書評 「なぜ私たちは友だちをつくるのか」

 
本書はダンバー数と言語のゴシップ起源説で有名なロビン・ダンバーによるヒトの社会的ネットワーク(特に親しい友人関係)についての本.ダンバー数とはヒトにおける一人一人互いに相手を知るような社会的ネットワークの規模は150人程度であり,それは人類の進化史において形成されたものだという考えを表す概念だが,本書はヒトのネットワークについてのその後の30年の研究の進展がまとめられているものになる.原題は「Friends: Understanding the Power of our Most Important Relationships」
 

第1章 なぜ友だちは重要なのか

 
第1章では友人関係を持つことのメリットが解説される.

  • 大規模な疫学的調査によると友人の存在(特に社会的サポートの頻度,社会的ネットワークへの参加度)は寿命を延ばす効果がある(ただし友人の数が多すぎればむしろ有害になることに注意が必要.大切な友人とゆっくり過ごす時間が重要らしい).またクリスタスキたちのリサーチによると,幸福や鬱状態や肥満などは友人との間で相関が生じる.夫婦は片方が亡くなると(COPD,がんなどの)疾病リスクが上昇する(ただしアルツハイマーやパーキンソンのリスクは上昇しない).家族がいることも同様の効果があるようだ.友人や家族の存在がどのように健康効果をもたらすかははっきりしないが,エンドルフィン系に関連している可能性がある.
  • 友人を持つメリットは健康面だけではない.特に重要なのは困った時に助けてもらえることだ.リサーチによると「この人のことは助けなければならない」という気持ちの強さはその友達とどれだけ多くの時間を過ごしているかによるようだ.
  • 孤独は免疫系に悪影響を与え,長きにわたる孤独は感染症,血栓症,アルツハイマー,鬱などのリスクを高める.子供期のつらい経験(親のネグレクト,いじめにあうなど)は社会的な参加を減少させ,その影響は長じてからも続き健康面の影響も大きい.
  • 要するに社会的孤立にいいことなどないのだ.ではどのぐらいの友人がいればいいのだろうか.本書はその探求物語になる.
  • その最初のステップは霊長類の研究だった.霊長類の社会の研究は80年代に盛り上がったが,90年代にはリサーチファンドを得られなくなってきた.私はヒトに対象を移し,サルについての研究手法を応用した.その時に4つのアイデアをほぼ同時に思いついた.それは(1)社会脳仮説(2)ダンバー数(3)社会的毛繕いの重要性(4)ゴシップによる言語起源論だ.今になって思えばそれはみな「友達付き合い」という現象の一部だった.

 

第2章 ダンバー数

 
第2章はダンバー数について.冒頭では自らのダンバー数のアイデアに至ったリサーチ歴が語られていて楽しい.最初の「友達(家族・親族を含む)」の定義はクリスマスカードを交換する間柄だったそうだ.そして様々な現象(手紙を出す,結婚式に呼ぶ,電話をかける,中世初期の村のサイズ,現代のフッター派のコミュニティサイズ,企業における階層のないグループの生産性が下落しない閾値など)を調べて150人程度(100~250人)という数字が繰り返し現れることに気づくのだ.そこから最近の知見が語られる.

  • ではSNSなどのオンライン社会ではどうか.調べてみると(単なる友達認定ということではなく)真に相互に交流している人を数えるとやはりダンバー数が現れるのだ.(詳しく説明がある)
  • 友達の多さの個人差はどう説明されるのか.まず年齢と友達数には山形の関係がある(だんだん友達が増えていき,18~24歳でピークになり,そこからだんだん減っていく.様々な解釈があることが説明されている).またおそらく性格*1の差に基づく個人差もある.しかし概して友人数の多さと付き合いの深さは反比例している.これはネットワーク作りの戦略の違いと解釈できる.
  • ダンバー数を構成するネットワークのおおむね半分は家族・親戚(以降まとめて家族と呼んでいる)になる.私たちの家族でない友人と家族の扱いは異なっている(概して家族の方を優先し,家族の方がメンテナンスコストは小さい*2).また(ダンバー数の制限のため)家族の数と友人の数には反比例の関係がある.
  • このような友人が登場したのは進化史においては最近のことになるだろう.小規模伝統社会の生活を規制する唯一の要素は親族関係だ.そしてその範囲はいとこまでになるようだ.このような社会の一員になるには(形式的にだけでも)誰かの親戚になる必要がある.

 

第3章 脳が友だちを作る

第3章では社会的ネットワークについて脳科学からわかってきたことが語られる

  • 霊長類を調べ,毛繕いの時間と群れのサイズと脳のサイズに相関関係があることを知った.そしてその関係式をヒトの脳サイズに当てはめるとまたも150人というダンバー数に行き着いた.この群れサイズと脳サイズの相関関係は,偶蹄目や奇蹄目の草食動物,肉食動物,コウモリ,鳥などでは見られなかった.真に重要なのは単なる群れサイズではなく絆のある社会的関係だった.霊長類社会の関係性は配偶相手以外とも深い絆を作れるという点で独特なのだ.
  • 次にヒトの個人の社会的ネットワークの大きさと脳部位別の大きさの関係を調べた.友達の多い人は前頭前皮質*3が大きく,白質の容量が多い.社会的ネットワークが大きな人の脳は前頭前皮質の計算量が大きく,各部位をつなぐ白質の量も多いのだ.因果の向きははっきり分からないが,友達の多さが脳の構造を決めていると考えるべき根拠がいくつかある.(この他にもネットワークと脳についての多くの興味深い知見が紹介されている)
  • 男女の脳にも関連する性差がある.これについては第13章で詳しく述べる.

 

第4章 友だちの同心円

 
第4章ではダンバー数の内側,外側のヒトの社会的ネットワークの状況がテーマになる.

  • ヒトの社会的ネットワークにおいて現れる特別な数はダンバー数の150だけではない.強い同情を感じるような関係で結ばれたシンパシーグループ(親友)は12~15人だ.それはチームとして最もよく機能し,内閣,軍隊の分隊,スポーツチームなどで見られる.そしてその中には5人ほどで構成されるさらに小さな集団(最も親しい親友,恋人,配偶者など)がある.
  • シンパシーグループの外側にはそれぞれ約50人(良好な関係の友達),150人(友達:ダンバー数),500人(知り合い),1500人(名前と顔の一致する人),5000人(顔に見覚えのある人)という入れ子になったネットワーク構造がある.人間関係は一連の同心円からなり,各層は内側の層の約3倍の大きさで構成されているのだ.この構造は巨大な携帯電話通話記録データやSNSのデータからも確認された.
  • 最小の5人の内側にはさらに小さな1.5人の層があるのだろう.女性はしばしば永遠の大親友と恋人という2人の層を持ち,男性は恋人か飲み友達を1人だけ持っている.
  • この3の倍数パターンは霊長類の集団サイズにも見られる.彼等は集団サイズを広げる際に集団を統合している.
  • なぜ3の倍数になるのかはわかっていないが,あるいは社会心理学の三者関係についての理論(ハイダーのバランス理論)が関係するのかもしれない.
  • 時間は有限なので,限られた時間をどの社会関係にどれぐらい使うかという投資のトレードオフ問題が生じる.リサーチによると私たちは時間の40%を内側の5人に,20%をその外側の10人の層に費やしている(その外側の層の1人当たりに割く時間は極くわずかになる).時間コストと利益のトレードオフを数理モデルにすると,5人,15人,150人のような階層構造は社会的な小集団に大きなメリットがなければ生まれないことがわかった.そしてメリットやコストは各階層により異なっている.私たちが最も利他的に振る舞うのは内側の5人に対してで,外に行くほどその傾向は弱まる.150人の層を境に利他的な気分は大きく変わるようだ.

 

第5章 あなたの社交上の指紋(ソーシャル・フィンガープリント)

第5章ではこのような友達付き合いの時間的変遷や個人差が解説される.

  • 18歳の若者を対象にどのような層の友人にどのぐらい電話をかけているかを18ヶ月間調べた.するとこのパターンは驚くほど一定で,個人個人で異なることがわかった.(大学進学などで)故郷を離れると相手は大きく入れ替わるがこの接触パターンは保たれる.
  • 社会的ネットワークの研究では,相手に30分以内にリーチできる場所に住んでいるかどうかで(電話などの遠距離通信を含めた)接触時間が大きく変わることがわかっている.実際に会うかどうかについては8キロ以上離れているかが大きく影響する.そして頻繁に会わなくなると友人との縁は急速に薄くなる.友人関係を維持するには努力が必要なのだ.長期間会わなくとも保たれる友人関係もなくはないが,特に心に残る交流があった相手に限られ,せいぜい3~4人だ.大学進学で故郷を離れても続く友人関係は,離れたあとも双方が従前を上回るような交流努力をした場合にのみ継続するようだ.
  • どのような交流が重要かについては性差がある.女性の場合は会話(おしゃべり)が特に重要で,男性の場合は一緒に何かをすることが重要になる.

 

第6章 心の中にいる友だち

 
第6章はこのような友人関係を成立させている認知能力,特に心の理論が扱われる.

  • 友人を作ることやその関係を維持することは簡単ではない.このために必要な社交スキルは非常に複雑で,それを可能にする認知メカニズムは進化工学の奇跡といってよい.それは他者の心を読み,理解する能力だ.(心の理論やサリーアンテストの解説がある)
  • 社交的な会話のためには,他者の心を読み取り,相手が興味を持ちそうな話題を予測し,相手の話と論理的に矛盾しない会話を続けるために言うべきことを理解し,怒らせることなく自分の言いたいことをいうというスキルが必要だ.そして物事を自分と他者の関係性を通じて考えること,その関係性が互いの人間関係にどう影響するかを考えることが重要になる.もっともらしい嘘をつけるのも魅力的な小説や物語があるのも心の理論のおかげだ.
  • (心の理論の再帰性を解説したあと)私は心の理論の再帰の上限(何次の志向性まで理解できるか)を調べてみた.一般の成人の平均は5次だった.また優れたジョークの理解に必要なのは3~5次だった.
  • これを処理しているのは(感情的な信号を処理する)扁桃体と直結している眼窩前頭皮質だった.また同じ次数を持つ物理的な因果関係の理解課題とメンタライジングの理解課題ではメンタライジングの方がはるかに難易度が高いこと*4もわかった.
  • 社会生活をうまく送る上で重要な認知能力には意志の力(優勢反応の抑制:将来の大きな報酬のために目の前の小さな報酬をあきらめられること)もある.(関連する脳領域やその意思決定に階層的な仕組みがあることなどが説明されている)

 

第7章 時間とスキンシップの魔法

 
第7章から第9章までは友情を成立させる手法が取り扱われる.まず第7章はスキンシップの効用とその至近的メカニズムについて

  • スキンシップは対人関係において特別な効果がある.優しく触られると安心感が高まり親密さが増すことがあるし,逆に触られたくないという状況もある.私たちはだれにどんなふうに触られるかにとても敏感だ.誰にどこまで触られてもいいかについての感覚は文化により多少異なるが,普遍的なルールがある(詳細が説明されている)
  • このベースになっているのは霊長類の毛繕いから生まれる親密な関係だ.毛繕いは相手から離れず,消極的な防衛同盟を成立させるという意味がある.この関係性を支えるのはこの相手といつも一緒にいたいという感覚だ.
  • 霊長類の社会的絆を形成するプロセスの中心となっているのはエンドルフィン系だ(詳しい説明がある).ヒトも同じシステムをもっており互いに交流することで活性化させている.(皮膚を触られると本当に脳内でエンドルフィン系が活性化することを確かめた様子が語られている)
  • ヒトの社会生活に関連する脳内化学物質としてはここ10年ほどオキシトシンに注目が集まっていた(有名なハタネズミの実験を始めとする90年代からの学説史が語られる).しかし齧歯類の一時的な社会的絆と霊長類の永続的な社会的絆はかなり異なるし,その後のリサーチでその効果が疑われるようになった.私は作用の仕方を考えても永続的な霊長類の絆形成を可能にするのはエンドルフィン系だと考えている.ただし学界は親オキシトシン派(多数派)と親エンドルフィン派(少数は)に分かれていがみ合っている.問題はエンドルフィンは取り扱いが難しいところ,オキシトシン研究が恋人関係に集中していたこと*5にある.
  • そこで私たちは社会性を,社交スタイル,恋人関係,社会ネットワークの3つのレベルに分け,6つの神経科学物質の影響を調べた.その結果,恋人関係にはオキシトシンが関連していたが,エンドルフィンの影響もあること,社交スタイルや共感性はエンドルフィンが大きな影響を持つこと,社会ネットワークレベルではドーパミンとエンドルフィンが影響していることがわかった.私たちの社交と主に関係するのはエンドルフィン-ドーパミン系で,オキシトシンは恋人関係のみに関与しているのだ.
  • エンドルフィン系は痛覚刺激への耐性に影響する.そして痛覚刺激の閾値が高い人はシンパシーグループ(15人の層)の友人の数が多い.またエンドルフィン放出量を決めるのは時間だ.これが友人や恋人との絆を築くには時間が必要な理由なのだろう.

 

第8章 友情の絆を結ぶ

 
第8章のテーマは笑いや歌や宴会の役割.冒頭では印象的な音楽経験が語られている.20人ほどで様々な長さの水道管の端を好きなリズムで吹きながら輪になって回ると,10分ほどでそれが調和する瞬間が生じ,全員が1つになるという強烈な感覚を感じさせるのだそうだ.

  • 笑いは社会的絆を作る.一緒に笑うと仲間だという感覚になるのだ.笑うとエンドルフィン系が活性化することがわかっている.
  • 踊りもエネルギッシュでメンバーの同期性が高まるとエンドルフィン系が活性化され,仲間意識が生まれる.合唱にも同じ効果がある.踊りの場合そういう効果が生まれる上限は8人ぐらいだが,歌の場合はより多く,200人ぐらいでその効果が最大になる.
  • そして一緒に食事や飲酒をすることもエンドルフィン系を活性化させる(食事が美味しかったかどうかは関係ない).
  • これらはヒトがより大きなコミュニティで暮らすために,霊長類の社会性を支えているメカニズムを作動させる新しい行動プロセスと文化プロセスを見つけたということなのだろう.

 

第9章 友情の言語

 
第9章では(おそらくダンバー的にみて)友情を育む手法の真打ちたる会話そして言語が扱われる.

  • 言語の鍵はメンタライジング能力だ.特に流れのある会話をうまく進めるためには,適切な話題や話の展開に必要な内容の選択が重要で,いくつかの心的状態を並行的に処理するという非常に高度なメンタライジングスキルが必要になる*6
  • そして言語は集団の規模拡大とともに進化したのだろう.要因の1つはネットワーク内の情報伝達で,もう1つは物語によるコミュニティ結束だっただろう.実際に私たちの会話の大半はほぼ社交に関する話題だ*7.物語をどう記憶するかの実験では,私たちは物語で語られた事実より,登場人物の精神状態(特に心的状態と行動した理由)の方をよく記憶することが示されている.また(ある人についての悪い)うわさ話は一種の罰としても機能する.
  • 私たちは言葉だけではなくそれと一緒に発進される様々なシグナルから驚くほど多くの情報を受け取っている(笑い声や内容が不明瞭になるようなフィルターをかけた会話クリップで人間関係をかなりうまく推測できることを示す実験結果が紹介されている).
  • 笑顔と笑いは起源(サルの場合,前者は服従のサイン,後者はじゃれあう時の表情)も動機も異なる.笑顔の中にも非デュシャンヌスマイルとデュシャンヌスマイルがあり,前者は儀礼的な黙認,後者は寛容さを表している*8
  • 言語は物語を可能にした.なぜ私たちはたき火を囲んで何時間も物語を聞きたがり,同じ本や映画を何度も楽しむのだろう.喜劇はエンドルフィン系を活性化させるだろう.そして実は悲劇も精神的苦痛を引き金にエンドルフィン系を活性化させる.そして同じ話を聞く人々(感情を共有した人々)と絆を作ることができる.
  • 会話には上限人数がある.うまく会話が進むのは4人までで.5人になると会話グループは分裂する*9.会話にはある瞬間に話をするのは1人だけという厳密な心理的ルールがあるからだが,もっと重要なのはメンタライジング能力に上限があるからだろう.

 

第10章 ホモフィリーと<友情の七本柱>

 
第10章では友人との相性,特に同類好みがテーマだ.

  • 「あなたの友人があなたと共通の遺伝子を持っている確率は無差別に選んだ近所の誰かとの確率の2倍だ」「互いに友人であるクラスメートの映画を観た時の神経反応は,そうでないクラスメートより似ている」というリサーチがある.
  • 私たちには友人に関して同類好み傾向があるのだ.どのように友人を選ぶのかを調べたところ文化的な7つの様相が重要であることが分かった.それは言語(あるいは方言).育った場所,教育歴や職業経験,趣味や関心事,世界観,ユーモアのセンス,そして音楽の好みだ.私たちはこれらが一致するほどその人物を信用できると感じる(また文化や関心だけでなく,性別,民族,年齢,性格についても同類好みがあることにも触れている).
  • この七本柱は小さな親族コミュニティのメンバーであることを示す目印なのだろう.自分たちと見た目や言葉が違う人ヒトに猜疑の目を向ける傾向はヒトの心理に深く根ざしている.(これらに関連する事象として,インドのカーストや英国の地域別の遺伝子構成の話,英国におけるよくある名字の変遷の話が紹介されている)
  • これらと友人を作るプロセスの関係を大学のフラタニティで調べた,学生たちは入学して寮に入るとたちまち友人を作り始める.性別の同類好みがまず強く現れる.友人関係のきっかけは最初は性別と民族,そして性格で,長期的には専攻分野が加わる.

 

第11章 信頼と友情

 
第11章のテーマは信頼.友人関係は一種の互恵的な関係だが,進化的にはどのようにフリーライダーに搾取されないようにするのかという問題があることになる.

  • 私たちはこのジレンマ問題に対して,信頼を1つの心理量として,求められる信頼量が層別に異なり,また好意的な関係で積み上がり裏切りで失われるとしたエージェントベースとモデルでシミュレーションを行った.結果は背信行為の頻度が多いと(特に親しい)友人関係は生まれないというものだった.
  • 実社会では裏切りの頻度はそれほど高くないが,私たちは裏切りの誘因を感じ,子供たちに嘘をつかないように教示する.(ここで利己的な嘘と向社会的な嘘を組み込んだシミュレーションや道徳上のえこひいき(親しいものの悪事により寛大になる)の実験の結果が語られている.結果は複雑で微妙なものだ)
  • 友人関係を作り信頼があればこのジレンマは解決できるが,これには時間がかかり,友人になれるのはわずかな人数だ.それ以外の人(特に初対面の人)に対しては罰の仕組みと相手の見極めが重要になる.(罰としてのうわさ話の機能.狩猟採集社会の追放,罰あり公共財ゲームが解説されている)
  • 顔で相手の協調性を見抜けるかという実験はされているが,明確に見分けられるという結果は得られていない.進化的にみておそらく一番の手がかりは親族関係だったのだろう.
  • 反社会的な人物についての研究も最近では多い.彼等の存在はなぜ無条件で人を信じるべきではないかの理由の1つだ.(詳細が語られている*10

 

第12章 友人関係のロマンス

 
第12章のテーマは恋愛関係.本書では恋人やパートナーを社会ネットワークの最も内側の層の関係として捉えて整理されている.どのように恋人を選ぶのかは進化的には配偶者選択の問題ということになる.冒頭ではこれについての進化心理学的な知見(身体的魅力,富や地位,年齢,身長,リスク選好などへの好み,そしてそれに性差があることを含む)が整理されている.

  • (簡単な要約・整理を受けて)以上のように男性と女性では求めるものが異なっているが,一致する要素もある.それはコミットメントの重要性で,これは友情の要素だ.また単純ではないが,性格や関係性への満足度などではホモフィリーが効いている.
  • 携帯電話のデータのリサーチによると,選択の権利は基本的に女性にある.相手へのアプローチの年齢曲線は女性の方が早く上昇し長く続く(ピーク期は女性は17〜45歳,男性は24〜35歳).これは女性が先に相手を選んで粘り強く陥落させる傾向があることを示唆している.
  • オキシトシンはパートナーへの親和性や信頼性を高めるが,それを長続きさせるにはエンドルフィン系が重要であるようだ.また恋愛時には認知的に相手を批判的に考えるスイッチが切られるようだ*11
  • 性に対する姿勢(慎重か奔放か,長期的か短期的か)について調べると,男女とも二山に分布している.これは相手が同じタイプであることを慎重に確かめることの重要性を示している.
  • ロマンス詐欺のリサーチによると,被害にあいやすいのは女性であり,衝動性,刺激を好む傾向,不寛容だが人を信じやすい,依存性がリスク要因になっている.また詐欺師に狙われやすいのは教育や生活レベルの高い人,そして寂しい人だ.

 

第13章 友人関係のジェンダー

 
第13章のテーマは友人関係,社交スタイルに見られる性差だ.

  • 社会ネットワークは男性同士,女性同士で集まる割合が高い(同性比率はおおむね70%).親友は圧倒的に同性が多い.男女双方のいる会話グループが5人を超えるとあっという間に同性同士の会話グループに分裂する.
  • 女性は2者関係の親密さを好むが男性は集団でのつきあいを好むようだ.女性の親友は男性が考えるよりずっと密接な関係になる.(会話の重要性,クラブへの好み,攻撃性が現れる状況とその態様,嫉妬の引き金など,その他様々な微妙な性差があることが解説されている)
  • 感情の読み取りとその深さは男性より女性の方が優れている.これはメンタライジング能力に関連している可能性が高い.
  • 大規模遺伝子研究によると,恋愛関係と(5人の層内の)親しい友人関係は2つの異なる心理システムがベースになっているらしいことがわかった.前者の指標は衝動性と関係不安の次元に相関し,後者の指標は愛着と親密性の次元に相関している.かつ男性ではこの2システムは完全に独立だが,女性では接続されている.(この他ユーモアのセンスやプレゼントの効果,友人関係の要因についての性差が紹介されている)
  • これらの知見は男性の友人関係における親密度が女性のそれと大きく異なる力学に基づいていることを示している.
  • 特に目立つのは共通の過去が及ぼす効果で,男性の友人関係ではプラスに働くのに女性ではマイナスに働く.また何らかの勝敗のあるゲームを行う際,男性は事前に交流をしてゲーム後の遺恨を残さないようにする傾向があるが女性にはほとんど見られない.会話のスタイルも全く異なる(女性は協調的で頻繁に相づちを打つが男性ではその傾向は低い).
  • 実際,脳は性差にあふれている.男性脳の方が大きいが,白質や前頭前皮質は女性脳の方が大きく,成熟も早い.白質の大きさはマルチタスク能力の大きさに.前頭前皮質(特に右側)は社会的情動反応やメンタライジング,そして社会ネットワークの大きさに効いているだろう.また女性脳は社交的な場面でより大きく報酬系が反応する.
  • これらの知見は男性と女性が事実上異なる社会に生きていることを示唆している.男性と女性では人間関係に対するアプローチが異なるのだ.ただしこれは平均的な傾向であることには注意が必要だ.

 

第14章 なぜ友人関係は終わるのか

 
第14章のテーマは友人関係の破綻と和解だ.

  • 人間関係の終わり方には2種類ある.徐々にフェードアウトするか一気に大崩壊するかだ.親しい関係であるほど後者の終わり方になる傾向がある.(どのような層の友人や家族とそれぞれどれぐらいの頻度で破綻するのか,どのような状況で破綻することが多いのか,どのような性差があるのかのリサーチの詳細が解説されている)
  • 社会心理学者は友人関係を支えているルールや,崩壊の要因を調べている(概要の説明がある*12).
  • 私たちは友人関係において期待しすぎる傾向がある(感謝の気持ちの表明などの例が示されている).男性より女性の方が期待が高い傾向がある(期待項目により様々に異なり,男性が高いものもある).神経症の傾向のある女性は不満を表明しがちで,相手への期待が高く,友人や親族が離れていって孤独になりやすい.
  • 孤独や拒絶されることは心理的な苦痛を生じさせる.これには身体的苦痛の場合と同じ脳部位が関与している(詳細の説明がある).
  • ヒトは悲しい時や痛い時に泣く.これは他の動物には見られず進化的には謎だ.身体的苦痛よりも心理的苦痛で泣くことの方が多く,おそらくこれは友人関係と非常にかかわりが深いのだろう.泣くことは他者の同情や援助を得るためだという仮説が提唱されているが,至近的には泣くとエンドルフィン系の反応が誘発されて気分が晴れることがわかっており,直接的には自分の気分が良くなるので泣いているのだろう.
  • 仲直りがなされることもあるが,衝突から1週間以上経つと和解の割合は大きく下がる(もともと和解の意思がないということもあるのだろう).女性の方が求める和解条件が厳しく和解しにくい傾向がある(いったん破綻したあと最も和解しにくいのは女性同士の大親友の関係だ).これは女性の方が感情の絡んだ親密な関係を築くからだろう.

 

第15章 歳をとってからの友人関係

 
第15章では人生の各ステージでの友人関係の変化がテーマだ.

  • ヒトが成人レベルの社交スキルを身に付けるにはおそらく20年以上かかる(表情から感情を読む場合の脳部位の活性の変化,メンタライジングの志向水準次元の変化,嘘のうまさの変化などが解説されている).
  • 子供は4〜5歳から心の理論を発達させ,まず同性の相手と遊びたがるようになる.8〜9歳では明確に同性の遊び友達ネットワークを作る.10代半ばに思春期に入ると男女は徐々に交わり始め,10代後半では恋愛が優先されるようになるが,同性の友人は精神的な支えとして重要な役割を果たし続ける.
  • 社交スタイルは男女で異なっている(遊び方やおもちゃの好みの性差に生得的な要素があることが解説され,社交スタイルの性差はサルや類人猿にもあると指摘がある).男子は女子より大人数のグループで遊ぶ(女子は2人組みを好む).子供時代の終わりから青年期の初期まで男子と女子では友人関係の質が全く異なるようだ(女子の方が特定の相手に執着する).
  • 社会ネットワークは最初は年齢とともに拡大し,20代半ばから30代始めでピークを付け,その後老齢期に向かって縮小していく.これには様々なライフイベントが影響する*13が,年齢を重ねるうちに残り少ない時間とエネルギーを真に頼りになる友人のためにだけ費やすようになることも大きな要因だ(この細かな様相にも性差があることが解説されている).
  • 高齢になると親しい人と死別し,また身体が思うように動かず,孤独になりやすい.会う人が少なくなると認知能力も衰えやすくなる.高齢者に社交機会を与えることは彼等の精神的肉体的健康を維持する上では重要だと考えられる.

 

第16章 オンラインでの友達

 
第16章ではオンラインの友人関係がテーマになる.冒頭ではフェイスブックの興亡が語られる.フェイスブックは「友達」を増やすように巧妙に勧める効果もあって,当初みなできるだけ多くの友達を登録した.しかし2007年ごろダンバー数を誰かが言い出し,みな友達を制限するようになってきた.さらに親に閲覧される,就職活動の際に企業に閲覧されるという問題が浮上し,人気が下降したとまとめられている.

  • このフェイスブックの歴史や親密な人間関係だけに限定するSNSの増加は,人々が無制限な交流よりも層別にいくつかのつきあいの段階を持つネットワークを好むことを示している.
  • あるゲームの相互交流データを詳細に調べたリサーチによると,オンラインでの社交スタイルは,性差の状況も含めて実社会のそれとほぼ一致していることがわかった.また携帯メールの発信パターンは電話の通話パターンと同じだ.要するにオンラインでの社交世界は実社会のそれを実質的には同じなのだ.
  • 交流手段の満足度を調査すると,対面とスカイプが最も満足度が高いが,それ以外の手段(電話,携帯メール,電子メール,SNS,インスタントメッセージ)の満足度はほぼ同じだった.会話を楽しくするには相手から得られる視覚的なメッセージ(特に笑いに関するもの)が重要らしい.
  • SNSは簡単に会えない時に友人関係を保つ媒体としては有益だが,それだけで関係を保つのは(よほど強い絆がない限り)難しい.友人関係を維持するには時々顔を合わせて友情の「火花」を再燃させることが不可欠なようだ.
  • SNSの(特に若者に与える)悪影響(鬱,いじめ,満足度,幸福度など)については様々に調べられている.様々な微妙な効果が報告されているが,おおまかには効果は状況次第だが,受動的な利用は幸福にマイナス効果が出やすいというところで,結論が出ているような状況ではない.しかし私は別の懸念を抱いている.それは社交スキルを学ぶことが難しい(関係性が2者間に偏っている.まずいことが起きたら電源と関係を切ってしまえばよく,妥協する術を学びにくい)ということだ.
  • デジタル技術は,以前なら維持が難しい友人関係の維持を可能にした.しかし私たちの社会ネットワークは認知能力と時間の制限によって決まっているのであり,それはデジタル技術によっても変わることはないだろう.

 
以上が本書の内容になる.大きなストーリーを描くというよりもヒトの友達関係,社交ネットワークについての様々な角度からなされたリサーチの知見が詰め込まれた一冊という性格の本になる.ダンバーがダンバー数や言語のゴシップ起源説を唱えてから30年近く経つが,その後も関連するリサーチを続けてきたことがよく示されている.そして私たちの日常の社会ネットワークには霊長類の進化的遺産の上に築かれた要素がふんだんにあることがよくわかる.当初クリスマスカードから始まったリサーチは現在SNSのビッグデータを用いるものになっているが,そこに浮かび上がるパターンは驚くほど同じだ.私としては様々な詳細の記述が大変興味深い一冊となった.
 
 
関連書籍
 
原書
 

 
ダンバーの本
 
言語ゴシップ起源説を解説したダンバーの代表作

 
同原書 
エッセイ集  
同原書 私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20110424/1303600524
 
恋人関係についての本.私の知る限り訳本はない.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20130721/1374371037

 
人類進化についての解説本.デジタル化を待っている間に(いまだにデジタル化されていない)読みそびれてしまった本になる


同原書 
最新著書は宗教について 
同原書

*1:ここでダンバーは性格を心理学上の構成概念とする考え方があまり好きではないとコメントしている

*2:血縁淘汰に関連すると説明されている

*3:正確には前頭前皮質,側頭葉,側頭頭頂接合部

*4:他の人の考えを理解するには間接的なヒントが必要になるためではないかと示唆されている

*5:これについては人間行動学にミクロ経済学(取引は見ず知らずの相手と一回限りで行うことが想定されている)が影響を持ちすぎてきたからだと指摘されている

*6:ここでダンバーはおそらくネアンデルタールには複雑な言語はなく,そして彼等には4次の志向姿勢理解の能力しかなかっただろうとコメントしている.ただその根拠には触れていない

*7:ここでダンバーはこの点に関する性差を指摘している.男性は会話に異性が交じっている方がより個人的経験を話すが女性にはそういう傾向がないそうだ.

*8:ここでもこれに関する微妙な性差が取り上げられている

*9:これはシェイクスピアでもハリウッド映画でも成りたつそうだ.また結婚式のテーブルが10人だったりするのはこのイベントの目的が話し込むことではないことと関連するともコメントされている

*10:その中にはヴァイキング社会におけるベルセルク(凶暴な厄介者)の研究があり,彼等はしばしば殺されたり追放されたりしたが,(その威光により親族の男性が守られることにより)孫の数は平均より多かったそうだ

*11:熱心な一神教信者の神への愛が恋愛に似ていることについてコメントがある

*12:ルールとしては,「その場にいなくてもかばう,重要な情報を共有する,必要な時に心の支えになるし,信頼して秘密を打ち明けあう,必要な時に支援を申し出る,相手を幸せにするために努力する」の6つがあり,ルールが破られると破綻確率が高まる.原因としては思いやりの欠如,コミュニケーション不足,嫉妬が上げられている.

*13:離婚や死別の影響が詳しく解説されている.配偶者との離婚や死別はネットワークを減少させるが,これは義理の親戚とのつきあいが減少するためだ.離婚や死別はトラウマを残すこともある.支えてくれる家族や友人がいて収入や教育レベルが高い方が立ち直りが早い.