From Darwin to Derrida その191

 
ヘイグは第14章において自由について語る.私たちは遺伝にも経験にも完全に拘束されず,意思決定は内的な目的(telos)を持つ「魂」が関与する.そしてこの魂の自由は個人がどのような具体的な道徳規範を実践するかにも影響を与え,だから道徳も時代ともに進歩すると説いた.
   

第14章 自由の過去と将来について その13

 

  • 私たちは単に何かをすることはできない.私たちの選択は私たちの魂の能力,抵抗力によって制限される.この魂の働きはどのようにして理解できるだろうか.標準的な科学的手法は,魂の物質的部分のより詳細を探るということになるだろう.私たちはこの手法により多くの知識を得てきた.しかし魂自体をブラックボックスとして扱い,魂への入力と出力の関係性を理解しようとするやり方の方が,物質的なメカニズムを探ろうとするよりも,私たちの行動の微調整を行うためには役立ってきたというのは偶然ではない.複雑な非線形システムがどのように動くのかを理解するのは非常に難しいのだ. 
  • 音楽は行動を変える.なぜならそれは蝶を撃ったりバスタブをリモデルするやり方より,私たちの魂に直接語りかけるからだ.リズム,メロディ,ハーモニーは(音楽の)パーツではなく,パーツ間の関係性なのだ.魂は生命の対位法の交響曲を奏でる.それらは過去のスタンダードを即興で変える.

 
ではその魂とはどのようなものか.それは脳で働くシステムに違いないが,複雑で非線形的に働くシステムなので,標準的な科学的手法(還元的にシステムの詳細を見極める)で理解することは難しい.だからこれまである程度でも解明できた部分は,魂自体のブラックボックスとして入力と出力の関係から探る方法によってきたのだということになる.説明に音楽を持ってくるのはちょっと面白い趣向だ.

From Darwin to Derrida その190

 
ヘイグは第14章において自由について語る.私たちは遺伝にも経験にも完全に拘束されているわけではない.ヒトは意思決定に(遺伝や文化だけに決定されずに)内部的な目的を持つ「魂」を関与させる方が生存繁殖に有利であったので,そのような自由な「魂」を持つのだ.ヘイグはここからその「魂」について論じる.
   

第14章 自由の過去と将来について その12

 

  • あなたの魂(つまりあなたがあなたであるもの)は(今ここにある)不動の動者だ.あなたは情報を意味のある選択として解釈する共時的自由を持つ.なぜならあなたの魂は,あなたの個人的性質と私たちの共有するヒトの本性の表現として,予測不可能な世界に意味を与えるような力を通時的に持っているからだ.あなたは,ヒト以外になれない,あるいはあなた以外になれないという理由で拘束されているのだろうか?

 
なかなか哲学的な文章で難解だ.ヒトは遺伝子や文化が完全に把握できない現在の状況を判断する(共時的自由)が,その判断の仕方は進化的文化的(通時的)に与えられたフレームに従う.そこには何らかの制限はあるが,言葉の普通の意味では「拘束されていない」状況だということだ.
 

  • 道徳規範は魂のリモデリングに重要な文化的入力だ.これらは魂の進化する技術の一部としてのヒトの発明だ.複数の発明が似たような目的のために使える.道徳規範を発明をして理解するのは,それを軽んじることとは異なる.発明は私たちの人生がどのようなものであるかについて深遠な影響を与える.
  • それを発明だというのは,道徳規範には,その他のテクノロジーと同じくトレードオフ,デザインの欠陥,流行りすたりがあるという意味だ.テクノロジーは時間とともに洗練されていく傾向を持つ.道徳規範も似たような「進歩」をする.「絶対的」道徳規範は,「今ここ」にしかない.それは通時的には文化的相対主義と進化的変化の中に埋め込まれている.

 
ここに来てヘイグは「道徳」に言及している.ここで言う「道徳規範」は根源的な道徳感情や普遍的道徳律ではなく,個別の文化やそれぞれの個人が持っている具体的道徳規範ということだろう.そしてそれはヘイグがいう通り,文化間で異なるし,時代によって移り変わる.この個別の道徳を「進化的発明」だとするヘイグの主張はなかなか興味深い.
ここでフィッシャーの「自然法の創造的側面」という文章が引用されている.フィッシャーがこのような考察をしているとは知らなかった.わずか6ページぐらいのエッセイで,冒頭をちょっとだけ読んでみたが,果たしてフィッシャーが書いているだけあってとても難解で,かつ辛辣で英国風のスノビッシュな雰囲気に満ちているようだ.
 

  • 悪についての実践的問題などというものはない.私たちは悪についてどうすべきかを完全に知っている.私たちは,私たちの中で,そして世界の中でそれを理解し,それを拒絶しなければならない.最上の努力でそれにあらがい,それを学び,それを絶滅させなければならない.それこそが「悪」という単語が意味することだ.悪は明確に攻撃され排除されなければならない.
  • この見方によれば,悪は相対的だ.悪は社会の変化を伴う進化的進歩によりその性質を変えていく.十戒や7つの大罪のような法典化はしばらくはうまくいくが,それが永遠に続くとは期待できないのだ.

R. A. Fisher Creative aspects of natural law 1950

 
https://digital.library.adelaide.edu.au/dspace/bitstream/2440/15148/1/241.pdf

第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その4

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大会も二日目の午後となり,最終発表になる.
 

第二日目 その2

 

口頭発表 4
「共有現実」の社会的創発の認知・神経基盤 小倉有紀子

 

  • 共有現実とは世界の見方についての共通認識であり,ある社会では何が普通なのかについての認識,あるいは社会規範でもある.
  • では共有現実はどこから来るのか,外部から押し付けられることもあるが,人々の相互作用を経て創発することもある.
  • これは従来Ashパラダイム(外部の規範への服従)とSherifパラダイム(共有現実の創発)と呼ばれていた.
  • これを画面に映るドットの数を答えてもらうドット数タスクをペアで行ってもらい,被験者をfMRIにより神経的に調べた.
  • (結果の詳細の説明あり)2者間の相互作用により自動的に共有現実が生じることが示され,その際に特定脳領域が活性化することが示された.

 

ヒトはなぜ教えたがるのか:教示欲求の心理学的・行動遺伝学的構造 安藤寿康

 

  • 私は少し前よりヒトは進化適応として教えたがり,教わりたがるのだという Homo educans仮説を提唱し,進化教育学を標榜している.
  • ここでの「教える」(教示教育)とは「知識」を当該個体の観察学習だけでなく,互恵的な利他関係に基づき他個体の学習を促進させるような行動によって学習することをいう.他の活動でいえば食物分配に近い概念になる.

 

  • 本研究の内容は(1)教示欲求の構造を探る(1因子なのか多因子なのか)(2)教示欲求の個人差の由来を探る(行動遺伝学的取り組み)(3)教示欲求の心理学的特徴を探る(パーソナリティとの相関分析)になる.

 

  • <調査結果>
  • 調べる前は教示欲求gは1因子なのではと予想していた.しかし実際に調べてみると(3回の行動遺伝学的リサーチの詳細が別途説明される.千人単位の標本数を用いたもの)これは2因子に分解できることがわかった.
  • 2因子(ここでは支援欲求因子と啓蒙欲求因子と名付けている)のうち,支援欲求因子は「見返りなく教えてあげたい」という気持ちで,血縁者,知人,友人対象に強く出て(直接互恵的),女性的(共感的)であり,遺伝的な個人差があまりない.これは進化的に獲得された(ユニバーサル的)形質であると考えられる.
  • 啓蒙欲求因子は「自分がつかんだ大切な知識を若い者に伝えたい」という気持ちで,対象は広く(間接互恵的),男性的(システム的)であり,遺伝的な個人差がある.
  • ビッグ5との相関を調べると支援欲求因子は外向性,調和性と,啓蒙欲求因子は開放性と相関があった.

 

  • <考察>
  • 教示欲求は利他性と関連し,リサーチの結果はHomo educans仮説を支持するものといえる.
  • 2因子のうち支援欲求は直接互恵,血縁淘汰的,啓蒙欲求は間接互恵的な傾向がある.教育は全くの私的な営みではなく公的なものと捉えられる.
  • 支援欲求の個人差は環境要因で決まっている.これは進化的に古く安定しており,初等教育的なものではないかと考えている.
  • 啓蒙欲求の個人差は遺伝的要因も関わる.これは高等教育的なものではないかと考えている.
  • そして教育位相のイデオロギー対立(例:詰め込みvsゆとり)の根源は啓蒙欲求のところにあるのではないか.

 
Homo educans仮説の内容がどんどん深くなっていくようで興味深い.
Q&Aでは啓蒙欲求は自らの質の誇示欲求ではないかということが議論されていた.安藤は,確かにそのような利己的な部分もあるが,それだけではなく,「価値を伝えたい」という利他的な側面があるのだ,しかしご指摘については検討してみたいと答えていた.私的には「自分は利他的に知識を広めているのだ」ということ自体誇示的ではないか(そして本人が利己性に気づいていない方が説得力が高い)という感想だ.
 
以上でプレナリーの発表は終了.
 

諸連絡,若手発表賞授与

 
若手発表賞は以下の通り 今回は研究計画ポスターも受賞していた.
 

  • 口頭発表部門
  • 金恵璘 「社会情報は政治的偏見に基づくバイアスを低減できるか?」 
  • ポスター部門
  • 子安ひかり 「ネコにおける視覚的特徴を基にしたHomophilyの探索」
  • 米村朱由 「同種個体またはヒトパートナーによる不公平な報酬分配に対するウマの忌避反応の比較(研究計画)」

 
また来年の大会は会場設営と企画を分けた上で,大阪公立大学で開かれるそうだ.
 

会長挨拶 竹澤正哲

 

  • 会長と大会委員長をかねていろいろ大変でした.コロナがまた増えていてどれぐらいの人が来てくれるか心配していましたが,たくさんの人に北海道においでいただきました.ありがとうございます.
  • 本学会は国際大会HBESと合同で第1回を開いてから,今回で第15回となりました.当時ポスターで発表していた人たちが今も現役で発表しているし,片方で新しい人も入ってきている.若い人が参加してくれる良い研究コミュニティになっているなということを実感している.こういう形をつないでいき,長く続くようにがんばっていきたい.

 

  • これまでこの学会は最後に眞理子先生に(会長として)一言いただいてきました.今回もやはり眞理子先生に締めていただかないと落ち着きが悪いように感じます.眞理子先生,是非前会長として一言お願いします.

 

前会長挨拶 長谷川眞理子

 
(眞理子先生に締めていただかなくてはという声に)いやいやそんなことはないでしょうといいながらマイクを受け取り一言.
 

  • 今回は久しぶりに対面でやれました.事務局の皆様ご苦労様でした.皆様のおかげで多くの人と対面でやり取りでき,うれしい限りです.(ここでスタッフの皆様の紹介と拍手)
  • 私は今回この学会の理事でもなく,まったくの一参加者です.理事でなくなったのは会費を払い忘れていて資格がなかったためです.役員をやりたくなかったから滞納したのではとも言われましたが,そんなことはありません,単に忘れていただけです.
  • 本学会もかなり代替わりして若手が中心になりました.これはとてもいいことだと思います.学会というのは,基本ボランティア活動で,参加し研究を進めるものです.そしてそれを支える皆さんがいる.これからもいろんな形で参加したいと思います.
  • 今回は対面でやれて本当に良かった.今回このコロナ禍でオンラインの会議やミーティングがとても増え,オンラインでできることとできないことがよくわかってきました.特に相手の腹を探るようなミーティングはオンラインではできません.また何かにコミットするには対面でないと難しい.だから学会で本当に議論するならそれは対面の方が良い.しかし単に話を聞きたいというならそれはオンラインでもいいと思う.
  • あとオンラインでいいことは,インタビューなどをオンラインで受けた場合,次の依頼があっても簡単に断れるということがある.対面で会っているとなかなか断るのは難しくなる.これはコミットメントの違いが現れるのだと思う.
  • 今後はハイブリッドの良さを理解しながら,コミットしたいときには出てくるということだと思う.
  • 若い人がどんどん参加してくれるのはとてもうれしい.私もあと3ヶ月で学長任期が終わるので,そこからは研究に戻りたいと思っている.特に今進めている東京ティーンコホート研究に戻りたい.あの子たちももうすぐ20歳になる.成果をこの学会で発表できたらと思っている.
  • これからもどんどん盛り上がってください.ありがとうございました.

 
以上で本年のHBESJは終了となった.私からもここでスタッフの皆様に感謝申し上げたい.ありがとうございました.
 

<完>

第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その3

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HBESJ二日目.この日も口頭発表と招待講演がプレナリーで行われた.
 

第二日目

 

口頭発表 その3

 

アップストリーム型とダウンストリーム型間接互恵性の統合モデルのダイナミクス分析 佐々木達矢

 

  • これまで間接互恵性の数理モデル解析がいろいろなされてきた.多くはDISCとAllD,あるいはその組み合わせが均衡となり,DISCが残るには評判を基準に相手を選別して協力非協力を決められることが重要になる.
  • この評判をキーにする間接互恵にはアップストリーム型とダウンストリーム型がある.アップストリーム型とはYがZに協力しているのを知ってXがYに協力するという型,ダウンストリーム型とはWから協力してもらったXがYに協力するという型になる.これをあわせた統合型については実証研究はあるが理論研究がなかったので分析した.

(ここからレプリケータダイナミクスによる均衡解,およびそのグラフィック表示の説明)
 
なかなかテクニカルな発表で面白かった.(理解できている自信はないが)協力が安定的に生じるようにするためにはアップストリーム型の要素が重要だということのようだ.
 

ささやかな行為がrich-poorの資源共有に与える影響 陳佳玉

 

  • 資産格差は協力の進化に影響を及ぼすと考えられる.それは富者は富者同士で相互作用したいという同類好みが現れて社会が分断する方向に進むからだ.だから協力的社会を作るには富者と貧者の相互作用を促進させることが重要になる.
  • 相互作用の相手を決めるのは同類好みだけではなく,互酬期待(協力の評判を持つ他者と相互作用したい)もある.
  • ここで相互作用の前に小額の報酬を与えるオプションをつけることで(互酬期待を変え)富者と貧者間の相互作用を促進できるかをオンライン実験で調べた.

(実験の詳細の説明:相手のプロフィールとして富者か貧者かの手がかり(居住地区)とそれまでの協力度合いを示す.そして小額を相手に先に提供するオプションを設定する)

  • 結果は小額提供のオプションを利用した参加者はその後協力的になりやすいことが示され,富者と貧者間の相互作用促進に視する可能性が示唆された.

 
なかなか結果は微妙だが,視点は面白い.相手に「自分は協力者である」というコストのあるシグナルを送ることでより信頼してもらえるという期待が上がり協力しやすくなるということではないか.また投資してしまった小額提供分を回収したいというコンコルド誤謬的な心理も働いているかもしれない
 

招待講演

 

鳥の行動に見る歌とダンスの進化 相馬雅代

 
招待講演者は長谷川寿一,眞理子夫妻の弟子筋にあたる行動生態学者.
 

  • 私は大学で動物行動学をやりたいと島田先生に相談し,長谷川寿一先生の研究室に入った.私は鳥のコミュニケーションに興味があったのだが,まわりは皆ヒトに興味がある人たちで非常に異端感を感じた.その後岡ノ谷先生や眞理子先生に師事し,さらに北大の生物学科にお世話になることになった.生物学科に来てみるとまわりは皆分子や遺伝子に興味がある人たちで,ここでも異端感を感じている.
  • で,今,鳥のコミュニケーションを調べているのだが,鳥も別に好きというわけではない.本当に興味があるのは社会性,コミュニケーション行動の進化だ.だから生殖や繁殖の観点から考えたり,新奇な,あるいは珍妙な行動を考えることになる.考えてみるとヒトも理にかなわないことをいっぱいしているし,そうするとヒトの生物学的理解とも関連しているということになると思う.
  • で,鳥は珍妙な行動をすることが多い.私はまず音声から始め,今はそれ以外の行動も調べている.

 

  • 研究対象はいわゆる鳴鳥類,スズメ目の鳥になる.なぜ鳴鳥かというと,発声学習のモデル動物がキンカチョウやジュウシマツであり,ヒトの言語との関連が研究されているということがあるからだ.
  • これまでのヒトの言語との関連を追及するこの分野の研究は2013年の「Birdsong, Speech, and Language」にまとめられている.そこに2019年に「The origin of musicality」が出た.鳥の歌を言語より音楽に関連付けるこちらの方が私にはしっくり来た.

 

 

  • 鳥の発声は,学習し,記憶にあわせて発声する.固定的で言語とはまるで異なっている.音楽は固定的で,一緒に歌っていると何かを感じる,こちらの方が鳥の歌に似ていると思う
  • もう1つの違いは発声学習はオスだけが行うことが多いということだ.これもヒトの言語とはまるで違う.
  • またモデル動物だけでいいのかということも考えた.鳥の歌を多様性の中で考えたいと思った.

 

  • というわけで私の研究テーマは鳥の歌+αのコミュニケーション,非モデル動物を対象,オスメス両方を扱う,音楽との関連を考えるということになる.+αというのは鳥は求愛の時に身振りも普段と異なる(ダンスを踊る)という部分を指す.鳥は歌と一緒にダンスを踊る.音のほかに何らかの視覚情報を伝達している.このダンスの視覚情報は前から調べたいと思っていたが,北大に来てようやく前に進み始めたものだ.

 

  • ひとつのきっかけは2019年にローレンツワークショップに呼ばれたことだ.そこでは同期されたリズミックインタラクションがテーマになっていた(ワークションプのポスターにはタンチョウのダンスが載せられている).
  • ワークショップには生物学者だけでなく,リズムや振り子運動にかかる多様な学者(物理学者,音楽の専門家など)が集まっていた.そこではみんなでレビュー論文を書こうということが決まり,責任者の1人に選ばれた.いろいろな苦労の末にレビュー論文が出せた.
  • ヒトのリズム同期に関しては赤ちゃんが自分と同期してくれたヒトをより助けるなどの結果が報告されている.最初に聞いたときはちょっとヤバいと感じたが,でも面白い.現在は向社会行動における2者の呼応同期協調を調べたいと思っている.

 
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

https://psyarxiv.com/9yrkv/

 

  • ここから私のやってきたリサーチを紹介したい.まず文鳥の研究.
  • 文鳥(java sparrow)はオスが囀ってダンスし,メスもダンスする.それまで全く研究されていなかった.飼い始めてみて,メスもダンスをすることを学生が見つけてくれた.これはシジュウカラとは異なる.

 
www.youtube.com

 

  • ダンスは雌雄双方向,メスからも始めることがあり,双方向でダンスがあると交尾しやすい,歌はあまり気にしていないというようなことが観察からわかった.
  • 相手の動きに合わせているのかはわかっていない.というのはダンス自体の定量化が難しく,双方向で行われるので原因と結果の切り分けも難しいからだ.
  • ヒトの手振りにも双方向ダンスを見せるかと思ってやってみたが,なかなか文鳥は騙されてくれない.そこで手乗り文鳥を用いることにした.手乗り文鳥というのはヒトを交尾相手として刷り込まれている状態になる.ヒトが手を振ると文鳥もあわせるが,同期はしない.自分のリズムがあるのかもしれない.
  • しかしこの文鳥のダンスは興味深い.歌は早期学習によって覚えるが,ダンスには学習性はないようだ.しかし相手の存在は必要であるようだ.そして歌よりも早く練習を始める.

 

  • 文鳥でもう1つ調べているのは系統種間比較だ.進化過程が知りたいと思っている.
  • (シジュウカラや文鳥が属する)カエデチョウ科には135種ほどいて,分布域はアフリカ,南アジア,東南アジア,オーストラリアになる.そしてそのほとんどはあまり調べられていない.
  • 彼らは一夫一妻制で,ナワバリをあまり作らずに群れで生活している(群れでナワバリを共有している)という共通の特徴を持つ.しかし歌やダンスの使われ方,羽根の模様の性的二型性は多様だ.
  • 歌とダンスの使われ方を系統解析すると,歌うかどうかには強い系統制約があるが,ダンスをするかどうかにはあまり系統制約がない.どうやら歌とダンスのメカニズムや機能は異なっており独立性が高いようだ.
  • では多様性はどこから来るのだろうか.彼らには種内托卵,種間托卵の現象があるが,これとの間には弱い傾向しかない.社会性との関連があるのかもしれない.いずれにせよ生態情報が乏しいのでよくわかっていない.

 

  • また別の分類群としてゴシキドリの仲間も研究している.
  • 彼らはスズメ目ではなく,キツツキに近縁な仲間だが,発声学習を行い,一部の種は雌雄でデュエットを行う.このデュエットを行うかどうかは協同繁殖種であるかどうかと相関しており,社会性が要因となっているようだ.繁殖グループ内でのステータス誇示機能があるのではないかと考えている.

 

  • カエデチョウ科の別の鳥としてはセイキチョウを調べている.これは鳥のダンスを調べたいと岡ノ谷先生に相談したところ,巣材をくわえて踊る鳥でとても可愛いよと推薦されたものだ.
  • 彼らは英語でcordon-blueと呼ばれる美しい青色の鳥で,オスもメスも歌い,ダンスを踊る.鳥飼育マニアがあげた彼らの愛らしい求愛の様子を捉えた動画がたくさんyoutubeにあって,飼育可能だということで研究を始めた.
  • 実際に飼ってみると,彼らは実に選り好みが激しく,つがいを成立させるのは容易ではないことがわかった.
  • 何とかダンスの様子を観察できるようになったが,彼らのダンスの音はかなり大きくタンタンと聞こえる.そしてやはり学生がある日彼らのダンスの動画を見て彼らの足がそろっていないことに気づいた.そしてハイスピード撮影してみると,彼らは極く短い時間に左右の足を交互に5〜6回足踏みしていることがわかった.彼らは目にも留まらぬスピードでタップダンスを踊っていたのだ.

 
www.youtube.com

 

  • 求愛に際してオスに超絶技巧が見られる動物は多いが,メスもやっているのはあまり例がない.これは振動コミュニケーションなのかもしれない.
  • 性淘汰形質であると考えたが,タップの回数とモテるかどうかに相関はなかった.歌や羽根の模様などほかの手がかりも使っているようだ.
  • また何とか求愛をさせようと苦労しているときに,第3者がいると求愛をはじめやすいことに気づいた.この第3者効果も歌とダンスでは異なっており(歌とダンスの組み合わせは第3者がいると上昇するが,歌だけはあまり関係がない),やはり機能が異なっているように思われる.これをどう解釈するかはいろいろあって悩ましい.候補としては(1)そばに魅力的な誰かがいても,僕は君を愛しているよという誠実性ディスプレー(2)この相手は僕のものだよという第3者に向けての配偶者防衛的ディスプレー(3)そこの誰かよりこんなに僕の方が質が高いよというディスプレー,などがある.
  • また彼らは巣材をくわえて歌いダンスを踊る.巣材はダンスの前に念入りに選ぶ,そして実際の巣を作る際には用いない.この好みを調べようと様々な長さのテグスを与える実験を行ったところ,長いものを好むことがわかった.視覚的なインパクト,あるいは長い巣材を見つけられる,運べるという能力の誇示という機能があるのだろう.

 

  • まとめると,カエデチョウ科の鳥のダンスは特定個体へのメッセージである,種間多様性の要因はよく分かっていないが社会性が関係しそうだということになる.

 
とても楽しい講演で,魅力的だった.
これは野外のセイキチョウの求愛を捉えたであろうyoutube動画だ.
 
www.youtube.com

 

第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その2

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第1日目 その2

 

口頭発表 その2

 

道徳性の進化要因と機能とは?:進化的暴露論証の基底の検証 内藤淳

 

  • 今回は倫理学的な議論を提示したい.
  • ムーアは自然主義的誤謬という概念を提示し,進化論は倫理学に対していうべきことを持たないと主張した.しかしその後ムーアが見落としていたメタ倫理学的視点から進化心理学を利用した「進化的暴露論証」が提示されるようになった.
  • 道徳実在主義ではヒトの心の外側に客観的な善悪があると主張する.しかし進化心理学的にはヒトの心は進化適応の産物で客観的善悪はないと主張される(進化的暴露論証).
  • これに対して道徳実在主義をとる哲学者たちは様々に批判してきた.批判にはいろいろなものがあるが,今日はその中でも経験的な議論を採り上げる.それは進化的に議論される「利他性」は「意欲」だが,道徳的な善悪はべし・べからずという「評価」であって異なるというものだ.
  • 暴露論証をとるマイケル・ルースは,確かに適応的利益を得るために利他性などが生じる,しかし実際の行動決定は柔軟で,その中で方針をガイドするために「すべし」が現れるのだと議論した.ストリートたちはこの議論を進め,道徳感覚は個別の判断に方向を与えるための適応産物だ(だから客観的な善悪はない)と主張した.
  • 実在論者たちは,これに対して,それなら意欲だけでいいのではないか,行動のガイドなら食欲や性欲と同じ感覚でいいはずではないかと反論した.
  • 暴露論証側からはジョイスが反論している.彼は,道徳感覚はいったん利己的に傾いた決定を(最終的にメリットのある)利他的な決定に変更するシステムとして進化したのであり,そのためには規範的なものに意味がある,「したい」とは別の角度から動機をつくり自信を持って行動できるものだと主張した.しかしこの反論は不十分だ.あとから変更するにしても同じ「したい」意欲システムでできないとは思えないし,理由(やせた方が良い)があっても食欲が弱くなるわけではないということもある.
  • これをもって一部の実在論者は道徳は進化では説明できないと勢いづいているが,暴露論証側には別の道がある.
  • デシオリとクルツバンは道徳感情を非難に対する自己防衛モデルで説明した.(同じ社会の)他人からの非難は不適応的な結果をもたらしうるので,それを回避できることは適応的になる.こう考えれば道徳が規範的であること,他者に対しても適用すること,他者視点からの調整があることが説明できる.これは道徳のダイナミックコーディネーション理論であるとも言える.
  • また別の議論としてボームの考え方がある.アルファオスの暴虐に対する集団的罰が進化し,それを回避するために自己抑制が重要だというもので,これは社会選択的な道徳進化の道筋ということになる.
  • これらを考慮し,私はここで暴露論証のバージョンアップを提言する.道徳は利他行動促進のためのメカニズムではなく,他者からの非難によるデメリットを回避するための適応と捉え,反実在論を堅持する.こうすれば適応的説明を維持し,道徳の多様性を説明しやすいと考える.

 
内藤は法哲学者で,進化心理学に関連するトピックを(中の人の視点ではなく)外側から見る視点で発表してくれるので新鮮だ.今回は,道徳実在論者に対抗するには道徳の規範性について.「有益な利他行動を行うための適応」ではなく,「他者からの非難を回避するための利己的な適応」と位置づけた方がよいというもの.それはそうかもしれないが,そもそもEOウィルソンの「シロアリの道徳」ですでに実在論には引導を渡せているのではという気もする.


招待講演

 

ヒトのライフヒストリーと成長・行動:狩猟採集民のこどもの生活世界 山内太郎

 

  • 私は保健学をやってきた.ヒトのライフヒストリー,成長,行動に興味があり,アフリカのピグミー系狩猟採集民を対象に長年フィールドリサーチを行っている.
  • リサーチテーマとしては「人類進化を環境適応の視点から考える,特にWASH(水,トイレ,衛生)に注目し,地域地域のサニテーションを考察検討する」というものになる.
  • 純粋の狩猟採集民にはトイレはない.基本的に野外排泄になる.では,いつどのようにトイレはできたのか.これは定住と人口密度(定住して人口密度が高いと排泄場所を固定する方がメリットが大きい)から説明される.このあたりを是非一緒に研究しましょう

 

 

  • 今日説明するのはカメルーンのピグミー系狩猟採集民.そのなかでもBAKA族になる.ここで狩猟採集民の育児協同,こどもの活動を調べた話をしたい.
  • ヒトの生活史を成長の面から見た場合,乳児,幼児,学童児,思春期,成人と分けることが多い(幼児と学童児をあわせて子供期と扱うこともある).そして成長の面から見たヒトの生活史の特徴は長い子供期と思春期スパートになる.子供期には脳を優先的に成長させて身体の成長を抑えている.これは食物をめぐる成人との競争を避ける効果もあり,学習期間の延長を可能にしている.思春期には急激に身体が成長し,心と身体のアンバランス,自我の確率,葛藤,創造性の亢進などの現象が見られる.
  • カメルーンにはピグミー系狩猟採集民がいくつかの部族に分かれて暮らしている.BAKAのほか,MBUTI,EFE,AKA族が知られている.第二次世界大戦前には狩猟採集生活を送っていたが,1950年代から定住化政策が行われ,現在は基本的には村で暮らすが,短期/長期(1日〜1年以上)に森に入るという暮らしぶりだ.
  • 育児協同:狩猟採集民は育児協同を行う.これを定量的に調べてみた(詳細の説明あり:対象幼児5人,育児者57人,3日間1日9時間30秒ごとに行動観察).父母のほかには(兄弟を含む)こどもの役割がかなり大きい.また育児と生業の間にはトレードオフがあり,これが父母間の役割分業につながっている.
  • 成長に伴う行動変容:次に成長に伴う行動変容(特に思春期前後の違い)を調べた(詳細の説明あり:加速度計とGPSでログをとる).男子も女子も1日 25,000歩近く歩いている(先進国の推奨値は10,000〜13,000歩).成長に伴い森や他村へ行くことが増える.男子の方がより森に入るという性差も現れる.
  • 子どもの狩猟採集活動:従来,狩猟採集民の子どもが森に入っていても単なる遊びだと捉えられていて彼らのエネルギー貢献は測られていなかった.人口の半分を占める子どもが本当に大人に完全に依存しているのかを調べてみた.狩猟採集にかけた時間と栄養(エネルギー,タンパク)を評価した(詳細の説明あり:22日間,子どもは延べ410人日,大人は延べ156人日の調査).男子は釣りやネズミ取り,女子は掻い出し漁を行って魚やネズミを捕っていた.彼ら単独で必要エネルギーの1/3,大人と協同して1/5の貢献があった.子供たちは魚やネズミを持ち帰らずその場で食べてしまうので,これまでのリサーチでは見過ごされていたと思われる.

 
フィールドワークの報告は楽しい.子供たちが魚やネズミを捕っているというのは,考えてみればそりゃ子どもにしてみたら捕れるなら捕って食べようとするだろうなということだろうか.
  
初日のプレナリーはここで終了となる.