書評 「オールコック・ルーベンスタイン 動物行動学 原書11版」

 
行動生態学は1970年代以降大きく興隆し,1980年代〜1990年代には様々な解説書や教科書が出版された.その中で改訂を繰り返して,代表的な教科書とされてきたのが,クレブスとデイビスの「An Introduction to Behavioural Ecology」とオルコックの「Animal Behavior」だ.両教科書とも当初の執筆者が引退の年代となり,それぞれ新しい執筆者を加えて改訂版が出されている.クレブス・デイビス本は数理生物学者のスチュワート・ウエストが改訂執筆者となり,数理的な解説が明晰な行動生態学の教科書として生まれ変わった.オルコック本はフィールドで様々な動物行動をリサーチする行動生態学者であるダスティン・ルーベンスタインが改訂執筆者となり,最近の動物行動研究の流れを大きく取り入れたリサーチャー向けの教科書となった.
そして本書はそのオルコック(とルーベンスタイン)の「Animal Behavior」の初めての訳書ということになる.邦題は「動物行動学」となっているが,いわゆるethologyの本ではない*1ことには注意が必要だ.
 

全体の構成

  
本書の最大の特徴は,いわゆるthe phenotypic gambitの上に乗る行動生態学だけでなく,至近因や系統因を含め動物行動を統合的にリサーチする姿勢を強く打ち出しているところだ.構成的には第1章のイントロダクションの後に「行動の統合的研究」にフォーカスする第2章がおかれ,第3〜第5章に至近因を中心とした章があり,第6章以降で伝統的な行動生態学的なトピックが扱われるという形になっている.そしてそれぞれの話題の中でも至近因と究極因を合わせて考察しようとする姿勢が打ち出されている.
またもう1つの特徴は,記述が具体的な動物の例を中心になされており,それをどう解釈できるかを極めて実践的に解説していくところだ.様々な理論間の関係にはあまり踏み込まずに,動物行動の実例を中心に据えて様々な理論でどう解釈できるのかを丁寧に論じている.これにより学習者にとって実践的で臨場感を持って読めるようになっている.
 
第1章は導入,ダーウィンと自然淘汰の基礎を説明し,コストベネフィットアプローチの考え方,分析レベルとして至近因と究極因*2があり,本書では統合的多角的な分析を推奨することが説明される.そこからコロニー営巣するカモメの集団を例にとって観察,実験,比較のアプローチをとることにより適応的機能や進化史に迫ることができることが実践的に解説されている.
 
第2章は統合的な研究について.ここでは鳴鳥のさえずり学習を例にとって,種間変異と方言の存在,その発達,学習,遺伝,神経制御系,さえずり学習(能力)の進化史,哺乳類の学習との比較,学習の適応価,性淘汰を見ていく.ある現象を理解するためには統合的な視点がいかに役立つかが非常によくわかる説明になっている.
 
第3章は発達と遺伝.行動に与える遺伝と環境の相互作用,学習と認知,行動の進化発生が扱われる.遺伝と環境に関してはエピジェネティック修飾や内分泌的至近要因も扱い,社会性昆虫のカースト分化と行動,渡り鳥の渡りが実例として採り上げられている.学習と認知に関しては海馬の役割やオペラント条件付けなどが扱われ,鳥類の貯食行動が実例として説明されている.発生に関してはエボデボアプローチ,環境の役割,発達制約,表現多型と発達可塑性,スーパー遺伝子が扱われている.全体としてこのあたりの現象が非常に微妙で複雑であることがよく示されている.
 
第4章は行動の神経メカニズム.エソロジー的な解発刺激と定型的行動パターンの発見の話を冒頭におき,その後コウモリの捕食を実例に,感覚器から神経系にかけての情報処理メカニズム,エコロケーションと餌であるガによる回避のアームレースが解説される.さらに様々な例を用いて意思決定,適応的な情報選択メカニズム,認知能力の進化と社会脳仮説,家畜化仮説が解説されている.基本的に至近的メカニズムについての章だが,随所に適応的な意義が解説されて統合的アプローチの威力がよく示されている.
 
第5章は生理的な至近メカニズム.ここでは生物の概日リズムがテーマとして取り上げられ,概日時計のメカニズム(自由継続サイクルと同調化,神経メカニズム,遺伝子,生理学),概年リズム,同期化刺激,内分泌機構が解説されている.
 
第6章からが行動生態学的な内容が主の章となる.第6章は捕食者回避と採餌.まず群れを形成することが捕食者回避に役立つのかという議論が詳しく扱われる.希釈化効果,撹乱効果,ハミルトンの利己的な群れ仮説,最適群れサイズなどが扱われている.続いて隠蔽色,警告色,擬態が扱われ,ガゼルのストッティングがどう解釈されるべきかが議論される.
後半は最適採餌理論.学説史が簡単に紹介され,ヒメコバシがラス,シロナガスクジラ,ミヤコドリなどの実例と彼等が何を最適化しているかという議論が扱われる.またここでは恐怖の景観の議論,ゲーム理論的(頻度依存的)採餌戦略も扱われている.
 
第7章はナワバリと渡り.生息地選択,資源選択,資源専有力(防衛能力),ナワバリ争いと保持者の優位性(保持者必勝ルール,専有力の差,利益の非対称,親密な敵とコストなどの様々な考え方が解説されている),分散,渡り(渡りの熱帯起源説と温帯起源説,コストと利益)が解説されている.
 
第8章はコミュニケーション.まず送信者と受信者の利益と損失からマトリクスを作り,双方利益(正直な信号),送信者のみ利益(騙し信号),受信者のみ利益(盗み聞き)と区分する.そこから双方利益の例をミツバチのダンスとサバンナモンキーの警戒音を用いて解説する.次に信号の進化として,その起源とプロセスを感覚便乗を中心的な概念として解説する.最後に信号の機能(適応)が扱われる.ここではハイエナのメスの偽ペニスを取り上げ,その機能を説明する様々な仮説を吟味する形で議論が進む.正直な信号と正直さを担保するコストの説明はあるが,明確な理論的な説明はない.そこから騙し信号と盗み聞きが(損失を受ける当事者の平均的利益の観点から)説明される.最後に信号のマルチモーダル性が取り扱われている.

信号とコミュニケーションについての行動生態学的な説明は,通常ドーキンスとクレブスによる信号の考察から,送信者の利益と操作の観点と(受信者がそれを無視しないための)正直な信号の進化(ハンディキャップとコストリーシグナル)の問題が議論される.しかし本書はそのような形で説明しない.信号の進化についてはプロセスの議論と(本来きっかけの議論に過ぎない)感覚バイアスが強調され,機能的な説明においてはドーキンスもクレブスもザハヴィもグラフェンも引用されず*3,ハンディキャップという言葉も登場しない.何故このような叙述になっているのかはよくわからないが*4,この取り扱いにはやや疑問が残るところだ.
 
第9章は繁殖行動.性淘汰,性差(卵と精子の根本的非対称,父性の不確実性,繁殖成功のばらつき,子への投資の差,実効性比),性役割逆転,同性内競争(社会的順位,状況依存戦略,代替的戦略,精子競争,配偶者防衛),配偶者選択(選択の直接的利益,間接的利益と優良遺伝子,ランナウェイ,チェイスアウェイ,隠蔽的選択),性的対立(操作,軍拡競争)が扱われている.
 
第10章は配偶システム.配偶システムの各形態(一夫一妻,一夫多妻,一妻多夫,多夫多妻/乱婚)ごとにその進化条件を吟味していく.資源や配偶者の防衛可能性,子の世話,配偶者支援(子殺し防衛),配偶機会の多寡,多回交尾の利益(優良遺伝子,遺伝的多様性,直接的利益など),レック,スクランブル型競争などが議論されている.
 
第11章は子の価値と親の投資.まず親が何を優先させるのかをテーマに,親の世話に関する意思決定,性比操作,ヒトにおけるTW仮説の当てはまり,親子コンフリクト,兄弟間コンフリクトが扱われる.そこから親による子の世話(子育て投資)について,その利益とコスト,どちらの親が世話をするかがどう決まるか(メス側の事情,オス側の事情が詳しく解説される),親子認識,托卵が解説されている.
 
第12章は社会進化の原則と昆虫における社会性.まず利他行動と淘汰のレベルの議論が解説される.(おそらく初版の頃からあったと思われる)ウィン=エドワーズ的なナイーブグループ淘汰の否定から始まり,ハミルトンの包括適応度理論とそれに対するDSウィルソンのマルチレベル淘汰の議論(きちんと数理的に等価であることが指摘されている),ノヴァクたちによる最近の批判とそれには同調者がほとんどいないことが解説される.ここで膜翅目昆虫の真社会性と半倍数性の問題がかなり詳しく解説され,そこから社会性を「繁殖をめぐるコンフリクト」という視点から捉えた解説がある.
 
第13章は集合的行動と哺乳類における社会性.個体の利益とコストから見た社会行動の区分がまず呈示され,相利行動,直接互恵および間接互恵による利他行動が解説される.そこから社会行動の個体差,協同繁殖の進化,繁殖をめぐるコンフリクトが解説される.
 

個人的に興味深かった記述

 
通して読むと最新のものも含めていろいろと面白いリサーチが紹介されていて楽しい,興味深かったところをいくつか紹介しておこう.

  • 北米のミヤマシトドのさえずりの地域間変異については研究が積み重ねられており,ネルソンは30年間のデータからそれが文化進化として方言化されていることを示した.
  • ウタスズメではさえずりを使ったオス間競争が観察されるが,その際に相手のさえずりタイプに合わせるマッチングが見られる.マッチングは攻撃的なディスプレイとして機能する.そしてウタスズメのオスは近隣ライバルオスのさえずりを学習し相手によってどこまで威嚇的に対応するかを使い分けているようだ.近隣オス間で共有さえずりパターンが多い方がナワバリ維持期間が長くなっており,これは攻撃的意図を伝えられることがナワバリ維持に効果的であり,その方向に淘汰圧がかかったことを示唆している.クルーズマはスゲミソサザイの異なる地域の個体群を調べ,年間を通じて同じナワバリを維持する個体群でよりさえずりの方言やマッチングが見られることを見つけた.
  • ルリオーストラリアムシクイはマミジロテリカッコウから托卵寄生を受ける.ムシクイの母鳥は特殊な孵卵コールを卵に向かって歌い,卵の中の胎児はこれを学習する(カッコウのヒナは時期的にこれを覚えることができない).これが家族間のパスワードのように作用し,孵化した後のヒナはこのコールで餌をねだり,母鳥は自分のヒナとカッコウのヒナを見分けることができる.
  • エリマキシギのオスは独立型,サテライト型,フェーダー型の3つの繁殖タイプを持つことが知られているが,これは遺伝的には2つの独立に進化したスーパー遺伝子によって制御されている.どちらも2回の染色体逆位によって生まれたものであり,組換えによる変異があっても次世代には伝わらない.
  • ホシムクドリの群れの夕暮れ時のアクロバティックな飛行の機能については様々な仮説が呈示されていたが,シチズンサイエンスデータにより3000を越える群れのデータが集まり,捕食者であるタカの存在が群れのサイズと持続時間に有意に相関することがわかった.これはこの飛行が捕食回避のためであることを示唆しており,希釈効果仮説と攪乱効果仮説を支持するものといえる.
  • 200種を越える食肉目の哺乳類の比較解析により,スカンクやタテガミヤマアラシのような際だった体色や二色コントラストを持つものは肛門分泌物を防衛に使う傾向があることがわかった.
  • 熱帯に住む小型のカニムシの1種は数世代にわたる生活史サイクルを持つ.コロニー期世代は枯れ木に住み着き,分散期世代ではテナガカミキリの翅に隠れて移動し,適当な木で下船する.木の幹と異なりカミキリの腹は優位オスが完全防衛できるので,そこは優位オスが独占的に交尾するハレムになる.
  • なんらかの対称的で単純なルールで勝敗が決まるという専横的抗争解決はゲーム理論的にESSになり得ること示されているが,実際に皆が納得するような例は見つかっていない.デイビスによるキマダラジャノメのナワバリ保持者必勝実験(1978)は有名だが,最初の保持者を網で捕まえておくだけにせずクーラーボックスに入れてから次の保持者と戦わせると保持者必勝効果はなくなったことが報告されている(網の中で捉えらたままクールダウンせずに放されたときには,闘争よりもとにかく逃げ出そうとしてしまうのではないかと解釈できる).
  • 渡りの進化起源に関する熱帯起源説と温帯起源説に関しては,当初の比較解析(リーヴィとスタイルズ1992,ウィンカーとプルーエット2006)は熱帯起源説を支持していたが,最近の比較解析(ウィングラーほか2011,2014)では温帯起源説を支持している.データを増やして対象種を付け加えていった結果,比較解析がより優れたものになった例と考えられる.
  • ハイエナの偽ペニスの適応的意義については,副産物仮説(メスにおいて大柄で攻撃的な方が有利になることの副産物),服従仮説(劣位個体が服従のシグナルを送るのに役立つ),社会的絆仮説(個体間の協力や同盟に役立つ),交尾におけるメスの主導権仮説などが提唱されている.副産物ということはまずないと考えられるが,適応的意義についてはいずれの仮説も決め手を欠き,まだ解明されていない状態だ.
  • ヤドクガエルの鮮やかな色彩は毒を持つことの警告色だと考えられている.しかしそれだけではなく,ナワバリ防衛のオスの攻撃性は体長や体重とは相関しないが,体色の鮮やかさと相関していることが報告されている.
  • カイメンに棲む等脚類(ワラジムシ)の仲間であるツノオウセミのオスは大型(アルファ)中型(ベータ)小型(ガンマ)という3つの繁殖型を持つ.アルファはカイメンをナワバリ防衛し,ベータはメス擬態戦略,ガンマはスニーカー戦略を採る.この3型は遺伝的に決まり,メス数やライバルオス数によって有利不利が変動する.シャスターとウェイドは飼育下のデータと野生化での個体数比のデータからそれぞれの適応度は平均的に同じ程度であり,この3型が代替的戦略と解釈できることを示した.
  • ハシリグモの1種では,交尾後にオスが自発的に死亡し,メスに喰われる.これはメスが交尾相手のオスを食べると子の数が2倍,子のサイズが1.14〜1.2倍,子の生存率が1.44〜1.63倍になることでオスの個体適応度的に説明できる.またコオロギを食べる場合と比較すると,同種のオスを食べる方が比較にならないほどメスの繁殖能力に寄与することがわかった.このメカニズムは不明である.
  • 230種の霊長類の比較解析によると,一夫多妻から一夫一妻制への遷移においては子殺しが先行する.オスによる子殺しがあると長期的な配偶相手を持ち子を守ることがオスメス双方に利益になるようだ.ただしより広く哺乳類について比較解析するとこの結論は得られなくなる.哺乳類全般では繁殖メス同士が互いに攻撃的でまばらに分布する状況があると一夫一妻制が進化しやすいようだ.

 

訳書としての特徴

 
訳者はいずれもこの分野の研究者であり,きわめて正確でわかりやすい訳文となっている.そして読者にわかりにくいと思われる部分についての訳注も充実している.ここは高く評価したい.
 
訳書としてみたときに注意すべきなのは,本書はUS版の教科書の訳書ではなく,出版元(Oxford University Press)の強い意向によりInternational版の訳書になっているということだ.訳者たちも大変残念がっているが,International版においてはヒトを扱った第14章が丸々削除されている.その他私が気づいた限りではボックスコラムも1/3ほどが削除になっている.
ヒトについてはコミュニケーションと言語の問題,配偶戦略と性的対立にかかる進化心理学的な知見,さらに進化的な視点をとることにより得られる様々な実践的有用性(進化医学など)が論じられており,極めて興味深い部分になっている.また削除されたコラムは「Darwin’s Puzzle」と題された面白いものが多く*5,いずれも訳出が許されなかったのが残念でならない.またUS版では各章の冒頭にその章のテーマになるような魅力的な動物の生態写真が大きく呈示されているが,本訳書ではこれも削除されている*6
Oxford University Pressが何故このような対応をとるのか全く定かではないが,極めて遺憾だ.
 

その他

 
本書にはインターネット教材へのリンクがQRコードとurlで示されており,様々な動画や音声ファイルにアクセスできるようになっている.これは大変楽しい.なお本書の説明ではinternational版のeBookがRedShell, Vitalsource, Chegg(いずれも学生向けの教科書のeBookサイト)で利用可能とあるが,私がやってみた限りでは検索で出てこなかった.(US版のみ検索にかかるが,地域制限で日本からは利用不可とされる)
Kindleなどの一般向けの電子書籍にはしないということのようだが,これもOxford University Pressの方針が不親切に感じられるところだ.
 
 
本書刊行により,クレブス,デイビス,ウエストの教科書に続いて定評ある立派な教科書が訳されて,行動生態学の学習者には本当によい環境になった.定価がやや高いのが気がかりだが,多くの人の学習の役に立てばよいと思う.
 
 
関連書籍

原書 International版

原書 US版

Animal Behavior

Animal Behavior

Amazon
 
クレブス,デイビス,ウエストの行動生態学の教科書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20150505/1430790366

同原書

 
 
 
<補録>本書「動物行動学」についてのいくつかの訳案
  
書評にも書いたが,本書の訳は丁寧でわかりやすく素晴らしい.読んでいて引っかかるところもほとんどなかった.とはいえクレブス,デイビス,ウエスト本でも気になるところ抽出している(https://shorebird.hatenablog.com/entry/20150505/1430790367)ので,本書でもやっておこう.前回と同じく決して揚げ足をとるつもりではなく,重版時,改訂時の検討の際に参考になればという趣旨で私の訳案をここに置いておきたい.
 

P109 13行

  • 原文:・・・social brain hypothesis, which propose that advanced problem solving and the like evolved in the context of dealing with the obstacles to reproductive success posed by interacting socially with members of one’s own species.
  • 本書訳:この仮説ではまず,同種の他個体とのやりとり,つまり社会相互作用は,個体の繁殖成功度の邪魔になっていると想定する.発達した問題解決能力は,このハードルを越えるべくして進化した,というのだ.
  • 私訳案:この仮説は,優れた問題解決能力(などの大きな脳により得られる能力)は,同種個体との社会的相互作用により繁殖成功が阻害されるような問題に対処するような文脈で進化したとするものだ.

説明:この仮説は,同種個体との相互作用が常に繁殖成功の邪魔になっていることを想定しているわけではなく,そのような場合が生じた際に淘汰圧がかかるとするものだと思う.「文脈」を残した形で訳した方がよいと思う.

 

P215 ボックス8.1 図Bと図Cについて

  • 本書訳:(本文)夜間は網にクモがいたときの方がいないときより獲物がかかりやすいし(図B),鮮やかな斑点を塗りつぶした方が塗りつぶさないよりも獲物がかかりやすい(図C)
  • 同:(図Cのキャプション)対照群は,元々茶色だった部分をさらに茶色く塗られていた
  • 私訳案:(本文)・・・鮮やかな斑点を塗りつぶさないときの方が塗りつぶしたときよりも・・・・
  • 同(キャプション)対照群は,元々茶色だった部分のみ,そのまま茶色に塗られていた.

説明:(図C)は鮮やかな斑点を塗りつぶさない方が獲物がかかることを示しており,逆になっているように思う.なお原文は「リサーチャーはこれこれを調べた」とだけ書かれていて,その結果には触れていない(読者はグラフから自分で読み取れという趣旨のようだ).キャプションについては,茶色に塗るのは,コントロールとして視覚的にはそのままでしかし塗料を塗るという要素は同じにしたいという意味だから,ここで「さらに」を用いるのは語感的に変な気がする.
 

P226 図8.24のグラフの説明

  • 本書訳:(縦軸)攻撃回数 (横軸)交接オスが大きい 交接オスが小さい
  • 私訳案:(縦軸)(ライバルオスから)攻撃された回数 (横軸)交接オスが小さい 交接オスが大きい

説明:横軸は大小についての単純ミスと思われる(イラスト図からも明らか).また交接オスが攻撃する回数ではなく,ライバルオスから攻撃される回数なので,縦軸は「攻撃回数」より「攻撃される回数」の方がわかりやすいと思う
 

P276 16行

  • 原文:If male fruit flies really do harm their mates as a consequence of their success in sperm competition, then placing generations of males in laboratory environments in which no male gets to mate with more than one female should result in selection against donors of damaging seminal fluid.
  • 本書訳:もし,オスのショウジョウバエが,精子競争に打ち勝つことと引き換えに,メスに被害を与えているのだとしたら,飼育状況下で,1個体のメスとしか交尾できない状況にして世代を重ねると,毒性のある精液をもたらすオスには拮抗的に淘汰が働くと予測される.
  • 私訳案:もし,本当にオスのショウジョウバエが精子競争の結果メスに害を与えているとするなら,オスを1個体のメスとしか交尾できない状況において飼育し,世代を重ねさせると,精液に毒性のあるオスを不利にする淘汰圧がかかるだろう.

説明:「拮抗的」というのは2つの力が互いに反対に働いているという意味であり,原文は「selection against」となっているので,単にマイナスの淘汰圧がかかっているという風に訳す方がいいと思う.
 

P335 最終行

  • 原文:Females in monogamous groups might not worry about this loss of paternal care if they are able to make up the difference themselves. However the researchers also demonstrated that in monogamous — but not in polyandrous ― broods, increased male feeding leads to higher fledgling success.
  • 本書訳:一夫一妻集団のメスは,オスによる世話が減少しても,自分で補える限りは気にかけないだろう.しかし,この研究では,オスによる給餌が,一夫一妻集団でのみ,子の巣立ち成功につながっていた.
  • 私訳案:・・・・・自分で補える限りは気にかけないのかもしれない.しかし,・・・・

説明:これは「メスは実際には気にかけるはずだ」という文脈なので,might not は「かもしれない」ぐらいに訳しておく方がわかりやすいと思う.
 

P336 6行

  • 原文:Even when a pair is faithful, there can still be conflict over investment and care. Fathers can continue to adjust the care they provide, and in some species mothers may actually manipulate the amount of parental care their offspring receive.
  • 本書訳:つがいが互いに一途であっても,やはり投資と世話をめぐる葛藤は存在する.父親は子の世話の調整を続け,種によって母親が,子が受ける父親の世話の量を操作することもあるのだ.
  • 私訳案:つがいが互いに相手に忠実であっても,やはり投資と世話をめぐる葛藤は存在しうる.父親は子の世話の量の調整を続けることができる.そして一部の種では,母親が子が受ける父親からの世話の量を操作することがある.

説明:父親は引き続き自分が与える世話の量の調整が「可能」で,母親も種によっては父親の操作が「可能」だ(だからコンフリクトの「可能性」が常にある)という趣旨を明示的に訳出する方がわかりやすいと思う.なお母親が操作できる対象を「父親の」投資だと補って訳出する工夫はとてもいいと思う.
 

P356 2行

  • 原文:The Hymenoptera are the most noted of the eusocial insect ― species defined as having overlapping generations, cooperating care of young, and reproductive division of labor where many individuals in a group are temporarily or permanently sterile.
  • 本書訳:膜翅目は最もよく知られた真社会性昆虫であり,世代の重複,卵や幼虫の共同養育,繁殖の分業化により多数の個体が一時的あるいは永続的に不妊であることがその特徴だ.
  • 私訳案:真社会性昆虫として最もよくとりあげられるのは膜翅目昆虫になる.真社会性というのは,世代の重複,若齢個体の共同養育,繁殖の分業すなわち群れの多くの個体が一時的あるいは永続的に不妊であることで定義される.

説明:膜翅目昆虫すべてが真社会性であるわけではないし,「the eusocial insect」と定冠詞付き単数表現であるので「『ザ・社会性昆虫』として教科書などで扱われるのは通常膜翅目のアリや社会性のハチになる」というほどの意味だと思う.だからこのような表現の方がいいのではないか.また世代の重複以降の項目は(膜翅目の特徴ではなく)真社会性の「定義」なのでそう訳した方がよいと思う.
 

*1:ティンバーゲンやローレンツのethologyは「動物行動学」と訳されることが多い(本書ではそのままエソロジーと訳されている).この邦題では原書が行動生態学の著名な教科書であることを知らない人にはethology本と誤解されるリスクがあるように思う.原題通りに「動物行動」とした方が良かったのではないだろうか.

*2:至近因に発達とメカニズム,究極因に進化史と適応を含むとしてティンバーゲンの4つのなぜと統合している

*3:ザハヴィとグラフェンは子への投資を扱う第11章で引用されてはいるが,グラフェンはヒナの給餌要求信号に関する価値信号仮説としてのみ,ザハヴィは托卵のマフィア仮説についてのみの引用になっている

*4:あるいはここには英国オックスフォードの理論的洗練に対する米国のナチュラリスト的生態学者の反発があるのだろうか?

*5:子殺し,脳のエネルギーコスト,分散する性が哺乳類と鳥類で異なるのはなぜか,なぜメスのガはコウモリに似た音を出すオスを選ぶのか,精子は常に安いのか,性的寄生と矮オス,非血縁の養子をとる種,移動する集団の意思決定,オスメスともに鮮やかな種など興味深いテーマが多く取り上げられている

*6:この写真の有無が版の差によるものかどうかは確認できていない