく広がる(全体として特異性が高いと解釈できる).ただし横軸に種特異性指数を用いるとその広がりは消える(近縁の宿主利用するものも遠縁の宿主利用するものも同程度にいる)
  • 近縁な寄生虫分類群間にも宿主特異性にばらつきがある.これをどう説明するかが課題になる.
  • 伝播経路の違いで説明できるかについていくつかのリサーチがある.吸虫の経皮感染と経口感染の比較では経口感染の方が種特異性が低いという予測は支持されない.野生の霊長類の蠕虫では,性感染するものは宿主特異的で,中間宿主を利用して経口感染するものは宿主特異的ではない.単生類は宿主特異性が高い分類群であり,経口感染せず,体表面に付着し,単宿主性であることが影響している可能性がある.
  • 多宿主性の程度,生活環の複雑さで説明しようとする予測もあるが,検証されていない.類似した代替種の存在で説明しようとする予測にはカナダの淡水魚類にについての検証例がある.
  • この他の要因としては宿主の防御の強さ,宿主体の大きさ,他の潜在宿主との相互作用の大きさなどが考えられる.
  • 無関係な種に宿主転換が生じる場合もあるが,例外的.その例の1つは無関係宿主から人類への感染(住血吸虫,線虫のオンコセルカ)になる.人類の急速な拡大や環境への影響の結果だろう.サケ科の魚が人為導入された後100~150年で多様な寄生虫相が形成されている例もある.
  • 特異性の進化はあまりパターンが探索されていないのでまだよく理解されていない.見つかったパターンにも説明できないものがある.(海水魚類の吸虫類の特異性に緯度勾配,寄生性ネジレバネの性による宿主の違いとその宿主特異性(オスはアリ,メスはバッタやコオロギ)など)

 

第4章 生活史戦略の進化

 
第4章では寄生虫にみられる複雑な生活史(本書では生活環とも呼ばれる)戦略が解説される.

  • 寄生虫が常に小さく繁殖力が高くなる方向に進化するというのはしばしばみられる誤解だ.生活史戦略には様々なトレードオフがあることに注意しなければならない.
  • 生活史戦略は表現型可塑性(条件付き発達)と進化的応答の2種類の調整を受ける.
  • 寄生虫では顕著な表現型可塑性が多くみられる(例:条虫の一種の体サイズ;宿主内での寄生虫密度に反応:吸虫の一種;複数宿主を持ち,宿主により異なる形質を発達させる).極めて急速に進化的応答が生じることを示す実験結果もある.

 
<体サイズ>

  • 自由生活近縁種と比較すると体サイズは縮小するだけでなく,変わらない場合,大型化する場合もある.(線虫,甲殻類,等脚類などの独立に何度もの寄生性が進化した分類群で大型化がみられるケースの詳しい解説がある)
  • 分類群内で体サイズ頻度分布をとると,由生活性の場合は分布は右裾に長く,小さい種が多い.内部寄生虫も同じになる(小さい方がニッチが多いことで説明されている).しかし外部寄生虫では対数正規分布に近い分布になる(振り落とされないために中間サイズが有利になるからと考えられる).
  • 寄生虫の体サイズの大きな淘汰要因は宿主体サイズになる.特に哺乳類や鳥類が宿主の場合にその傾向が強い.(哺乳類につく線虫では特に強い相関があり,虫体の体サイズ予測式を立てることができる)
  • その他の要因には宿主の免疫防御の強さ,寄生部位,変温動物宿主の外部寄生虫の場合の環境温度などがある.
  • 中間宿主における体サイズについては大型化のリソース的利益と伝播率低下にトレードオフがあるというモデルが提唱されている.
  • 雌雄異体の寄生虫はしばしば顕著な性的二型を示す.
  • 繁殖力についての淘汰圧が高いとメスに大型化の淘汰圧が強くかかる(寄生性甲殻類ではオスが矮小化している事例が多い).また寄生部位が限られ雌雄二体がペアになっているとメスに繁殖力を傾ける形で性的二型が進化する(等脚類に例がある).
  • 性淘汰でオスの早熟が有利になる場合がある.無脊椎動物の蟯虫でこれでオスが小型化した可能性がある.寄生性線虫ではメスへの性比の偏りが弱まるにつれて(オス間競争が激しくなり)オスの相対的体サイズが増加する.
  • オスの方が大型化する例もある.住血吸虫は雌雄同体の祖先から進化した雌雄異体生物で,一夫一妻でオスの方が大きい.(分業的利益からの説明が提唱されている)
  • 系統的制約と考えられる例もいくつか報告されている(ハリガネムシはクラスターで乱婚.オスが大きい;糸片虫ではクラスター交配せず,メスが大きい).

 
<成熟齢>

  • 最適成熟例は生涯繁殖成功度で決まる.
  • 繁殖力と成熟までの死亡リスクのトレードオフモデル(死亡リスクが高いと早熟になる)が提唱されており,線虫のデータとよく一致する.ただし宿主の免疫応答を操作した実験では支持されていない.
  • このほか成体での死亡率,宿主の死亡率も影響する可能性がある.
  • マラリア原虫のようなアピコンプレクサ類では無性生殖の開始までと有性の生殖母体産生の開始までの2つの成熟がある.基本的な生活史形質としてよくモデル化されている.2つの生殖のバランスを取り適応度最大化ヘの淘汰圧があると考えられる.
  • 成熟齢についてよく調べられているのは線虫とアピコンプレクサ類のみになる

 
<卵生産>

  • しばしば寄生虫はr戦略者で小卵多産に進化すると信じられているが,実際には多様な繁殖戦略が進化している.
  • 自由生活性の姉妹分類群との比較によると,カイアシ類では魚類宿主系統(探索や感染過程が不確実)で小卵多産,無脊椎動物宿主系統で大卵少産が進化している.
  • イシガイ科二枚貝(幼生が魚類に外部寄生,成体は自由生活)では宿主種数と幼生サイズが相関(大形の幼生は宿主免疫をかいくぐりやすく宿主幅が広くなる,あるいは宿主数が多いと感染確率が上がり大型幼生に)している.
  • 恒温動物の方が寄生虫にとって有利なので小卵化するという仮説が提唱されている.条虫の科内,科間の種間比較はこれを支持しているが,吸虫類では無関係だった.

 
<生活史形質一般>

  • 平均値だけでなく変異性や分散によっても淘汰圧がかかるかもしれない(感染率が低く予測可能性が低い場合,様々な感染戦略を持つ子を生む方が有利かもしれない)
  • 吸虫類の卵サイズの種内変異は,卵が水中で放出されるか陸上かによって,さらに緯度によって異なる.(低緯度の陸上において感染が難しく変異が大きい)

 

第5章 宿主利用戦略

 
第5章では宿主利用戦略が解説される.大きなテーマは病原性の進化と宿主操作になる.
 
<病原性の進化>

  • かつて寄生は,有害方向に進化すれば宿主を絶滅させてしまうから,有害なものから無害な共存へ進化すると考えられていた.しかしこの議論には欠陥がある.進化に先見性はない.宿主はリソースに過ぎず,自分の適応度が最大になるように進化する.
  • 毒性(virluence)の厳密な定義についての総意はない.数理モデルではしばしば宿主死亡率が使われる.しかし実際に測定するのは困難.

 

  • 毒性の進化については「病原性による死亡率」をパラメータとして入れ込んだ水平伝播の数理モデルがある.基本モデルは生涯繁殖成功度を伝播確率,宿主密度,宿主自然死亡率,病原性による死亡率,回復率で表すものだが,宿主摂食頻度,宿主抵抗性,免疫などを入れ込んだ拡張モデルも提唱されている.
  • このモデルからは,伝播経路が宿主のコンディションと無関係だと強い病原性を進化させやすい,感染から発症までタイムラグがあると強い病原性を進化させやすい,宿主の死によって放出される原虫類などは宿主を殺す最適時期が宿主内での増殖率などに影響される,宿主外で生存できるなら強い病原性が進化しやすいなどが予測される.
  • 垂直伝播を考慮に入れると,垂直伝播の比率が高いほど病原性最適レベルが下がると予想される.垂直伝播のみでは宿主の生涯繁殖成功度を下げる寄生虫は絶滅する可能性が高くなる.このため宿主と寄生虫の利害が一致し,真の相利共生への進化を促すと考えられる.

 

  • モデルで使用されるパラメータはしばしば推定困難で実証は少ない.
  • またモデルにはしばしば(1)寄生虫が宿主を利用する速度と宿主の生存率のトレードオフが強い病原性の制約になる(2)病原性が強いと寄生虫の繁殖力も増す,という2つの前提がある.連続継代実験ではこの前提が支持されているが,野外での証拠は少ない.
  • これまでの実証リサーチは伝播様式が毒性に与える影響についてのものが多く,イーワルドの予測の検証として行われてきた.
  • ヒトの感染症のリサーチ:水を媒介とするものの方がヒト接触によるものより病原性が高い.外部環境で生存できる方が病原性が高い.
  • ネズミマラリアのリサーチ:最終宿主の病原性の高い系統の方が増殖率も蚊への感染率も高い.実験的に宿主内競合させるとより高い病原性,増殖率,感染性を示す系統が弱い系統を凌駕する.最終宿主への病原性と蚊への病原性は相関しない.

 
<各論:多宿主性生活環を持つ場合>

  • マラリアのような多宿主性生活環を持つ寄生虫では,特定の宿主を資源的拠点として利用,別の宿主を輸送や分散に利用することが予想される.この場合前者の病原性が高く後者の病原性が低くなる方向に進化しそうだ.
  • 蠕虫の場合最終宿主には無害,中間宿主に深刻なダメージを与える傾向がある.中間宿主を資源的に利用し,弱らせて最終宿主に捕食されやすくし,最終宿主を移動分散に利用していると考えられる.
  • 捕食経路によらずに最終宿主に感染する住血吸虫は終宿主に有害な傾向がある.しかしこれは宿主の炎症反応であり,中間宿主にも有害性を持つ.
  • 終宿主において高い繁殖力を持つ系統は中間宿主において低い増殖速度を示す傾向がある.(逆も成り立つ)
  • 巻き貝に同時寄生した場合病原性の弱い方が増殖率が高くて有利になる
  • それぞれの宿主間での繁殖成功に関する遺伝的トレードオフは両方の宿主において中間レベルの病原性を有利にする可能性がある
  • イーワルドの議論は興味深いが,全体像を示しているとも言い難い,なおリサーチが必要,*1

 
<各論:単宿主性生活環を持つ場合>

  • 単宿主性でも伝播様式が病原性の進化に影響を与えている.
  • 性感染は一般に病原性が低い
  • ファージを使った垂直と水平のコントロール実験では垂直伝播で毒性が弱く,水平伝播で強くなる.鳥類の外部寄生節足動物の種間比較でも同じ傾向がみられる.
  • 水平垂直の両ステージを持つ寄生虫(蚊に寄生する微胞子虫)では水平伝播する胞子はより強い病原性(宿主の表皮が破壊されて外部に出ていく)をもつ.幼虫期が短い蚊の種には垂直伝播が選ばれる.
  • イチジクコバチに寄生する線虫においてはより病原性の強い線虫が水平伝播機会の多い宿主に寄生する傾向がある.
  • かつては新規宿主で病原性が強いと考えられてきたが,現在では否定されている.実際にはどちらの場合もある(詳しく紹介されている)また病原性が低下するように見えても寄生虫側の戦略の変更の場合も,宿主応答による場合もある.
  • 多くの数理モデルでは複数寄生虫種による宿主内競争が病原性を上げることが予測されている.連続継代実験はこれを裏付けている.

 
<宿主の去勢と巨大化>

  • 軟体動物の吸虫,甲殻類のフクロムシやヤドリムシは宿主を去勢する.宿主を長寿命化し高い伝播効率を得ることもできるので,ある意味理想的な戦略になる.モデル上は広い条件で進化が予測される.
  • 去勢により宿主の体サイズが大きくなることもある.宿主の巨大化にはいろいろメリットがあり,適応として考えられている.ただし宿主応答(去勢が完全でない場合,巨大化し寄生虫死滅まで生存しその後繁殖する)である可能性もある.短命で一回繁殖型の軟体動物では宿主適応として考える方がうまく説明できる.(詳しい解説がある)

 
<行動操作>

  • 宿主の行動や体色などの変化は複雑な現象であり,(寄生虫and/or宿主の)適応かどうかを決めるのは簡単ではない.最もよく知られているのは中間宿主が最終宿主に捕食されやすくなる現象で,様々な系において報告されている.(トキソプラズマによるラットの行動改変,アリを中間宿主とする槍型吸虫,ロイコクロリディウムなどの様々な例が紹介されている.)
  • 複雑性と目的性が認められ,延長された表現型の完璧な例に見える.しかし適応的利益の証拠が示された例は少ない.
  • 適応かどうかについては(1)変化が生じるタイミング:次の伝播の開始と一致しているかなど(2)特異性を持つか:終宿主のみに捕食されやすいかなどの基準を用いて検討することができる.至近的メカニズムの特定,マクロ的に収斂がみられるかなども重要な論点になる.

 

  • 宿主操作にもコスト(生理的コスト,宿主応答などによる死亡リスクなど)はかかるはずなので操作への投資量は最適操作努力量に向かって進化するはずだ.
  • 宿主個体内の(同種)寄生虫個体数が複数になると1個体当たりの最適操作努力量は減るが,協力とただ乗りの問題(クローンや血縁個体間では血縁淘汰)が生じる.また発育段階の違いにより寄生虫間でコンフリクトが生じる場合もある.
  • 操作も生活史形質の1つであり,他の生活史形質や生態的形質との関連が重要になる.例えば中間宿主における寿命と終宿主における成虫の繁殖力にトレードオフがある場合に最適操作努力量は低くなる

 

  • 宿主個体内に複数種の寄生虫が寄生するとある種の操作戦略と別の種の対抗戦略が様々に生じる可能性が生じる.(中間宿主内の共存の場合)異種寄生虫の終宿主が同じであれば協力関係になりやすいが,異なると対立関係になる.対立の場合片方の完全勝利か進化的軍拡競争となる.

 
<性比操作>

  • 宿主の配偶子を利用して次の世代に乗り移っていくタイプの寄生虫は,原虫類(微胞子虫類),ウイルス,細菌に見られる(ボルバキアで有名).原虫では一般にメスの宿主個体から垂直伝播し,この場合宿主をメスに偏らせることが有利になる.
  • 性比歪曲操作にはいくつかのタイプ(オス殺し,性決定遺伝子の発現に干渉,ホルモンなどの生理学的操作など)がある.
  • 宿主側に対抗進化が生じる場合がある.
  • 母子寄生虫伝播率が100%で寄生虫側の性改変能力が最大値になると宿主がオスのみになり,宿主寄生虫とも絶滅することになる.性比歪曲の寄生虫が比較的少ないのはこのためかもしれない.
  • このような場合病原性も性特異的になる.水平伝播の微胞子虫類は一般的に強毒性(伝播率が低いために大量の胞子を作る,そのために宿主から強く搾取する)だが,垂直伝播する場合,宿主メス個体にはほとんど害を与えず(有利な効果を持つ可能性もある),宿主オス個体は殺されるかメス化の対象となる.

 

第6章 寄生虫の分布様式:原因と結果

 
第2章から第4章までは行動生態学的論点が扱われたが,ここからは個体群生態学や群集生態学的論点が扱われる.第6章は寄生虫個体群の宿主間での不均一分布(集中分布)がテーマになる.

  • 寄生虫は宿主という離散的なパッチに分布するのが特徴になる.そして宿主間で一様分布はせずに一部宿主に集中分布していることが通常になる.(ここでこの集中度合いの尺度である「宿主1個体当たりの平均寄生数」と「分散」の比,負の二項分布の当てはめ,パッチ指数,不一致指数の説明,これらが他の変数(寄生率,標本サイズなど)と共変する問題の解説が丁寧にされている.)

 
<集中分布の態様>

  • 集中分布については20-80則(宿主の20%が寄生虫の80%を保有する)が仮説として提示されているが,これに当てはまらないものも多く一般的パターンとは言えない.
  • 高レベルの集中由来の宿主死亡,低レベルの集中に由来する寄生虫の交配機会の減少により集中度は中程度の範囲に限定される可能性がある.強寄生宿主の死亡により集中が制約を受け,一様分布になっている事例がある.この中には常に宿主を殺す捕食寄生が含まれている.その他宿主致死性でほぼ常に単独寄生しているものがある.
  • 集中分布自体が適応が副産物かは現時点では不明.いずれにしてもこの集中分布は寄生虫の生態と進化の全ての側面に影響を与えている.ただしリサーチ例は少ない.

 
<集中分布の原因> 

  • 集中分布の原因としては以下が考えられる.
  • (1)寄生虫の暴露の個体差:寄生虫の時空間的なパッチ性(感染期幼虫の空間的な集中分布,時系列的な変動など),宿主の微生物環境の利用の不均一
  • (2)宿主の感受性の個体差:免疫などの抵抗能力,性別,年齢,体サイズ:感受性は遺伝的基盤を持つことが多く,これだけで集中分布を生むのに十分かもしれない
  • (3)同一宿主集団で多種との強い競合(他種が寄生していない宿主により寄生しやすいなど)

 
<集中分布の結果>

  • 大きな宿主個体内個体群で混み合い効果が生じ種内競争が激しくなる.そこでは適応度の密度依存性が生じ,また適応度のばらつきも一般的に大きくなる.(虫体サイズが小さいと混み合い効果が下がりこの影響は小さいだろう)
  • 競争の結果繁殖が極く一部の個体に偏るなら,寄生虫の有効集団サイズは虫体総数ではなく宿主総数に近くなるだろう.遺伝的変異を調べたリサーチによると自由生活性の無脊椎動物より低いことが示されている.
  • 集中分布は放出される卵の凝集分散ももたらし,近縁度に空間的な偏りを生じさせる.これは次世代の宿主内での近親交配を強化する.この場合ホモ接合体が生じやすく(薬剤耐性などの)劣性形質の広まりを促進しうる.
  • 集中分布による過度の断片化や,宿主個体内での低い遺伝的変異性は,交配の可能性や近親交配の起こりやすさに影響を与え,性比を偏らせる場合がある.
  • 集中の結果や配偶様式のタイプを組み入れた数理モデルによると,一夫一妻の住血吸虫はオスに偏ることが予想されている.
  • 実際に一夫多妻の線虫や鉤頭虫ではメスへの偏りが報告されている.幼虫の性比は1:1なので,寄生後メスの方が長く生存することによる死亡率の性差によるものと考えられる.
  • マラリア原虫などのアピコンプレクサ類は有性の生活環ステージにおいてメスに偏った性比を示す.理論からは性比は近親交配の起こりやすさで決まるため,寄生率や宿主ない個体群サイズにより性比が調整されるはずだ.しかし調べられたマラリア原虫では実際には変化しないので,局所的な適応値が固定されている可能性がある.

 

  • 生態学や生物地理学では空間分布と絶滅率の関係が知られている.寄生虫においては局所的な絶滅確率は宿主の相対的な数つまり寄生率によって増減する.長期間集中のレベルが高い場合(感染宿主が死に絶えることにより)局所個体群全体が絶滅の危機にさらされる.
  • 過度に集中する寄生虫の絶滅確率が高いことは,寄生虫系と宿主系統の不一致のいくつかの事例を説明できるかもしれない.(ボトルネック的)創始的な宿主集団は多くの場合元の集団より寄生虫の種数が少ない.この集中分布に起因する創始者効果はニュージーランドとオーストラリアにおける寄生虫相の違いを説明するかもしれない.(移入先のニュージーランドで寄生虫種が少ない)

 

第7章 個体群動態と集団遺伝

 
第7章は寄生虫個体群の動態,遺伝的構造が解説される.なお個体群の定義は取り扱いのよさから生活環の特定段階で行われることが一般的だそうだ.

  • 寄生虫の個体群動態の研究は感染症の疫学とともに発展してきた.
  • 寄生虫個体群は宿主の数に分割されている.この分断は世代ごとに新しい組み合わせになる.個体群動態は,個体群全体レベルと宿主個体内個体群の動態レベルの両階層で作用する.宿主の移動により複数の個体群が連結しメタ個体群を作ることもある.

 

  • アンダーソンとメイによる草分け的個体群動態モデルはその後のモデルの基礎となっている.モデルは,宿主死亡率は寄生個体数に対して線形に比例する,宿主個体内における寄生虫死亡率や産卵数は密度依存しない,外的環境での個体発生はない,次世代は宿主にすぐに感染する,などの仮定をおいた微分方程式モデルであり,伝播率や実行再生産数を用いて表すこともできる.(詳しい解説あり)
  • そしてこのモデルはより現実的に拡張可能であり,例えば宿主死亡率が指数関数的,密度依存効果ありなどに仮定を変更したモデル,外的環境・中間宿主・終宿主の三段階連立微分方程式モデルなどへの拡張がなされている.

 
<密度依存的調節>

  • 実際には宿主個体内個体群には密度依存的調節が生じる.これらを個体群動態として考察するには集中分布を考慮に入れることが重要となる.また密度依存効果が働き始める規模は宿主寄生虫系によって様々になる.
  • 蠕虫の宿主個体内個体群には2つの密度依存効果(生存と定着成功に効くものと繁殖力に効くもの)があることが報告されている.また線虫では発育に密度効果が見られるものがある
  • 密度調整メカニズムには,消費型競争(栄養,空間などの競争),干渉型競争(競争相手を害する化学的干渉など),宿主を介した間接的制限(宿主の免疫獲得により後に侵入した寄生虫に不利になるなど),宿主死亡などのいくつかの可能性がある.また中間宿主と終宿主で密度調整メカニズムが異なることもある
  • 密度調整を支持するデータのほとんどは室内実験から得られたものだ.野外では種内競争が生じるほどの密度になるのは稀なのかもしれない.しかし干渉型競争があるということは種内競争がこれまでに何らかの進化的影響を与えていることを物語っている.

 
(ここでいくつかの寄生虫の個体群動態の具体的リサーチ結果,および寄生個体数,寄生率,寄生強度のパターンの要因についての種間比較リサーチが解説されている)
 
<個体群の遺伝的構造>

  • 寄生虫個体群は宿主内個体群に分断化されているが,その子孫は宿主間移動し,地域集団内で遺伝的交流がある.また個体群同士も大きな空間スケールでは遺伝的に流動がありメタ個体群を形成する.しかしその構造はあまり研究されていない.数少ない研究では地域集団間の虫体の移動分散率が地域拡散と存続を決定する重要要因であることが示唆されている.
  • 個体群内の遺伝的構造はしばしば宿主の行動により大きく影響を受ける.ヒト回虫では家庭内伝播が中心で,家庭間で遺伝的差異があるが,ネズミ糞線虫では地域内で広く伝播し,宿主内個体群間の遺伝的差異はない.
  • 吸虫では宿主の移動性が重要要因となる.中間宿主(巻き貝)内で無性的に増殖しセルカリアを産出,これはセルカリアの遺伝構造を巻き貝ごとにクラスター化させる.終宿主(ネズミ)に移動性があれば(先々でいろいろな巻き貝を食べることにより)この構造がならされる.その場合も大きな空間スケールでは移動の限界があることにより構造が残る.中間宿主が水生植物で,終宿主のシカが極く稀にそれを食べて感染するケースでは,シカごとに異なる遺伝構造を持つ吸虫個体群となる.

 

  • メタ個体群内での局所個体群間の遺伝的構造は通常その宿主の個体群構造と一致している(基本的に生物系統地理学の範疇).数百~数千キロのスケールでは(遺伝的交流がなく)強固に安定的な遺伝的構造が見られることがある.
  • 宿主の移動性によっては広く遺伝的交流が生じることがある.アニサキスは中間宿主の魚類にも終宿主の鰭脚類にも高い移動性があるため世界的規模で遺伝的流動が保たれている.ウシやヒツジの大規模畜産による広い遺伝的流動がみられる例もある.マダニ類においても地理的スケールで構造が見られることは稀で,これも宿主の移動性が大きな要因と考えられている.(ミツユビカモメとニシツノメドリ二よる違いを示したリサーチの紹介がある)
  • 多くのリサーチはほとんどの寄生虫において分散が宿主の移動能力によっていることを示している.

 

第8章 種間関係と寄生虫のニッチ

 
第8章は宿主個体内での寄生虫の種間関係が扱われる.

  • 多くの場合単一の宿主(特に脊椎動物の場合)に複数種の寄生虫が寄生する.寄生部位が異なる場合もあるが,同一ギルドの場合もある.相互作用の態様は様々だが,多くの場合は競合する拮抗的相互作用となる.捕食もあるが最も多いのは種間競争になる.

 
<種間競争:数的応答>

  • 宿主個体内で種間で個体数に負の関係があれば,競争関係にあると示せる.
  • 種間競争は非対称であることが多い(同時寄生する寄生虫の競争力が互角であることは稀.多くの場合の決定打は資源利用能力のわずかな差が決定的に効く.消費型競争だけではなく干渉型競争の場合もある).蠕虫類では一方の種は大きな損失を被り,他方はほとんど影響がない.また同様な非対称性は脊椎動物に外部寄生する甲殻類の付着成功,中間宿主内における鉤頭虫のシスタカンス幼虫の成長阻害,巻き貝中間宿主内の吸虫幼虫の低い無性増殖率でも見られる.
  • 競争の結果は感染順序や密度によっても影響を受けることがありうる.先住効果はいくつかの系で確認されているが,自然下では影響が現れない場合も多い.(実験では多くの寄生虫を感染させるためかもしれない)
  • 異種の寄生虫がそれぞれ集中分布し,分布が独立していれば潜在的に強い拮抗作用は起こらず,両種が共存する可能性がある.(数理モデルにより支持されている)

  
<ニッチ>

  • 競争の結果資源利用に変化が生じる(機能的応答)なら,検出するためには資源利用の定量化が必要.1つのアプローチはニッチ(多次元の生息地)を決定すること.しかし餌の種類など多くの次元軸は定量化が難しい.そこで寄生虫学者は空間的次元に着目してきた.寄生虫は寄生部位も宿主の特定部位に現されている場合が多く,測定(位置の平均値や中央値)も容易だからだ.
  • 消化管を一次元で表すモデルはしばしば使われる.絨毛や腸壁の内部まで含めて多次元で処理することもできる.部位は離散的でもよい.
  • 部位利用の究極因は明快(適応度の最大化)だが,至近要因ははっきりしないことが多い.(単純な栄養分で説明できなかった例が示されている)
  • ニッチの数:ニッチ数の見極めの1つの割り切りは宿主1個体に寄生する寄生虫の最大種数とするものだが,飽和していなければ過少見積もりになることに注意が必要.基本ニッチ(潜在的に寄生可能)と実現ニッチ(実際に寄生されている)の区別も重要.
  • 最終的に得られた空間的実現ニッチを単独寄生と同時寄生の場合とで比較することにより種間競争の機能的応答を検討することができるようになる.

 
<種間競争の機能的応答>

  • ニッチが重複した場合に一方または両方の種が本来好む部位以外に寄生することがある(棲み分け).
  • 機能的応答のためには他種寄生の感知能力,寄生部位についての可塑性が必要になる.そして競争によるコストが部位変更のコストを上回る場合に変更が適応的になる.さらに同時寄生が高い確率で生じれば変更が遺伝的に固定される可能性もある.(形態学的形質置換の一例で,同所的生物競争によく見られる進化的帰結)
  • 鳥類の消化管内蠕虫群集は機能的応答の優れた証拠を提供する.基本ニッチが5%以上重複している寄生虫種間において,実現ニッチの重複が大幅に減少する.同様なことは魚類宿主の消化管内蠕虫,板鰓類の消化管内条虫においても見られる.
  • ニッチの棲み分けが同時寄生の全ての種間で生じるのではなく,1種あるいは少数種に限られる場合もある.
  • 機能的応答は消化管内蠕虫群集において普遍的ではない.棲み分けが支持される場合と棲み分けが支持されない例がある.
  • 鳥類に外部寄生する節足動物,ゴキブリに寄生する蟯虫類では,ほとんどの寄生部位が種特異的であり,ある種の存在が他種の実現ニッチ(利用部位)に影響する場合がある.しかし魚類に外部寄生する単生類では棲み分けが支持されない.
  • 注意すべき点として(1)競争がある部位で死んでいくだけの場合(棲み分けとは言えない)(2)競争種の排除によりニッチが重複しないだけである場合(棲み分けとは言えない)がある.
  • 寄生部位が特殊な孤立種からなる寄生虫群集など,種間相互作用があまり重要でない場合もある.

 
<進化的なニッチ制限>

  • 実際にはあまり種間相互作用のない狭く特殊化したニッチになっている場合がある.そのようなニッチの進化的起源には(1)過去の激しい種間競争によるもの(2)偶然競争関係にならなかった,の2通りが考えられる.
  • (1)は,寄生個体数が多く寄生率が高い複数種が何世代も継続して同じ宿主個体群を共有する場合,競争が適応度を低下させる場合,などいくつかの状況で生じうる.これらの場合には寄生虫各種は互いに淘汰圧となりニッチが分化するように進化する.そして過去の競争の亡霊だけが残る
  • このシナリオの証拠としてはコスズガモの腸内蠕虫群集(コア種のニッチが重複せず,偶然より予測可能な位置に腸に沿って均一に分散している)がある.片方で寄生率や寄生個体数が低いサテライト種はランダムに分布している.
  • 進化シナリオを考察するときには他の淘汰圧にも注意が必要.例えば(魚類への寄生の場合)クリーナーの捕食圧に対応しより内部に寄生位置を移す,あるいは個体同士の遭遇や交配を容易にするように進化(狭いニッチ幅の進化要因:単生類に証拠あり)するなどが考えられる.
  • (2)については,空きニッチがある,ニッチ重複が少ない,寄生部位の中で局所的に繁殖成功に有利な部位があり,その部分にニッチ狭窄化した,などの種間競争が重要でない場合があると考えられる.同属の寄生虫が同じ魚種に寄生していることがあるのは類似種の種間相互作用が小さいことを示唆していると考えられる.相互作用がなければ棲み分け進化は生じようがない.
  • 種間競争に由来するニッチ制限の進化の実証は操作実験なくしては困難と考えられる.

 

第9章 宿主個体内群集の構造

 
第9章と第10章で寄生虫の群集生態学が解説される.第9章では宿主1個体内の群集,第10章では宿主の個体群の群集と寄生虫相が扱われる.宿主1個体内に寄生虫の宿主個体内群集(第9章)は宿主個体群群集(第10章)の部分集合ということになる.
 
<種の豊富さ>

  • 個体内群集の最大種数は個体群群集の総種数だが,実際には(特に寄生虫種数が多いと)実現しないのが通常.初期の研究は「種数の飽和」が制限となるかについてのものになった.
  • ヨーロッパウナギの蠕虫において,個体内では3種以下で個体群群集は3種以上だった.また両者の関係は曲線的で後者の種数が大きくなっても前者は3種で頭打ちになった.
  • しかし種数の飽和が一般的かどうかは疑問.1つには同じ系の追試で線形関係が見られたこと,また同じ結果を得た他の研究が少ないこと,さらに曲線自体は飽和の証拠とならないこと(寿命や伝播率の違いでも生じうる.飽和というためには種間相互作用が制限を生じさせている証拠が必要)がある.
  • またそもそも飽和するのは種数ではなく全寄生虫のバイオマス(脊椎動物の蠕虫でバイオマスと宿主体重に線形関係)のはずであり,バイオマスがどのように種間で分配されるかには様々なパターンがありうるはずだ.
  • おそらく種の飽和は例外的なのだろう.鳥類や哺乳類に寄生する蠕虫では線形関係(個体内種数は総種数の約半分)が観察されている.総種数が多い鳥類では空きニッチが一般的に見られており,個体内種数が感染の起こりやすさによって決まっていることを示唆している.

 
<種の分布>

  • 個体間での種数の分布がどのようなものか.無作為に規制を受けるならランダム分布になるはずであり,競争排除や非独立な加入があればそれと異なる分布になるはずだと考えられる.
  • 帰無モデルとしてよくポアソン分布が使われるが,ポアソン分布は寄生虫全種の感染確率が等しいことが前提となるので非現実的.各種の寄生率に基づく帰無分布モデルが望ましい.(さらに複雑な帰無モデルを利用する場合もある)
  • 群集研究のメタ分析ではランダムな分布が一般的であることが示唆されている.特に脊椎動物の腸内寄生虫,魚類の外部寄生虫によく当てはまっている.
  • ランダムさからの逸脱を示すものもある.競争排除的な方向も,他種感染促進的方向の両方がみられる.巻き貝を中間宿主とする蠕虫の個体内群集では競争排除的な分布が見られる
  • このほか多様度,均等度などの指標(種数にサイズを加えた指標)で分析がされている.ただし多様度,均等度指標の使用には批判もある.1つには同じギルドの寄生虫でも種によって個体サイズが大きく異なる場合があるからだ.そういう場合はバイオマスを利用する方が適切になる.

 
<種組成:宿主個体内群集における入れ子構造>

  • ある宿主個体内寄生虫群集が宿主地域集団全体の寄生虫の種プールからのランダムな部分集合になっているかどうかが議論されている.なっていない場合何らかの構造があることになる.構造の1つである入れ子構造はパッチ状の離散的生息地(島など)を持つ自由生活性の生物群集によく見られる(各生息地への定着と個体群維持の能力の種間差で説明されていることが多い)ことが知られている
  • 個体内寄生虫群集に入れ子構造があるとは,種数の少ない宿主個体内群集が,より種数の多い宿主個体内群集の部分集合になっていることを意味する.寄生虫においては伝播率の差がある場合や宿主個体差(体サイズ,年齢など)が寄生虫種間で異なる加入率や絶滅率をもたらす場合に入れ子構造になることが期待される.
  • 実際に検証したものとしては熱帯淡水魚類の単生類についてのリサーチがある.宿主体サイズと寄生虫種数に強い相関があり,ランダム帰無モデルと比較して有意な入れ子構造がみられた.
  • では非ランダムパターンはどのぐらい共通して見られるのか.魚類の寄生虫のリサーチでは入れ子構造は1/3程度であり,また逆の反入れ子パターンも同じぐらい見られる(反入れ子構造がどのように生じるのかについては全くの謎).入れ子構造は高い寄生率や寄生強度を示す寄生虫からなる場合に観察されやすい.
  • 非ランダム組成は特定宿主や寄生虫における真の性質か(調査時期や地域などを変えても同じ結果になるか).5つの湖の淡水魚のリサーチでは,そのうち1つの湖で2年連続現れた例がある.また鳥類の蠕虫では安定した再現性のあるパターンが見つからない(中間宿主をどれだけ捕食しているかなどの局所的要因で決まっていることを示唆している).

 
<種間関係>

  • 入れ子構造以外の非ランダムパターンには特定のペアや複数種の組み合わせが偶然より多く(あるいは少なく)見られるというものがある.このような寄生虫種間における正負の関係はおそらく種間相互作用によるものだと考えられる.
  • 調べるには種の在・不在データからみるやり方やペアの関係性を両種の寄生強度(宿主内個体群サイズ)から定量化するやり方があるが,いずれも(シミュレーションなどにより得られた)適切な帰無モデルとの比較が重要になる.またバイオマスから調べる方法もある.
  • 種の在・不在データからみるやり方は,(ランダムなら正負の関係が同数程度になるはずだということから)どちらか一方が過剰であるかどうかを見るものになる.正は促進的相互作用,負は対立的相互作用を示唆するが,ほかの要因(生態学的,免疫的)による可能性を吟味する必要がある.希少種が含まれると単純に正負の同数が期待されなくなる,負の関係性を検出するにはより大きな宿主標本サイズが必要になる,複数種間のネットワーク構造と相互依存性があると偏相関係数の値に制限が生じる,などの統計的現象の問題があることに注意が必要だ.
  • コスズガモの腸内蠕虫において種間関係が全て正であった事例がある.一般的には正負どちらも混ざり合った結果になるが,適切な帰無モデルで厳密な検証が行われているものは少ない.関係があるとして時間,地域で安定的かどうかを調べた研究も少ない.研究が少ないこと自体が安定的ではなさそうだということを示唆するる.おそらく局所的要因が関与しているのだろう.安定的というリサーチ例もある(ウサギの腸内蠕虫),普遍的要因もあるのだろう.

 
<種の加入と宿主個体内群集の構造>

  • 宿主個体内群集に関する通常のモデルは各種が独立かつランダムに群集へと加入,初期定着や生存は「宿主応答」「他の寄生虫の存在」「先住効果」「種間相互作用」によって決まるというものになる.終宿主が中間宿主を捕食する伝播パターンの場合には群集への加入は複数個体がパッケージになる,この場合は加入が非ランダムになる.
  • コスズガモの腸内蠕虫において,感染経路(異なる中間宿主)によって個体内群集の種組成と種数が影響を受ける証拠がある(中間宿主に共存しやすいものは正の関係を持ち,どちらの中間宿主がより捕食されたかにより種組成が異なる).これらは糞中に卵を潜伏させる単宿主性の寄生虫にも当てはまるかもしれない.
  • 多くの場合,先住効果より種間相互作用の影響の方が強いだろう.種間相互作用は中間宿主内でのみ生じるものであっても終宿主個体内群集に影響を与える(引き継がれる)だろう.この場合中間宿主内での正の関係の方がより引き継がれやすいだろう.(正の関係の方が多い一つの理由になる)
  • 中間宿主内の群集形成はあまり研究されていないが全体像を把握するためには必要不可欠だ.

 
<個体数とバイオマス>

  • 存否ではなく個体数に基づく寄生虫群集研究は少ない.典型的な宿主個体内群集は数量的に優占する極くわずかな種と数個体のみが見られる他種で構成されている.これは相対優先度曲線で示すことができる.一般的な群集研究ではよく使われるが,寄生虫群集ではあまり使われてこなかった
  • ウナギの腸内蠕虫のリサーチでは対数正規分布が得られた.これが当てはまる宿主種とそうでない宿主種がある.そうでないものは希少種が過剰である場合が多い.
  • 希少種過剰は自由生活性の群集で一般的に見られ,ゼロサム多項分布を中立とする中立理論となった(ただしこの理論の前提には寄生虫生物学とあわないものもあることに注意)
  • 相対優先度曲線の形状予測モデルとデータを比べて見る手法もある.この場合相対優先度曲線を引くときにどの指標を用いるかという問題がある.
  • 宿主個体内群集のリサーチでは個体数,個体群サイズ平均値がよく用いられるが,種間の体サイズの違いを無視している.バイオマスを使う方が望ましい.バイオマスを用いるとより平坦な曲線が得られることが多い.
  • バイオマスを使う場合,種の相対的な存在量のパターンに当てはまるように,ニッチの順次分割における確率的なべき乗分割モデルが提唱されている.魚類の寄生虫について相対的バイオマスを使いニッチ配分モデルにあてはめたリサーチでは.6種中3種はランダム分割モデルに当てはまった.これは存否データに基づく研究結果(種間相互作用はあまり重要ではない)を支持するものになる.また寄生虫総バイオマスのばらつきと平均種数の間に負の関係が存在する(種数の多さがより均一な群集を作り出す)ことも見いだされている.

 

第10章 宿主個体群内群集および寄生虫相

 
第10章は宿主個体群内群集と寄生虫相を扱う.最初に定義的な説明がある.

  • ある特定の宿主集団の寄生虫の総和は「宿主個体群内群集」と呼ばれ,個体内群集はそのサブセットになる.個体内群集は感染や人口学的プロセスという「生態学的時間スケール」で形成され,個体群内群集は侵入や種分化,絶滅や定着,宿主転換などの「進化的時間スケール」で形成される.
  • さらにその宿主の地理的分布範囲全てにおいて見られる寄生虫の集合を「寄生虫相」と呼ぶ.これはヒトが把握するための人為的な枠組みであり生物学的な集合体ではない.

 
<個体群内群集の種の豊富さと組成>

  • 多くの場合個体群内群集の種数は寄生虫相の種数より少ない種数で飽和する.(寄生虫相が人為的枠組みである現れの1つ)
  • 一般的に近縁宿主の種間比較データからは,群内群集の平均種数や最大種数は(宿主数を増加させると)特定の値に向かって漸近的に増加することがわかる.これは飽和する値が寄生虫相の豊かさにかかわらないことを示唆している.
  • なぜそうなるか.1つは個体内ニッチ数が個体群内の種数の制限に効いている可能性がある.もう1つは寄生虫相の全体を1度のサンプリングでカバーできない可能性(地域内で種の定着が足りない)だ.後者の可能性の方が大きそうだ.地域内の種の定着が足りないと考えられる事例にはハワイの淡水魚類がある(外来寄生虫の侵入により寄生虫種数が30~50%増加).

 

  • 宿主集団間で頻繁な行き来があれば,均質な宿主個体群内群集が形成されるはずだ(逆に隔離されていれば,種数が乏しく,異なる構成になることが予想される).集団間の距離は魚類の寄生虫において予想通りの群内群集の類似度ヘの影響を与えている.距離の増加により指数関数的に類似度が減少する.ただし別の均質化プロセスにより隠されている場合もあるので注意が必要.
  • 個体群内群集の組成にとって宿主の移動,分散,渡りは重要だと考えられる(移動性のほか生息地の選好性,特殊化した餌利用なども影響を与える).移動性が高いと地域全体の群内群集が均質化される.実際に淡水魚類や両生類の個体群内群集は,海産魚類や鳥類のような宿主の場合よりも一般的に不均一になっている.また類似度の距離に応じた減少度合いは淡水魚類の方がスティープになっており,陸棲哺乳類の方がさらにスティープであるようだ.
  • 多宿主のうちどれかによる行き来が重要な場合もある.中間宿主が貝類や淡水魚類で終宿主が鳥類だと鳥類の移動が重要になる.また移動性の高いヨーロッパウナギやブラウントラウトも同じような役割を果たす
  • 個体群内群集が生息域の特定の物理科学的特性(表面積,水深,標高,pH)と関連する場合もある(どのような宿主集団が生息可能かにかかる).生息域の生物学的特性(多種の宿主の存在)も重要

 

  • 時間経過とともに群集が変化していくことがある.淡水魚類においてヒトによる人為的移動などの宿主集団の移入とともに豊かになって行ったケースがある.
  • 距離が離れていると専門的寄生虫が獲得される可能性は低くなる(スペシャリストが不在でジェネラリストが宿主転換により埋めていく)
  • ジェネラリストの重要性は調査規模にも依存する(個体群内群集→特定地域内寄生虫相→大陸内寄生虫相と調査規模を広げていくとスペシャリストの比率が下がっていくことがアメリカウナギで示されている)

 
<寄生虫相の進化>

  • 個体内群集における時間的変化は寄生虫相にも反映する.これらは寄生虫の獲得や喪失につながる進化的イベントとして見ることができる.
  • 宿主種分化の場合,寄生虫の多くは宿主子孫種に引き継がれる.宿主と共種分化するケースもしないケースもある(遺伝的流動が保たれるかどうかに依存する).このような引き継ぎにより近縁な宿主間で類似した寄生虫相が見られるようになる.
  • しかし近縁種の寄生虫相は完全に同じにはならない.進化的時間の中でそれぞれの宿主は異なる割合で寄生虫を獲得したり喪失したりする.
  • 寄生虫相が種を失う場合には絶滅と引き継ぎの失敗がある
  • 絶滅は,宿主が適応性を獲得,別の寄生虫種によって駆逐される,生活環の中の中間宿主がいなくなる,自由生活期の環境が悪化などにより生じる.
  • 引き継ぎの失敗は,極く少数から始まる創始的な宿主集団に(集中分布の結果)寄生虫が偶然含まれない場合,創始的な宿主集団が元の集団から突然隔離され,偶然失われるか存続できないほど少数しか引き継がれない場合に生じる*2
  • 寄生虫相が新たな種を獲得する場合には新規寄生と種分化がある.
  • 新規の寄生虫獲得はしばしば宿主の近縁種の寄生虫の宿主転換により生じる.
  • 単一種の寄生虫が(宿主の種分化なしに)種分化する(宿主内種分化)ことによっても寄生虫種が新たに獲得されることになる.実際にいくつかの系では単一宿主種に多数の同属種が種群を形成している(カメの蟯虫,ウマの糞線虫,カンガルーの線虫など)

 
<寄生虫相における種の豊富さ>

  • 寄生虫相の豊富さに与える宿主形質の役割は比較分析で調べることができる.ここで系統的要因(共通宿主祖先からの引き継ぎ)と生態学的要因を切り離す必要がある.(ここで系統的要因や生態学的要因を取り除く統計的手法について詳しく解説されている.またここでも重要な交絡要因として調査努力量が取り上げられている)
  • 生態学的要因の理論的枠組みには(1)宿主-寄生虫相互作用の数理モデルであるアンダーソンとメイの疫学的モデル(2)マッカーサーの島嶼生物地理学モデル,の2つがある.
  • (1)疫学的モデル:宿主集団における寄生虫の拡散と維持を基本再生産数の概念により説明予測するもの.
  • 宿主個体群密度:実証研究により様々な系で「宿主個体群密度」が「寄生虫相の豊富さ」を強力に説明することが判明している.(例外;鳥類のハジラミ*3
  • 宿主の自然死亡率:長寿の宿主に入った寄生虫の方が基本再生産数が高くなり,定着成功率が上がる.宿主寿命と寄生虫の豊富さに正の相関があることが予想される.しかし実証では支持されていない.関連するほかの生活史形質の影響を切り離すことが難しく,現時点で重要な要因とは認めがたい.
  • (2)島嶼生物地理学モデル:宿主は生息地として孤立し,寄生虫は定着と絶滅のプロセスを経ると考える.このアナロジーは完璧ではないが多くの実証研究を生み出した.宿主の体サイズ(資源量やニッチ数,感染接触面面積に関連),地理的分布範囲は種の豊富さを予測するものになる.
  • 宿主の体サイズ:体サイズと寄生虫相の豊富さに性の種間関係が見られる例が多い(片方で関連が見らない例もある).これらの研究を系統や努力量の交絡を考慮して再分析すると相関が減少し,有意でなくなることが多い(最新のリサーチは有意なものとそうでないものが半々ぐらい).サイズは寄生虫相の豊富さに役割を果たしているが,それは普遍的ではないと考えられる.
  • 地理的分布範囲:広範囲の分布する宿主はより多種の寄生虫から感染を受ける可能性があり,寄生虫の宿主転換の機会も多い.分布範囲の広さと寄生虫相の豊富さにも多くの正の相関が見られる例が報告されている.そしてやはり交絡を考慮すると相関は弱まる.体サイズと同じく分布範囲も決定的な力にはなっていないようだ.
  • 宿主の生息環境の違い:水域と陸域の違いがよく調べられている.これは水域→陸域,陸域→水域の進化が稀なので,系統を考慮するとサンプルが限られ,有意差を見いだすことは難しい.内温性の有無も同じ.
  • その他の形質(生活史形質,遺伝的形質(倍数性,ヘテロ率など))もありうるが,交絡を考慮した検討が必要.

 

  • この2つのモデルの注意点:どちらも定量的ではなく定性的であり,有意な関係が見つかっても一般的にその予測力は低い.また単一な普遍的パターンは見つかっていない.見つかっているパターンも相関であり,因果ではない(寄生虫相の豊富さが宿主形質に影響を与えた可能性がある)

 
<寄生虫多様性の生物地理>

  • 宿主間ではなく場所間で寄生虫の多様性パターンを考えた場合に寄生虫が豊富な地域というのは存在するのだろうか.ここはわかっていないことだらけだが以下検討する.
  • よく知られた生物地理パターンは緯度と種数の関係(熱帯の方が豊富).これを説明するいくつかの仮説(エネルギー.エリア(陸域面積),時間(より長い進化時間))がある.これらは互いに排他的ではない.
  • では寄生虫の種数にも緯度勾配はあるか.
  • 海産魚類の蠕虫類のリサーチでは,単生類は低緯度に,水温上昇に応じて増加,その他外部寄生虫も程度は低いがそうした傾向があった.
  • ここでいくつかの要因(寄生虫の種特異性は緯度勾配がない:低緯度においてより多種宿主を利用しているわけではない,系統,調査努力量などの交絡はあまりない)は排除できる.
  • 海産魚類の外部寄生虫系はエネルギーと進化時間で説明できるかもしれない.温度が高いとより世代時間が短くなり進化が速くなる可能性がある.
  • 海産魚類の内部寄生虫は緯度勾配を示さない.温度は一つの可能性となる.もう一つの可能性は外部寄生虫は低緯度で体サイズが小さくなること
  • 淡水魚類の蠕虫類では,温帯と熱帯で逆の緯度勾配が見つかっている(ウナギは例外)
  • 寄生虫の多様性の緯度勾配を包括的に調査した例はない
  • 海域や大きな湖の深度勾配についてはどうか.主要な動物群の種数は進度とともに変動する(詳細はいろいろ複雑).深海において宿主密度が低いなら寄生虫種数も少ないことが予測される.実際に深海魚は寄生虫の種数が少ない.吸虫類で浅海から深海への移行で放散を示している例がある.また熱水噴出口で高温環境による多様性ホットスポットがある可能性がある.

 
<宿主特異性と寄生虫相の種組成>

  • 種組成のパターンはあまり研究されていない
  • カナダ淡水魚類では,種数の多い寄生虫相は宿主特異的スペシャリストが多く,種数の乏しい寄生虫相はジェネラリストが多い(ただしサケ科は例外,英国の淡水魚類ではこの傾向なし).考えられる原因の1つは種の蓄積が宿主特性により促進されたり抑制されたりすることになる.また局所的な現象が大規模スケールで顕現した可能性もある.(詳しい説明あり)
  • 同じパターンがユーラシアと北米の哺乳類のノミについて見られる.種間相互ネットワークに普遍的なパターンが存在するのかもしれない

 

第11章 総論

 
最終第11章では「総論」と題されているが,本書全体のまとめではなく,未解決の課題や応用への展開が見通されている.ここでは特にヒトがもたらした新奇淘汰圧に焦点が当てられている.
 
<環境変化>

  • 宿主野生動物の生息地改変が寄生虫に及ぼす影響についてはこれまであまり注目されてこなかった.しかしこれが数世代以上続くなら寄生虫の進化や生態に大きな影響を及ぼす可能性がある.
  • ダム,潅漑用水の整備は吸虫の中間宿主である巻き貝が増加しやすいことにつながる.これは生活史形質への淘汰圧になる.感染が容易になると終宿主の病原性強化の可能性がある.理論的予測はできるが実証はない
  • 森林の伐採,分断化も宿主集団の密度が低下し絶滅しやすくなる.多くの場合寄生虫も絶滅しやすくなるだろう.あるいは何らかの絶滅に対する保険の形質(生活史や伝播戦略)が進化するかもしれない.
  • 水域の化学汚染は寄生虫と宿主双方に影響を与えるだろう.自由生活期幼虫や中間宿主の悪影響,終宿主の免疫低下などの様々なシナリオが想定される.なお長期的な進化的推察は不十分にとまっている.
  • 温暖化は複雑な現象で様々な影響をあたえるだろう.気候変動と新興寄生虫症の因果関係のリサーチがなされており,局所的な流行,地理的分布,利用宿主範囲が突如増加拡大することが報告されている.寄生虫の形質への進化的影響もあるはずだと考えられる.

<防除努力>

  • 人類の薬剤などによる寄生虫防除は寄生虫に取っては生息地改変となる.
  • ヒツジやウシへの駆虫剤の投与により多くの寄生虫で薬剤耐性が急速に進化している.疫学と個体群動態の知識で耐性を遅らせることはできるが最終的な耐性の進化を防ぐことはできない.実際には薬剤は(効かなくなると)次々に新しいものに変更され,成虫の高い死亡率は維持されている状況,これによる寄生虫の適応的変化も生じる可能性がある.
  • 反芻動物への化学療法は世界的に行われており,寄生虫進化の大規模実験ともいえる.しかし誰も計画的に考えておらず,潜在的な帰結も深く考察されていない.
  • 駆虫剤が幼虫を殺すなら早熟形質が有利になるだろう.薬剤投与前に(体サイズが小さく繁殖率が低いまま)成熟するようになる.成虫の方により効果的に効くなら,幼虫期間が長くなり成熟が遅くなるだろう(哺乳類の線虫は幼虫が組織内を広く移動し,成虫になって消化管に定着するのでこうなりやすい)ヒツジの毛様線虫で実証例がある.
  • 齧歯類の抗マラリア剤処理によりネズミマラリア原虫の生殖母体産生が促進されることが報告されている.宿主内条件の悪化により,リソース配分を宿主内複製からベクター感染にシフトさせるという可塑的が発生するようだ.これを長期的に行うとマラリア原虫の生活史が変化し,化学療法から期待されるのと異なる結果をもたらす可能性がある.
  • 宿主内の増殖速度を減らすように設計されたマラリアワクチンを数世代にわたって宿主に用いると強い病原性を促す淘汰圧が生じる.感染を阻止するワクチンを用いるとより低い病原性が進化する可能性がある.どのようなワクチンがどのような進化的帰結をもたらすかのモデルが必要だ.
  • 土壌内の家畜の線虫を捕食する菌類の利用が推奨されているが,長期的に用いると成虫における成長速度や寿命や産卵数が増加しうる.住血球虫を制御するための中間宿主の根絶戦略も同じ結果を招きうる
  • これらは仮説的シナリオで,検証が必要になる.正確に予測するためには経験的データが不足している.寄生虫だけでなく感染性の疾病に対するどのような治療法も病原体の進化を引き起こす.医学分野の認識が深まることを望む.

<将来の課題>

  • 寄生虫学個々の分野の統合,寄生虫生物学全般に対するアプローチの必要性は長年唱えられてきた.これには同意する.
  • 未解決問題を解決するための2つの道筋があり,それは(1)実験的アプローチ,(2)種間比較になる.
  • 寄生虫個体群や群集における生態学的疑問については実験が重要だ.
  • 実験的に検証可能な仮説を作るためには種間比較が有効.このためには信頼性のある系統樹,要因変数についてのデータが必要になる.
  • 系統解析により見つかった制約を特定するには発生生物学や機能形態学的研究も重要だ(種間比較では相関しか示せない).

 
 
以上が本書の内容になる.寄生虫を対象生物とした行動生態学,個体群生態学,群集生態学が実に詳しく解説されている.寄生虫は(自由生活性の生物と比較して)宿主という特別な適応環境を持ち,それにより宿主と緊密に共進化していること,寄生という行動にかかる特殊な適応形質を数多く持ち,しばしば複雑な生活環を持つこと,生息場所が宿主というパッチに分割されており,移動分散を宿主に大きく頼っていることなど,考察するに当たっての独特な特徴を数多くもっている.そのためほかの生物では顕在化していないような様々な現象が見られ,極めて興味深い対象生物だということがよくわかる.本書の記述はその複雑な現象に正面から取り組み,分類群間や寄生態様間でどのように様々な性質が分布し進化してきたのかについて実に丁寧に詳細を解説している.種間比較から少しずつそれが見えてくるのは大変印象的だ.そして本書の記述を読みながら,なぜそうなっているのか,どうすればさらに深く調べられるのかをじっくり考えることができる.私は読んでいる間とても楽しかった.行動生態学,進化生態学に興味を持つ全ての読者に推薦できるとてもよい教科書だと思う.
 
最後に出版元の共立出版に対して1つ苦言を申し上げたい.私は本書を電子書籍(Kindle版)で購入したのだが,(しっかり確かめなかったのは私の落ち度とはいえ)いざ読もうとして普通の電子版ではなく固定レイアウト版であることを知り,驚愕と落胆を深く味わうことになった.固定レイアウト版では検索もアンダーラインもできず,メモも付けられないばかりかブックマークさえ使用できない.イラストと本文が緊密に結びついた絵本のようなものなら固定レイアウトもわからなくはないが,なぜ本格的な教科書である本書に対しこのような馬鹿げた電子化を行ったのだろうか.教科書なのだから読者は学習者であって,検索やアンダーラインはほとんど必須機能ではないか.電子化を行ってくれたこと自体は(大学系出版社の頑なな態度と異なり)評価できるとはいえ,対象書籍の性質を無視し,読者をないがしろにするこのような電子化の企画がなぜまかり通ったのか,全く理解に苦しむ.担当者,責任者の方々には猛省を促したい.
 
 
関連書籍
 
細菌やウイルスも含んだ寄生生物の生態学の本はこちら 私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20161014/1476440375

*1:なおこの最後の部分の議論は興味深いところだが込み入っていて非常に難解だ.直前の記述との矛盾もある様に感じられる

*2:なぜこの2つの場合を区別しているのかはよくわからない.分岐イベントの際に偶然含まれないか極く少数しか含まれないとまとめられるのではないか

*3:興味深いところだが,なぜかは説明されていない