第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その4

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大会二日目 12月13日 その2

 
午後から総会,招待講演という日程になる. 
 

総会

 
当然ながら総会もZoom.
いつもなら来年の大会のアナウンスがあるのだが,今回はこういう状況なのでまだ決めない(進捗は別途連絡)とのこと.
 

招待講演

 

身体に根ざした社会的認知発達 平井真洋

 

  • 身体に関する様々な側面に話をしたい.外側から,内側からの社会的認知についてを話したい.
  • まず外側から
  • (2枚の絵をフリップさせたときに女性の手と時計の針では動きの認知が異なることを示すデモ:時計の針だと最短経路で知覚されるが,ヒトの手だと回って知覚される)これはヒトの場合には筋肉や関節の動きがあるので,最短経路にならないためにこうなる.
  • (13点でヒトが歩いているように見える動画再生)このような点の動きだけでもヒトが動いていると知覚できる.男性か女性か,どんな感情を感じているかなども知覚できる.このような点の動画はモーションキャプチャーで作ることができる.今はキャプチャーなしで実動画からも切り出すことができる.
  • 読み取れる情報には性別,感情のほか,方向,意図,欺き,行為のカテゴリー,持っている荷物の重さ,二者相互作用,怪しい動きなどがある.

 

  • ではこれをどのように定式化するか.
  • これについて2つの倒立効果が重要.形態依存の倒立効果(全体をひっくり返すとヒトに見えなくなる)と形態独立の倒立効果(バイオロジカルモーション特異的なもの.足の局所の動きだけで方向がわかるがそれを倒立させるとわからなくなる.これは垂直方向の加速度情報が効いている)になる.
  • この2つは完全には独立ではなく相互作用がある.(点の動画を組み合わせたいくつかのデモあり)
  • 足の動きは空間的な注意の定位にも重要.左右どちらかを見ている顔の絵や写真を真ん中におくと視線がある方の物体の方に注意が向きやすいが,これは足の動きにも同じ効果がある.
  • なぜこうなっているのか.おそらく捕食者や養育者の検知に有用だったからではないかと思う.

 

  • このような知覚の神経メカニズムはどうなっているのか.(多数のイメージングによるこのような知覚に重要な脳の部位の紹介)ERPでは顔はN170の電位が,制止した身体画像ではN190が重要といわれている.ここで点によるバイオロジカルモーションで調べるとN170-200とN280-400が強く出てくる.
  • 前者が運動,後者が形ではないかと仮説を立て,実験によって検証した.ERP成分をバイオロジカルモーション(BM),スクランブルモーション(SM),静止点(St)で比較する.動きの処理ならBM,SMで低くStのみ高くなり,形態の処理ならBMのみ低く,SMとStで高くなるだろうと予測し,確かめると予測通りの結果を得た.さらに脳磁図により信号源を調べた.SM→BMという刺激とSM→(別の)SMという刺激の比較で調べることができる

 

  • 次に発達的な側面はどうなっているかを調べた.新生児は顔への選好があることで知られている.また視線方向への選好もある.
  • ヒヨコは親鳥のバイオロジカルモーションを選好するということも報告されている.ヒトでやると親鳥の動きとランダムモーションでは親鳥のバイオロジカルモーションを選好する.
  • 6ヶ月児でERPを調べている.BMに対してはN482-N586で反応が出てくる.これは学童期を通じて変化していく可能性がある.顔については11歳ぐらいまでN170が変化し続ける.

 

  • では背後にどういう原理があるのかという発達の理論
  • 顔・視線の知覚モデルでは初期の社会的刺激へのバイアス,それによる皮質の特殊化モデルがある.
  • このアイデアを受けてBM知覚発達モデルを作っている.現在ヒトの歩行に限定して,ステップ探知と体動作評価を分けるモデルを考えている.
  • ステップ探知は抽象的な加速度情報のある点の動きから歩行探知するもので,生後すぐに機能し皮質下が関与し,種に依存せず,学習に影響されないものを想定する.
  • 体動作評価はより詳細なヒトの動きに関する評価を行う仕組みで,学習の影響があって緩やかに発達し,皮質上が関与し,同種への鋭敏性があるものを想定する.
  • このモデルからは活性化する脳領域の違いや皮質損傷部位の違いによる反応の差,異なる課題についての異なる発達軌跡,同種・異種への鋭敏さが発達により変化することなどが予測される.

 

  • この検証を自閉症スペクトラムとの関連で考える.2歳のASD児で正立のBMへの選好がみられないこと,10歳で線分統合課題とBM課題をやってもらうとASD群でBM課題が苦手であるということが報告されている.これをもとにERPのBM-SM差分を採るとASD群とコントロール群では左半球に反応の差が出る.これはASD群でヒト形態検出処理が非定型であることを示唆している.

 

  • コミュニカティブな文脈での処理について.4ヶ月児では人が手を左右に振るか上下に振るかについて左右を選好する.これを点の動きだけにすると水平方向への選好が薄れる.9ヶ月児に手の振りの動作を見せた後で両側においたおもちゃの片方を指さして,それを覚えるかどうかをみると,水平方向の方がより覚える.これはコミュニカティブな文脈で学習が推進されることを示唆している.
  • また他者の動きからどのように学ぶのかについて,ヒトに(BMに関する)どのようなコアナレッジ(それに違背するものへの探索行動が誘導される)があるか.壁を乗り越えるような場合に飛び跳ねる動きを壁がないのに行うとそれは6ヶ月児の探索を誘導する.また4ヶ月児でも何かを差し出される動きはまっすぐ差し出されるより,(やや不自然に)曲線的に差し出される方をより見る.これがバーを越えて(曲線状に)差し出される場合とバーが無いのに曲線状に差し出される場合を比べるとバーが無い方をより見る.しかし横から第3者的に見た場合はこのような非効率的な動きへの選好はなくなる.まとめると対面での非効率的な動きに選好が生じているということになる.

 
 

  • ここからは身体の内部からの話.
  • 視点取得と身体の役割.自分の視点と相手の視点が異なることを理解できることを視点取得能力と呼ぶ.これを調べるには心的回転課題がよく使われる.ある向きにおいたおもちゃを隠し,そのまま台を回転させて,今どの向きかを聞く(心的回転課題).そして別の人形からみるとどう見えるか(視点取得課題)を聞いて比較する.これを調べると心的回転課題は4歳児で半分ほどできて,10歳ぐらいにかけて全員できるようになる.視点取得課題は4歳児ではほとんどできずに,10歳ぐらいで全員できるようになる.このエラーパターンを分析すると,視点取得課題だと自己視点に固執するエラーが特徴的に出る.
  • これはこの2つの課題を処理する脳領域が異なっているからだといわれている.心的回転課題では頭頂側頭接合部(TPJ)が活性化する.これは幽体離脱体験などに関わっているといわれている.
  • 次に隠したおもちゃの方向をあてる課題で子どもに自分が実際に台の周りを回転して動く場合と動くことを想定する場合でやってもらう.するとこの回転想起課題では(基本的に先ほどの視点取得課題を同じはずだが)視点取得課題より成績が良くなる.ただ自己視点固執エラーは残る.
  • まとめると心的回転課題と視点取得課題では異なる発達軌跡を描く.(自己視点固執誤答を考えると)これは身体位置を心的に変化させることが難しいためだと考えられる.

 

  • 別の非定型発達児童対象の研究としてはウィリアムズ症候群の子どもたちを対象としたものがある.ウィリアムズ症候群は7番染色体の一部欠損が原因とされており,(自閉症と逆に)超社会性があることが特徴.絶え間なくしゃべり,他人に関心が強く困っている人を助けようとする.
  • (写真のどこに注目するかを調べて)社会的注意を調べると,顔への注目がウィリアムズ症候群,定型,ASDという順序で強い.
  • 彼等に心的回転課題と視点取得課題をやってもらうと,視点取得課題が定型児より苦手であり,年齢によって改善しない.自己視点固執誤答も高いままになる.身体移動想起課題も苦手.これは身体移動のシミュレーション困難によると考えられる.

 

  • ASDの運動学習能力も調べている.横から力を加えられながら手を伸ばしていくいう課題をやってもらう.これで内部座標系と外部座標系のどちらを用いるかを見る.するとASD群では内部座標系では汎化するが,外部座標系では汎化しないことがわかった.
  • また(HMD利用により)視点変換された視覚入力が運動計画にどのように影響するかも調べている.これは定型児とかなり異なっており,ASD児は(視覚情報より)体性感覚情報により依存していると思われる.

 

  • ここまでは皮質上の話,皮質下ではどう関わってくるか.皮質上ではミラーニューロンシステムが有名だが,皮質下でも関係しているのかを調べている.視床下核は運動をやろうとするときに活性化することがしられている.そこで自身の運動経験がどのように行為理解を形成するか,そこで皮質下領域で知覚-運動処理を仲介しているのではないかを調べている.これに関してはシミュレーション理論(行為推測は運動経験に依存し変調する)と理論-理論(行為推測は自分の運動経験とは独立)があり,基底核に障害がある被験者で調べている.
  • フィッツの法則では,2つのバーを順次タッチする課題において運動時間は2つのバーの幅と距離に依存することが知られている.そしてこれは知覚領域でも成立していて誰かがそれをどうするかを予測するとき(知覚課題:実際には一定の速度でタッチしている映像を見せてこれが可能がどうかを判断してもらう)にも現れる.実際にやってもらうのは運動課題になる.
  • パーキンソン群と定型群で,この両課題をやってもらう.この際に動作主はあなた自身であるとしシミュレーション理論を採るように教示した場合と,そうでないと教示した場合を比較する.シミュレーションを採るように教示した場合,運動課題で定型とパーキンソンに差があり,知覚課題では差が無い.そしてシミュレーションを採らないように教示した場合すると運動課題では定型とパーキンソンで差が無いが,知覚課題では差が出る.
  • これはパーキンソン群で皮質下の機能不全が想定されるなかシミュレーション能力が補完されている可能性を示唆している.そして明示的に他者の動きを推定するように教示した場合に戦略を切り替えることについては困難に陥っているのだと思われる.

 

  • 本日のまとめとしては身体運動処理については2つの倒立効果があって2つのERPがある.そしてこれは身体情報に埋め込まれたコミュニカティブな信号と考えられる.そして仕組みとしてモデルを構築した.さらにその定型非定型の発達変化を新生児,ASD,ウィリアムズで調べた.
  • 内側からは他者視点理解における身体の役割について自身の身体操作,視点取得,ASDにおける体性感覚有意,また他者行為理解について皮質下が関与していることについて話をしたということになる.


発達認知科学や脳領域の話が多くて,あまり知らない話題だったので楽しめた.進化心理学的にはバイオロジカルモーションの解釈もモジュールの働きであり,さらにステップ探知と形態評価という2つのモジュールがありそうだということになるだろう.同じ視点取得課題も自分が動いたらどう見えるかと想起させると成績が改善するというのもどのようなモジュールが相互補完的に動いているかを考えると興味深い.
Zoom上でも活発な質疑応答がなされていた.
 
ここから優秀発表賞の発表.学会はオンラインだが賞状は実物をきっちり作って福岡から長谷川会長に送って署名した後受賞者に渡されるそうだ.
 

クロージング挨拶 長谷川眞理子

 

  • 今回はこういう形での開催となりました.いかがでしたか,お楽しみいただけたでしょうか.(事務局の)橋彌さん,ありがとうございます.
  • いろいろ見ていて,対面と同じというわけにはいかないが,いい議論ができたと思う.
  • 今回もいろいろな分野の人の話,若い人の話が聞け,嬉しかった.これからもいろいろ議論していければと思う.
  • 今までだと来年の大会についてもアナウンスするのだが,事務局で話し合ってみて,オンラインの場合も想定しながら検討を続けるということになった.
  • 今回のような状況で何ができて何ができないのかいろいろな試みがなされている.これはヒトのコミュニケーションについての壮大な実験という側面もあり,そういう意味ではいい機会だったと思う.
  • 皆さんに直接お会いしたいという気持ちは強くもっている.受賞の方はおめでとうございました.また次の機会に会えるのを楽しみしていいます.

 

事務局挨拶 橋彌和秀

 

  • 本来なら九州においでいただくところで,懇親会についてもやる気満々でした.来ていただくことができなくなり大変残念です.
  • オンラインはいいところもあるが,できないこともあると思っている.参加者の皆様にはいろいろご面倒をおかけしました.ご参加いただいてありがとうございました.今回はうちの院生にいろいろ手伝っていただきました.(Zoom上で皆拍手)
  • ではこれをもちまして第13回HBESJは終了といたします.ありがとうございました.

 
以上で大会は終了だ.オンラインへの切替の決断や準備はいろいろ大変だったことが想像される.私もこの場を借りて事務局の皆様にお礼申し上げたい.ありがとうございました.
 
 

<完>

第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その3

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大会二日目 12月13日 その1

 
二日目の午前中は引き続きLINC-Bizによる個別発表.
ここでは優秀発表賞受賞の発表を紹介しよう.
 

個別研究発表Ⅱ

 

自信のないメンバーの投票による集合愚の発生 黒田起吏

 

  • ヒトは集団的意思決定を行うが,それは集合知を生むことも集合愚を生むこともある.
  • 集団意思決定にコストがあるとき,集合知についてどのような問題があるかを考察し,行動実験,認知モデルで検証した.
  • ここではコストとして個人の機会費用に着目(これは従来の研究では無視されている).個人はそのコストを払って集団意思決定に参加するか,自分1人で決定するかを選ぶこと(これも従来の研究では集団離脱オプションは考慮されていない)ができるとする.すると集団から離脱する個人は,問題解決能力が高い,リスクに大胆,自分の能力への自信が高い傾向があるだろう.そして集団意思決定はそのような個人が抜けたときにどう変容するかが問題になる.
  • 本研究では集団意思決定を多数決として,個人が多数決から抜けられる場合にどのような条件下で集団愚が発生するかを実験により調べたものになる.
  • 63名の学生を用いて,ギャンブル実験(リスク態度を測定),ソロ課題実験(難易度の異なる認知課題を課し,それに対してその回答に賭けてどこまでチャレンジするかをみる:能力と自信を測定),投票実験(ソロ課題と同じ課題を出し,まず回答してもらってから,そのままチャレンジするかコストを払って多数決に参加するかどうかを選択させる)を行った.各人の試行回数は96回.各人のリスク態度,能力,自信は階層ベイズ推定により測定する(自信は主観正答率と正答率の乖離から推定する)
  • 結果1:リスクテイカーであるほど多数決から抜ける傾向,有能なほど多数決から抜ける傾向,自信があるほど多数決から抜ける傾向が見られた.
  • 結果2:課題が簡単なとき多数決はほぼ一貫して一匹狼より正答率が低かった.難しくなると優劣がつかなくなった.難しい場合も(参加コストがあるので)一匹狼の方が利得は高かった.
  • 結果3:このような多数決と仮に全員が参加していた場合の多数決を比べる.課題が簡単なときには投票数が多くなると正答率は(ほぼ100%となるため)互角になった.課題が難しくなるとこのような多数決は投票数に応じて正答率が単調増加しなくなり,全員参加の多数決に比べて正答率が低くなった.つまり集団から離脱できる場合には集合愚が生まれた.
  • これは個人と集団の間に利害対立がある場合には,集団からの離脱を生じて集合愚が生じる可能性がり,集合知研究においては個体の利害や集団離脱オプションという視点が不可欠であるということを示している.

 
これは最優秀発表賞受賞の発表.協力の進化の文脈では相互作用から抜けるという戦略についていろいろなリサーチがなされているが,集合知についても不参加オプションがあればどうなるかを調べたもの.ポイントは集合的意思決定に参加することにコストがあり,そこから抜けることで(集合知を受けられないリスクをとって)コストを避ける選択肢があるというところで,そうすると自分で問題解決できる有能な人はさっさと集合的意思決定から抜けて残った烏合の衆の決定の質が下がるということになる.この発表が面白いのは,さらにリスクテイカーや自信過剰な個人も抜けることを調べているところ,そして実際のデータとして決定の質が下がることを示したところ,課題の難易度によって微妙に結果が異なるところだろう.
LINC-Biz上では,現実社会の中でのこの研究の含意は何か(会社勤めか起業かということか),自信過剰と能力とリスク態度は相関するのかなどをめぐって活発に質疑応答がなされていた.


 

農村社会における家族形態の生成と社会構造の進化 板尾健司

 

  • 工業化以前の農村の家族形態を考える.子どもが結婚後も同居するかどうかで複合家族・核家族の区別が,兄弟間で遺産を平等に分配するか誰かが独占するかの区別があり,この2軸で,絶対核家族(非同居不平等:イギリスなど),平等核家族(非同居平等:フランスなど),直系家族(同居不平等:日本,ドイツなど),共同体家族(同居平等:中国,ロシア,インドなど)と分類できる.
  • ではこのような分岐は何によるのか.またイデオロギーと相関するように見えるのはなぜか(社会主義→同居,自由主義→非同居)
  • これを農村家族のライフサイクルをモデル化してシミュレーションする.手法的には家族とその集合である社会を考えてマルチレベル淘汰モデルとし,家族,社会それぞれ適応的なものが選ばれる過程を組み込む.
  • 前提としては,労働量と生産性は収穫逓減,(同居家族による)労働集約よりも(核家族による)分裂生産の方が総生産量は多い,1家族が使える資源は資源量/家族数,資源量が不十分な場合に核家族は社会レベルで不利益を受ける(これが分裂生産の利益とトレードオフになる),資源量と生存に最低必要な富の量は所与とし,分裂確率,遺産分配の不平等性がどう進化するかをみる.
  • シミュレーション結果1:資源量が大きい(肥沃な土地が人口に比べてたくさんある)場合には核家族が進化しやすい.資源量が小さい場合には複合家族が進化しやすい.生存に最低必要な富が大きいと平等相続が,小さいと不平等相続が進化しやすい.この所与のパラメータ2軸により4分類が説明できる.
  • シミュレーション結果2:進化系産後の社会における富の分布をみると貧困層は冪乗分布,富裕層は指数分布に近くなる.複合家族で貧困層が,不平等相続で富裕層が厚くなり,富の分布は家族形態でかなり説明できる.それは社会経済史の知見とも整合的.
  • 民族誌データを元に,親子関係および兄弟関係と社会経済にかかる諸変数の相関分析を行った.親子関係との相関をみると,男性優位信条,貧者の数が強く相関し,共有地の割合は弱い相関,富者の数とはあまり相関がない.兄弟関係との相関では権力への監視,内戦頻度が強く相関し,富者の数や対外戦争は弱い相関,貧者の数とあまり相関がなかった.これらもシミュレーションの結果と整合的と解釈できる.

家族形態を全体資源量と最低限必要資源という2つのパラメータだけで説明でき,社会経済史や民族誌の知見と一致するというエレガントな発表.最低必要資源量が小さいとそれ以外の自由投資部分を誰かに集中させる方が有利になるというのが興味深い.資源量が不十分だと核家族が社会の中で不利になるという前提がポイントのような印象だ.
この発表は前近代の農村社会が念頭にあるが,近代化以降は土地にしがみつかずに次男三男が独立して産業社会で食っていけるという状況なので,このモデル上では資源量が一気に拡大して核家族化したと解釈できることになる.実際そういうことかもしれない.LINC-Biz上ではこれに父系相続か母系相続かを入れ込むとどうなるかなどが議論されていた.


女性の配偶者数の増加が繁殖成功度を高めることにつながるメカニズムの検討 寺本理紗

 

  • ヒトにおいて生殖パートナー数の増加と繁殖成功度の関係はどうなっているかについての先行研究を見ると,男性では繁殖傾向が有意に高まっているが,女性については結果は様々であるようだ.
  • 1970年代以降女性の多回配偶の例が蓄積されており,これをどう説明するかについて,男性からより多くの養育投資を受けられる(直接利益),(魅力ある恋人の遺伝子という)追加的な遺伝的利益がある(間接利益).性的対立の回避,(一夫一妻の利益が少ないときに採る)代替的な戦略(敵対部族からの襲撃リスクの軽減,配偶者死亡などのリスク低減など)などが提唱されている.
  • 実際に報告されている女性の多回配偶の例には,複数の配偶者を同時に持つ場合と離別と再配偶を繰り返す場合の2タイプがある.
  • また多回配偶が繁殖成功を高めている例もいくつか報告されている.配偶パートナーを増やすことにもコストがかかりそうなことからなぜ繁殖成功が上がるのかは謎になる.
  • 現在わかっていること:生殖パートナー数増加が子ども数の増加につながるパスには男女差がある(男性では子ども数が大きく増えるが死亡率も増える.女性では数が増えても死亡率は変わらない).
  • 現在わかっていること:女性の場合,配偶者獲得能力が高い女性がパートナー数増加によって繁殖成功を高めることがある.また新しいパートナーからの強要によって子どもが増えることも,女性の選択によって子どもが増えることもある.元々妊娠能力が高い女性が多回配偶することによる場合もある.
  • しかしこれまで年齢による繁殖能力の変化と多回配偶の利益について検討した研究はなかった.

 

  • これを検討するために実際に女性が多回配偶によって繁殖成功度を高めている集団を調査してデータをとり,定量分析していくこととした.
  • 調査対象集団はボツワナ共和国の南東部に居住するカタ集団.もともとは牛の牧畜民だったが,現在は日雇労働と小規模牧畜の組合せになっている.牛はもともとは父系継承だったが,現在は男女とも相続できる.婚姻は恋愛による一夫一妻で,結婚には男性親族から女性親族へのウシの婚資が必要.婚姻成立していない場合は子どもは女性親族に帰属し,成立すれば男性親族に帰属する.未婚での出産が一般的で父親の養育投資は低い.
  • 今回は出産間隔を妊孕力の指標とし,同一パートナーと繁殖を続ける場合とパートナー変更が生じた場合の出産間隔を比較した.また女性の多回配偶のコストベネフィットを生涯規模で検討した.
  • 結果1:再配偶後の出産間隔は延びる(再配偶のコスト)が,累積配偶回数が増えるほど平均出産年齢は上がり出産間隔は短くなった.これにより生涯的に再配偶を続けている女性ほど繁殖成功度が高くなっている.(このため妊娠可能性の年齢カーブと多回配偶利益の年齢カーブは一致しない)
  • 結果2:出産間隔の短期化は若い時期に偏らず,年齢や再配偶回数にかかわらずに再配偶後の出産間隔は短くなった.これは出産が男性の強要ではなく女性の選択の結果であることを示唆している.

 

  • 議論:再配偶を繰り返し,より高齢時に繁殖利益が増加する要因には,男性女性の配偶選好の影響,女性の年齢による社会的地位の変化などが考えられるが,前者の可能性は低いだろう.また社会的地位が高くなった高齢女性には孫や甥姪の子育てヘルパーなどの選択肢も生じるので,このような戦略を採らない理由の吟味も必要になる.今後は男性側の戦略も含めた検討を行っていきたい. 

 
フィールドのデータはやはり面白い(発表では女性たちのインタビューの結果なども載せられていて臨場感もある).子を作るかどうかはある程度女性側に選択権があるようだ.そして年齢と共に社会的地位が上がって行くので,高齢になっても新しいパートナーとの子どもはほしいと思うということかもしれない.LINC-Biz上でも活発な意見交換がなされていた.今後のデータの蓄積が楽しみだ.
 

第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その2

 
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大会初日 12月12日 その2

 
招待講演の後はLINC-Bizによる個別発表.例年だと口頭発表とポスター発表に分かれるが,今回はすべてLINC-Biz上での発表となる.プレナリーでみんなで聞いて議論するということはなくなるが,LINC-Bizだと(ポスター発表と違って)個別の(じっくり時間をかけて考え抜いた応答も含め)議論がすべて可視化されるので,より充実した部分もあるという感想だ.
 

個別研究発表 I

 
個別発表は初日と二日目それぞれ2時間が当てられており,後半1時間がコアタイム(初日が奇数番号,二日目が偶数番号)と割り当てられている.LINC-Bizだけでなく個別のZoomでの質疑応答も可能だ.
 
ここでは私が興味深かったものをいくつか紹介しよう
 

利他的サイコパスとは? -SVOと年齢による検討- 仁科国之

 

  • サイコパスは基本利己的に振る舞うが,合理的な判断として(なんらかの見返りがあると判断して)協力的,利他的な行動をとることがある.例えば独裁者ゲームで友人により多くの金額を提供することが報告されている.
  • では見知らぬ人に協力的になることはないのだろうか.そこでサイコパス傾向のあるヒトがどのような環境で協力的になるのか,特にSVO(社会価値選好:pro-selfかpro-socailaか)の状況,年齢に注目して調べた.(ウェブ上の調査)
  • 結果は(1)サイコパシー傾向が高くとも友人には協力的(先行研究の確認),(2)サイコパシー傾向が高く,pro-social選好がある場合,若い年代(20〜40歳)では見知らぬ他者に協力的だが,高齢(40歳〜)では見知らぬ他者に協力的でなくなる,というものだった.
  • 年齢効果の要因としては向社会性が配偶選択されるために若い年代でより有利になること,高齢期には(引退するなど)社会環境が変わって利他行動の有利性が減ること,加齢による前頭前野の衰え(本当は向社会的に振る舞う方が有利な場合でも認知機能の低下によりぼろが出る)が影響していることが考えられ,今後要検討である.

 
若いうちは異性へのアピールとしての利他性に互恵効果を越えた有利性があるが,40を越えるとその有利性が減るというのも面白い着眼だし,認知機能が低下したために本当はここで利他的に振る舞った方がのちのち得かもしれないが,本来の利己的な衝動が抑えきれなくなりぼろが出るというのもいかにもありそうな話だ.今後の進展を期待したい.
 
 

現代日本の男性の社会経済的属性と再生産行動 小西祥子

 

  • 20〜54歳の日本の男性4000名を対象にオンライン調査した結果の発表
  • 楽天インサイトモニターを利用して年齢,学歴,収入.配偶状況,子ども数.過去1ヶ月の性行動(頻度,相手人数)をアンケートした
  • 結果:年齢が高いほど子ども数,セックス相手数が多かった.収入は子ども数には少し相関があったがセックスパートナー数とは相関がなかった(年齢と収入には交絡の可能性があることは意識されている).学歴が高いと子ども2人以上持つオッズ比が低かった.大学院卒では複数のセックスパートナーを持つオッズ比が低かった.

 
生のデータが大変面白い発表.特に学歴と子ども数やセックスパートナー数に負の相関があること,そして年収とセックスパートナー数の相関がないことは興味深い.発表者は学歴と子ども数,セックスパートナー数との関係について経済的理由よりも性規範との相関を示唆しているのではないかと考察していた.
質疑応答では子ども数は結婚年齢要因が大きいのでそれを調整した方がいいのではないか,セックスパートナー数は真の人数よりも報告バイアス(セックス自慢で誇張する,性規範や浮気発覚リスクから過小報告する)の影響ではないかなどが議論されていた.
 
 

Exit optionがある場合の3人囚人のジレンマゲームの進化ゲーム理論に基づく解析 黒川瞬

 

  • 協力行動の進化を説明するメカニズムの1つとして提唱されている「協力者との関係は維持するが,非協力者との関係は打ち切る」という戦略について,3者間相互作用において協力の進化条件をシミュレーションした.
  • 3人囚人ジレンマで協力者はコストcを払い,協力すると自分を含めた3個体がb/3を得る.
  • ラウンドごとに各個体は関係継続か打ち切りかの意思表示を行い,n個体が打ち切ると意思表示した場合にはpnの確率で関係は打ち切られる(p0≦p1≦p2≦p3=1).関係が打ち切られると打ち切られた個体同士でランダムにグループが形成される.
  • ラウンドとグループ形成が繰り返され平衡状態に落ち着いた後,そのときの利得に応じたレプリケータダイナミクスにしたがって戦略の頻度が変化する.
  • 結果1:(p0,p1,p2,p3)=(p, 1, 1, 1)のときには寛容な(関係を継続しようとする)協力者が進化しうるが,(p, p, 1, 1),(p, p2/3, p1/3, 1),(p, p, p, 1)のときには寛容な協力者は進化し得ない.
  • 結果2:同じく(p, 1, 1, 1),(p, p, 1, 1),(p, p2/3, p1/3, 1)のときには協力が進化しうるが,(p, p, p, 1)のときには協力は進化し得ない.
  • 結果3:上記すべての場合において4戦略が共存する状態には進化しない.(寛容な協力者と非寛容な協力者は共存できない)

 
寛容さの進化と協力の進化が絡み合っていてなかなか結果の解釈が難しいという感想.質疑応答ではこのシミュレーションでは3人のうち協力者2人が残って非協力者を排除することがないという前提になっていることについてのgroup cohesionを絡めた議論,グループ形成のコストがかかる場合はどうなるかなどの議論がなされていた.
 

第13回日本人間行動進化学会(HBESJ Fukuoka 2020)参加日誌 その1

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本年の日本人間行動進化学会は福岡開催の予定だったが,CIVID19感染拡大の状況下,事務局は九州大学および西南学院大学のままオンライン開催となった.現在日本のほぼすべての学会がオンライン開催になっているようで(なお一部にはハイブリッド型開催の学会もあるようだ),残念ではあるが,ある意味当然の措置ということになるのだろう.招待講演と総会はZoom,一般発表はLINC-Bizによって執り行われることとなった.
 

大会初日 12月12日

 
定刻少し前あたりからZoomに三々五々参加していくという形.長谷川会長や事務局の橋彌さんがZoomで少し雑談されて雰囲気が和む.定刻になり,開会が宣言され,会長挨拶に
  

挨拶 長谷川眞理子

 

  • 今回は新型コロナで皆で集まることができずに残念だ.しかしオンライン会議などの情報技術が進んでいたおかげで何とかこういう形で開催できた.世の中が動いていることを実感する.
  • 今年度の学会はほとんどこういう形で開催されている.私も講演が5つあったが,そのうち4つがZoomだった.オンライン講演では聴衆の反応が全くわからない.少し前に鳥取西高校の850人の生徒相手にZoom講演したが,受けているのかどうか全くわからなかった.
  • 現在のこういう状況はヒトのコミュニケーションが遠隔でどのように変わるのか全世界で実験しているようなものかもしれない.文明が変わっていくのか,それをヒトがどう考えるのかを観察できる稀なチャンスでもある.HBESにとっても面白い機会だと思う.
  • 直接会えないのは残念だが,この機会にいろいろなことがわかればいいとも思う.

 
 

招待講演
文化進化―文化心理学の現在、そして新たな展開からの考察 増田貴彦

招待講演は文化心理学者の増田貴彦によるもの.カナダからのオンライン講演となった.
 

  • 北米で25年ほど文化心理学のリサーチを行ってきた.進化心理学や人間行動生態学からみると門外漢ということになるが,北大に縁があり,毎年夏に帰って教えていたりするので,山岸先生や亀田先生の話はオンタイムでよく聞いていて,ある意味憧れのような気持ちを持っている.
  • 今日は自分の専門分野である文化心理学が文化進化研究とどの辺で共同できそうか(というよりそれについて試行錯誤している過程)について話したい.
  • 構成としては文化心理学のフレームワーク,最近の文化心理学リサーチの動向,文化進化研究のフレームワーク,この両分野の共通理論前提,ミクロ文化伝達モデル,現在進行中の研究という順序で話したい.

 

  • 文化心理学では文化の比較研究を行う.1980年代にはホフステッドが東洋と西洋の文化を比較し集団主義と個人主義で解釈する研究を行い,同様の比較研究が様々なところで行われた.その他の比較研究も大体ナイフですぱっと2つの文化類型を切り分けるというようなものが多かった.(集団主義vs個人主義,相互独立性vs相互協調性,分析的認知vs全体的認知,水平指向vs垂直指向,緊張vs緩和,強さvs弱さなど)
  • しかしこのような研究の多くはアンケート調査であり,90年代からはもっと別の方法論が求められるようになった.
  • ここで登場したのがブレナー,シュウェダー,ギアツだった.彼等は文化と心のプロセスを分けるのではなく,包括的に理解しようとした.そのあたりから普遍的な理論よりも文化特有の理論を作るべきだという気運が高まった.

Thinking Through Cultures: Expeditions in Cultural Psychology

Thinking Through Cultures: Expeditions in Cultural Psychology

The Interpretation of Cultures

The Interpretation of Cultures

  • この流れにある研究としてはマーカスによる相互協調的vs相互独立的の理論やニスベットによる包括的思考vs分析的思考の理論がある.
  • 私自身はミシガンでニスベットに師事し,25年間アテンション(注意)に着目して文化比較(特に東アジアと北米の比較)を行ってきた.これから進むべき文化心理学リサーチの方向について,文化→心理,心理→文化,文化伝播,神経科学という視点からお話ししたい.

 
<文化→心理>

  • 北米文化と日本文化では注意について,北米が中心に注目,日本は周辺まで目を配るという傾向の違いがある.(水槽に魚がいるイラストを見せてどう説明するかという実験が説明される)

 
<心理→文化>

  • 絵画で水平線(地平線)をどの高さに描くかについて文化差がある.北米ではフレームのかなり下の方に,日本ではかなり上部に描く傾向がある.
  • 名画で分析すると時代的な傾向も得ることができる.1600年ぐらいからみると日本画ではかなり高い位置にあり明治維新前後に西洋絵画が流入するとその影響を受けて少し下がるがまた高くなる.西洋画ではかなり低い位置から始まり日本画の影響を受けるジャポニズムの時期に少し高くなっている.西洋絵画は歴史的にて水平線が上がっているが,今でも文化差がある.
  • これはプロの画家だけでなく一般人の絵でも水平線の位置は異なる.

 
<文化伝播>

  • 注意の文化差は何歳ぐらいから見られるようになるのか.カナダと日本の子どもに5人の子どもが並んでいる絵(真ん中の子だけ大きく強調されている)を見せ,5人の表情のうち真ん中の子の表情を評定してもらい,それが周りの子の表情に影響されるかをみる.カナダではあまり周りの子に引っ張られないが,日本では引っ張られる.このパターンは7歳ぐらいからみられて10歳頃にはっきりする.

 
<神経科学>

  • 文化がどこまで身体の中(脳)に入っているか.経験がどうしみこんでいくのか,可塑性があることを示していくというリサーチ方向で文化神経科学を目指したい.
  • 今取り組んでいるのがERP(事象関連電位)研究.例えば絵の中に背景とマッチしない物体があると,そうでない場合に比べて(絵画提示後)400ミリ秒あたりに脳波の相違が観測される.このN400の電位は西欧系カナダ人の方より日系カナダ人の方が高くでる.
  • これを周りの人の表情と真ん中の人の表情が異なる絵を見せて調べると,同じくN400の電位は日系の方が高くでる.

 

  • このような知見は現在心理学の中で問題になっているヘンリッチが提示した「WEIREDest people」問題とも関連すると思っている.(WEIRED問題について解説あり)
  • そしてユニバーサルが何かについてもっと詳細に考えるべきということが提唱されている.例えば心の理論はユニバーサル,論理的リーズニングや注意のパターンは機能的にはユニバーサルだがアクセシビリティには文化変異がある,動機や感情表現には機能的にも変異がある,文化特異技術や道具はユニバーサルではないなどの区別をするべきだということだ.
  • 文化心理学のメッセージとしては,西洋のデータでヒトのモデルを作るのはもう少しよく考えてみた方がいい,ユニバーサルを考えるときにはドメインごとに明解に語るべきだということになる.

 
<文化進化と文化心理学>

  • このようなスタンスにある文化心理学者が進化リサーチで最も親和性を感じるのは文化進化の研究ということになる.代表的なのはメスーディたちのものだ.(文化心理学者に最もよく読まれているのはメスーディになる)

  • そこではなぜ文化差が生じるか,なぜそれが地理的に区切られているのか,文化はなぜどのように変化するのかを追求している.
  • そしてそのメソドロジーとしてダーウィニアンロジックを使う.変異,適応度,継承過程を考えるのだ.これは遺伝子を越えたところにも使える.
  • 文化進化に対して親和性を感じるその他のポイントとしては,ユニバーサリティについてのうがった見方,コスミデスやバスと違って文化的な変化を追求しているところがある.フェルドマン,カヴァリ=スフォルツァ,ボイド,リチャーソンたちの二重継承理論はまさにそのような特徴を持っている.彼等の文化の定義は文化心理学者のそれとよく似ている.
  • 文化心理と文化進化の共通点としては,累積的な文化学習,過剰模倣,規範への感受性などを認めていることがある.

 
(ここから文化の小進化の理論的説明がある.垂直,斜行,水平伝播,プレスティージバイアス,一致バイアス,ガイドされた変異などが解説される)
 

  • 具体的な研究としてはメスーディたちの2016年のものがある.ロンドンのバングラデシュ移民の子どもに対する,親から,バングラデシュ系の大人から,英国の大人から,英国の子どもからの文化伝播を調べたものがある.これ自体そんなにきれいな結果ではないが向かうべき方向としては素晴らしいと思う.

 
<現在進行中のリサーチについて>
 

  • これまで25年間アジアと西洋で比較してきた.WEIRDの議論もあるその外に出たいと思っている.
  • 西洋東洋の比較以外でのリサーチとしては,ニスベットによるアメリカ南部の牧畜と相互独立性(independence)と名誉の分化の関係の理論を中東の牧畜文化と比較したものがある.すると牧畜と名誉の文化はあったが,そこでは相互独立性ではなく相互協調性(interdependence)の文化だった.また中国の(黄河流域の)小麦文化圏と(長江流域の)米文化圏の比較.生業-文化-行動様式を比較したものもある.

 

  • それで洋の東西を越えて何か出したいと思いっている.今注目しているのはモンゴル.ステップ気候,牧畜,チベット系宗教,1990年まで共産主義でそこから無血革命で民主化した.主観的には遊牧民だが,ウランバートルに人口の1/3が集中している.
  • まずは絵の描き方を調べている.水平線の高さの年齢別のグラフを調べると,日本と似ていて最初低いところからだんだん高くなる.カナダの子どもよりは常に高い.(このほか動物の描き方などいろいろ楽しいプレゼンあり)

 

  • もう1つ着目しているのは移民の方の日々の行動.例えば日本とカナダでは雪だるまが異なる.(カナダでは3段で,尖ったニンジンのような鼻を付け,小枝で作った手を加える*1)これが両親,先生,友達からどのように影響されるのかを調べている.なお私の子は見事に3段の雪だるまを作った.
  • また中国系の移民が子どもと添い寝するかどうかも調べている.(北米では添い寝は危険であり離れた部屋で寝かせるべきだという規範が強い)調べてみると第1世代の中国人では基本的に添い寝の文化を保っていた.

 

  • また注意が中心か周辺も含めるかという問題が親子でどう伝播されるのかも調べている.6歳ぐらいまではアジア型と西欧系で違いがないが,7歳頃から差が出ることがわかっている.これをまず子どもが1人で課題をし,その後親と会話してから課題をするという形で調べる.親との会話が注意に影響を与えるかどうかは6歳まではあまりないが,7歳以降現れるようになる.

 
<最後に>

  • 文化進化と文化心理学には共通のトピックがある.
  • 文化進化学者は理論に傾き,文化心理学者はフィールドに傾きがちだ.文化心理学者は文化産物や行動様式に詳しい.文化進化学者は文化心理学者にリサーチの方向性を示唆することができるだろう.
  • 両分野とも文化を取り入れたヒトの心についての理論を発達させることができるだろう.今後の共同研究を是非ご検討ください.

 
以上が講演内容になる.この後質疑応答となり文化の定義,文化を環境としてみたとき(ヒト特有の)意味システムとしての文化をどう考えるかなどについていろいろな議論が交わされた.
 
文化心理学という分野についてはあまり認識がなかったのでいろいろと勉強になった.ニスベットの名誉の文化は進化心理学関連の本でもしばしば紹介されて有名だが,それが含まれる比較文化研究分野がしっかりあるというわけだ.絵の水平線の位置の話は今まで意識したことがなかったので楽しかった.なぜそうなるのかも興味深い.より俯瞰的な視点(あるいは上から目線)なので水平線が上がるということなのだろうか.
 
関連書籍

ニスベットの名誉の文化に関する本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20090707/1246964549

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

 
原書 
メスーディ本の邦書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20160614/1465901048

*1:アナ雪のオラフは(鼻と手は確かにここで説明されたカナダ型だが)その体型にあまり違和感なかったので2段ではなかったかと思って後で確かめたら,動きはヒトに似せるために2段的な側面(上から2段目と3段目はかなり固着的に描かれている)もあるが,体節としてはしっかり3段だった.日本人は1段目を頭,2段目を手足なしの身体と認識しているが,北米人は2段目と3段目をそれぞれ何に対応させているのだろう.

書評 「進化生物学からせまる」

進化生物学からせまる (シリーズ群集生態学)

進化生物学からせまる (シリーズ群集生態学)

  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 単行本

 
本書はシリーズ群集生態学の第2巻になる.出版は2009年で,私としてはアダプティブダイナミクスの勉強のために購入し,該当箇所だけ読んでそのままになっていたところ,先日このシリーズの第1巻「生物群集を理解する」(2020)を読み,これは第2巻もきちんと読まねばと思って取り組んだ一冊になる.
 
群集生態学は「生物群集はどのようなパターンをとり,それはどのように生みだされるのか」を考察する学問であり,特に群集の多様性がなぜ生まれるのか,多様性と生態系の関係がテーマとなってきた.そこでは今ある生物の特徴からの議論が基本であったわけだが,生物である以上当然進化的な視点から考察していくことが実りある知見につながる可能性が高い.本書は進化(および表現可塑性)による生物の特徴の変化が群集にどういう影響を与えるか,そして群集や生態系の特徴がどのような進化を生みだすかが取り扱われている.構成としては第1章で生物特徴の進化(および学習・表現可塑性)が生態系に与える影響が総説的に解説され,第2章〜第6章ではそれぞれ間接相互作用,進化的歴史,表現可塑性,共進化,系統淘汰がテーマとして取り扱われている.そして生態ゲノミクスとアダプティブダイナミクスをテクニカルに解説する長めのコラムがあり,最後にまとめの章がおかれている.第1巻と同じく濃密な書物になっているので,章ごとに私が興味深く感じたところを中心に紹介しよう.
 

第1章 適応による形質の変化が個体群と群集の動態に影響する
  • 1990年代までの群集生態学では生物間相互作用の変化については種内ではなく種間の差異が注目されていた.変化する生物間相互作用の重要性は近年になって理解され始めた.

 
<捕食被食関係>

  • 餌生物の防御形質に可塑性があると,その防御形質と捕食者の個体数の間にフィードバックがかかることで両者の個体数の変化はより緩やかで安定なものになると予想されるが,実証的な研究例は少ない.
  • 学習による回避行動の変化が個体群動態パターンにどういう影響を与えるかはほとんど調べられていない.ただし鳥において脳サイズが大きいほど新奇環境に侵入しやすいという種間比較研究はある.
  • 進化が個体群動態に影響を与えることは50年以上前から指摘され,数理モデルによる理論研究がなされてきた.しかし実証研究でこれらの仮説を明示的に検証できた例は少なく(ワキモンユタトカゲの例が紹介されている:r淘汰的形質とK淘汰的形質があり,捕食者密度に応じて(進化適応として)頻度が変わり,捕食者個体数との相互作用でその頻度が振動している.),形質の進化が与える個体群動態への影響についての統一的な理解はまだ得られていない.(可塑性や学習の影響と進化の影響では,状態変化が継続する時間スケールや変化する範囲が異なり,適応の場合には淘汰圧から形質変化までのタイムラグがある)

 
<食物網>

  • ギルド(同じ資源を似た方法で利用している生物の集まり)内で種によって資源利用の詳細が異なることについては,競争排除説,それぞれ独自に適応が生じた説,過去の競争で資源利用が異なるように進化した説(ニッチ分化説)がある.ニッチ分化説は適応進化により食物網の構造が変化することを捉えたものになる.ニッチ分化説の理論的研究は進化適応より個体群動態が素速く進むことを仮定し,適応動態の平衡状態を求めるものから始まった.

 
<捕食形質や防御形質の変化の効果>

  • 最適採餌理論からは個体群動態に応じてスイッチング捕食が生じることが予測される.これが素速く生じるなら安定化効果が生じ被食者が存続しやすくなると考えられる.最適メニュー選択も同じ効果があると考えられる.
  • 防御形質が捕食者特異的か一般的かによって安定化効果は異なる.捕食者が2種以上あると特異的防御は捕食者の個体群密度によってスイッチされることになり,2種の捕食者の存在を安定化させる.
  • これらの考察には情報の完全性や生物種の識別コストがないことなどの前提があることに注意すべきである.

 

  • 今後の展望としては,変化のメカニズム(可塑的変化,学習,進化)の違い,時間スケール,空間スケールの違いが群集動態への影響にどのような違いをもたらすかの解明が進むことが期待される.

  

第2章 適応と生物群集をむすぶ間接相互作用

 
第2章では形質変化が群集に与える影響のうち,特に3種以上の生物種の相互作用における間接的な影響(間接相互作用:見かけ上ある種が別の種に影響を与えるようには見えないが,第3の種への影響を通じて間接的に影響を与えるもの)が扱われている.
 

  • 間接相互作用には密度介在型と形質介在型がある.間接相互作用をはじめて明確にしたのはペインによる岩礁におけるヒトデ(最上位捕食者)除去実験だ.ヒトデを除去すると被食者のムラサキガイが増え,ムラサキガイの被食者であるカイメンやイソギンチャクが減少した.これはキーストーン種の概念を生んだ.この例は密度介在型の間接作用になる.
  • 形質介在型の間接作用には,食害を受けた植物の(誘導防御反応や補償反応などの)可塑的反応の影響が食植者にとっての資源の質の変化を招き,それが食植者と他の生物の相互作用に影響する例,植物への菌類の感染が植物群集の構造を変える例,捕食を受ける動物の行動変化が他の生物との相互作用に影響する例など数多く報告されている.これは普遍的な現象であり,密度介在型よりも形質介在型の間接相互作用の影響の方が圧倒的に大きいと考えられる.
  • 間接相互作用も生物の環境の1つなので,それに対して進化適応が生じうる.これはつながりのある種間での連鎖的な共進化となる.(虫こぶを作るミバエとミバエの天敵3種にかかる進化動態が解説されている)

 

  • 今後の展望としては,食物網における間接相互作用の重要性,進化生態学アプローチの取り入れ(群集構造や生態系は優占種やキーストーン種の延長された表現型と考えることもできる),分子遺伝学やゲノミクス手法の取り入れなどが期待される.

 

第3章 生物群集を作る進化の歴史

 
第3章では過去の種分化や絶滅(進化的歴史)が現在の生物群集に与えている影響が扱われる.
 

  • 近年の分子データによる系統推定手法の発達により,生物群集を構成するメンバーが系統的に偏っているのかランダムなのかを調べることが容易になった.熱帯雨林の樹木については狭い空間に共存する種は有意に近縁であることが報告された.ウェッブはこれは近縁のために類似した生態学的性質を持っているからではないかと考え,生態的性質と系統関係の様々な場合とそれが生じる原因について整理した.
  • ウェッブの整理は分岐の時期や収斂の有無まで考えると一般的に成り立つとは限らない.特にニッチの分化が進化によって生じるのかどうかが問題とされ,様々なリサーチにつながった.
  • ピーターソンは中米の哺乳類,鳥類,チョウを用いて異所的に生息する近縁な2種の潜在的生息地が大きく異なることを見いだし,これはニッチの保守性のためであるとした.その後のニッチの保守性に関するリサーチが多くなされたが,ニッチの保守性については支持する例も支持しない例もある.ニッチが変わりやすいがどうかは生物によって異なると考えられる.
  • これは基本的には進化の方向性と制約の問題であり,遺伝子制御ネットワーク,遺伝子浸透や移住荷重などの外部的制約の議論につながった.

 

  • 生物群集の構成がどれだけ進化的歴史に影響されるかは移動分散,(ニッチ生態にかかる)形質の進化しやすさによって異なる.進化しやすい場合において,競合2種の形質は資源分布や初期条件によって分化する場合も収斂する場合もある.進化しにくい場合には祖先形質の影響が大きく,系統的に近い2種は競合によってどちらかが絶滅しやすくなる.系統が異なり進化しにくい形質を持つ種が群集を構成する時には異なる機能を持つ種が群集内で共存するようになる.この場合群集の生産性を増大させる可能性がある.

 

  • 生物多様性の決定プロセスについてはニッチ説と中立説の間で争われ,様々な検証リサーチが行われている.また理論的にも移動分散,起源生態ゾーンにおける種分化,種分化率と絶滅率の差(進化的増加率)の重要性が議論された.
  • 低緯度でなぜ多様性が高いのかについてのtropical conservatism仮説は,多様な熱帯の種は熱帯で種分化し最近温帯地域に移動したこと,熱帯と温帯で進化的増加率は異ならないが,生物は熱帯で長い時間をかけて種分化していること,ニッチ形質が安定的であるために熱帯から温帯への移住には制限があること,多くの系統は熱帯で起源していることから説明する.
  • 検証リサーチは様々になされており,鳥や哺乳類では熱帯の方が進化的増加率が高い,熱帯では種分化率も絶滅率も高いなどの結果が報告されている.現時点ではこの問題について断定できることは少ない.

 

  • 種分化率に影響を与える要因には地理的・地史的要因,分断淘汰や多様化淘汰にかかる生態的要因,集団遺伝学的要因,生殖隔離にかかる分子・発生・遺伝的要因などが考えられる.このあたりには様々な議論がある.(分散能力と種分化率の関係,ニッチの空きの重要性,交雑前隔離にかかる形質の重要性,動物の性淘汰形質や植物の受粉促進形質の重要性,同所的種分化の生じやすさなど)

 

  • 群集の構成の影響を与える進化史的なイベントとしては絶滅がある.大量絶滅の様相,大量絶滅時の絶滅の選択性,適応進化が絶滅しやすさにつながる可能性,絶滅しやすい形質はあるか(スペシャリスト,体サイズ,浮遊生活の有無など),系統間,分布域による絶滅率の違い,背景絶滅率に影響を与える歴史的イベント(大陸間の接続,捕食者の出現など),大量絶滅からの復帰過程,現代のヒトによる大量絶滅の様相,絶滅が生じた際の群集や生態系への影響などが議論されている.

 

第4章 他種系における表現型可塑性

 
第4章は2種,3種系における表現型可塑性を扱う.具体的にエゾアカガエルとその捕食者であるサンショウウオ,ヤゴについてのリサーチが詳しく紹介されていて,研究物語のような趣もある章になっている.
  

  • エゾアカガエルは林縁部の水たまりに春先に産卵し,孵ったオタマジャクシは(同じくそこに産卵され孵化した)エゾサンショウウオの幼生に捕食される.
  • エゾサンショウウオ幼生には通常形態と頭でっかち形態がある.頭でっかち形態はオタマジャクシの引き起こす振動により誘導され,オタマジャクシを効率よく丸呑み捕食できる.
  • エゾアカガエルのオタマジャクシには通常形態,膨満形態,高尾形態がある.膨満形態はサンショウウオの近接的手がかりによって,高尾形態は(同じく捕食者である)ヤゴ(を含む多くの水生捕食昆虫)の遠隔的手がかりによって誘導される.膨満形態はオタマジャクシを丸呑みにするサンショウウオ幼生に特化した防御体型であり,高尾形態は(行動防御を通じた)多くの捕食者に対応できる一般的防御体型である.オタマジャクシは捕食者の種類,存在被存在に対して可塑的に形態変更を行える.
  • これらの可塑性は共進化を生じさせていると考えられる.地域的な分析を行った結果,サンショウウオの生息しない島のオタマジャクシは同じサンショウウオ刺激に対して膨満形態への変化が小さく,それには遺伝的基盤があることがわかっている.(コストによる負の淘汰によるものか,中立による有害変異の蓄積によるものかは不明)
  • 今後の展望としては,エコゲノミクスの利用,生物群集全体に与える(共進化形質である)多種可塑性の影響の考察がある.

 

第5章 共進化の地理的モザイクと生物群集

 
第5章では特に共進化が詳しく取り上げられている.
  

  • 共進化は最近まで種レベルの現象としてとらえられてきた.しかし最近同じ2種で起こる共進化であっても地域間で異なる動態がみられることが報告されるようになった.
  • トンプソンは共進化について,「種レベルの自然淘汰の強さは地域間で異なる,共進化の強い地域(ホットスポット)と弱い地域(コールドスポット)がある,地域個体群間で遺伝子流動があると形質の空間的混合が生じる」という地理的モザイク仮説を提唱した.
  • 野外での軍拡競争的共進化事例で詳細がリサーチされているものは少ないが,ツバキシギゾウムシの口吻長とツバキの果皮の厚さの事例については比較的よくわかっている.この系では地域によって共進化のかかり方が異なっており,地理的モザイク仮説を支持している.
  • 地域間で共進化淘汰圧が異なることは,淘汰圧を生む環境が外部環境と他種遺伝子型の両方に関わるからだと考えると理解できる.これは外部環境条件を地理的勾配として組み込んだモデルで解析できる.例えば捕食被食関係では,被食者の増殖率が高く密度効果が少ない環境下では被食者も捕食者も増加して防衛形質に強い淘汰圧がかかり共進化が進む事になる.
  • このモデルは大腸菌とバクテリオファージ系,ツバキとツバキシギゾウムシ系でそれぞれ検証されている.後者の場合緯度が光合成量を決め,それが共進化淘汰圧を決めていることが示されている.

 

  • では外部環境として資源量ではなく群集の種構成を考えるとどうなるだろうか.北米のマガリガの1種はユキノシタの1種の胚珠に産卵する.ユキノシタにとってマガリガは種子食害者であるが送粉者としても機能している.この2種だけの系を見ると(送粉の利益が大きく)相利共生系になる.しかしユキノシタはツリアブなどの他の送粉者がいればマガリガ産卵胚珠を中絶するようになる.これはツリアブなどのジェネラリスト送粉者がどのぐらい存在するかという群集構造が共進化淘汰圧を変えていると見做すことができる.(このほかにダーウィンフィンチの島ごとの種構成と共進化動態の違いについてのリサーチも紹介されている)
  • 北米のロッジポールマツの主要な種子食害者はアカリスになる.この場合マツは基部の鱗片を厚くするという防衛形態をとる.しかしアカリスのいない地域ではイスカが主要な食害者になり,そのような地域ではマツは先端部の鱗片を厚くして防衛する.イスカはリスのいる地域では(イスカ向きの防衛がないので)比較的細くて曲がりの緩いクチバシをしているが,リスのいない地域では大きくて曲がったクチバシをしている.これはリスの有無によりイスカとマツの共進化淘汰圧が異なっているとみることができる.そして(中間的なクチバシではどちらの地域でも不利になるため)地域ごとにクチバシ形態が離散的に異なる個体群となったイスカにはさえずり音の変化から生殖隔離が進行する可能性が生じる.実際イスカはクチバシの形態とさえずりで分類される9つのコールタイプからなる種群を形成している.これは群集構造から受けた共進化淘汰圧の違いがさらに群集構造に影響を与える例とみることができる.

 

  • 地域個体群間の遺伝的交流は共進化にどのような影響を与えるか.局所適応は遺伝子流動の程度によりマイナスの効果とプラスの効果を受ける.局所的にそれぞれの最適形質に安定化淘汰がかかっているとするなら,遺伝子流動頻度が高い場合には個体群間の適応的分化を生じにくくさせ,頻度が低い場合には有効な突然変異の源となって適応が進むことになる.
  • ツバキとツバキシギゾウムシの共進化系について調べてみると,ゾウムシの個体群間の遺伝的変異が小さいにもかかわらず,口吻長の日本各地の地理的分化を説明する最も重要な機構はツバキの防衛形質に対する局所的適応であり,遺伝的流動や遺伝的浮動などの中立的な要因の効果は小さかった.ただし数キロメートル程度のさらに小さなスケールでの地理的分化については遺伝的流動がマイナスの効果を与えている可能性がある.
  • 共進化系の2種で移動分散能力が大きく異なっている場合には,移動分散能力が小さい種は局所的最適に分化し,能力が大きい種はそれぞれの地域で有利になる対立遺伝子を移動によって供給するという形になることがある.(アマとサビ菌の例が解説されている)
  • 両種の遺伝子流動が軍拡的共進化を加速させることもある.遺伝子対遺伝子型の相互作用をする蛍光菌とファージの系では攪拌により両種の個体の移動が促進され,その結果寄生率が上がることで抵抗性への淘汰圧が上がり,さらにそれに対抗する形で共進化が進む.

 

  • ツバキとツバキシギゾウムシのような形質に投資するコストが軍拡競争的に増大する共進化系では,共進化が進むと適応地形全体が沈み込んでいき,片方あるいは両方の種の平均適応度が減少するだろう(共進化の強さによって地域間で絶滅リスクが異なってくることになる).

 

  • 近時自然淘汰による進化過程が急速に進行しうることが認められるようになっており,生態的過程と進化的過程を同時に追跡する方法論が求められている.そこで重要になるのは(分子系統地理学の手法も利用できる)「地理的比較」という方法論になる.
  • 群集の理解のためには3種以上の多種系で生じる拡散共進化のリサーチの充実も望まれる.
  • 最近では地域群集の特徴を基盤種の延長された表現型として説明する姿勢をとる群集遺伝学という分野,遺伝学の知見を共進化に拡張しようとする共進化遺伝学という領域が登場している.

 

第6章 生物群集の進化

 
第6章では群集を歴史的に形成する要因として「系統淘汰」が扱われる.
 

  • 複雑な種間関係がどのような仕組みで維持されるのかについては群集生態学者がこれまで取り組んできており,理解が進んでいる.一方その複雑な種間関係がどのようにして歴史的進化的に形成されてきたのかについてはこれまで系統分類学者や生物地理学者が系統樹や大陸移動などの地史を使ったアプローチにより取り組んできた.

 

  • 群集の形成を捉えるには自然淘汰と遺伝的浮動による小進化的な視点だけではなくより高次レベルの進化を理解する必要がある.ジョージ・ウィリアムズは遺伝子淘汰主義を真っ先に提唱した学者であるが,地球上の生物相の進化を説明するには系統レベルでのプロセスの理解が必要だと説いた.そのプロセスには系統間の形質差による種の存続率の違い(系統淘汰)とランダムな系統の分岐と絶滅(系統的浮動)がある.
  • 系統淘汰はいわゆる「種淘汰」とは異なる概念であり,系統淘汰の原因となる形質は小進化の結果であってもよい(論争があるが,ウィリアムズはこの立場に立ち,本書も従う).基本的にはそれぞれの系統や種に対して自然淘汰や遺伝的浮動がかかって形質の系統差が生まれ,群集内でニッチをめぐって多数の系統が競合する中で分岐や絶滅が生じ下位系統数に差が生まれるプロセスになる.
  • 通常の自然淘汰だけでなく系統淘汰を考察する必要があるのは,分岐や種の生存が自然淘汰などの小進化プロセスだけでは決まらないこと,進化を駆動するものではないとしても群集パターンを決める要因となっていることがあるからだ.

 

  • 系統淘汰を検出するには化石記録から過去パターンをみる方法のほかに姉妹群比較法がある.これは現存生物の系統樹を利用して系統の分化と絶滅のパターンを解析する手法だ.
  • 生物史を通じてなぜ生物多様性が増加し続けてきたのかについては,大量絶滅後の空きニッチの増大(競争からの解放),大陸塊の分離による異所性の発達,鍵適応,共進化などが要因として提示されてきた.近時姉妹群比較法がこの検証に用いられるようになった.(いくつかの検証例が示されている)

 

  • 大陸レベルや隔離された島レベルで見ると群集の種構成が歴史的にある傾向を持って置き換わっていくこと(進化的遷移)が観察される.これは進化に傾向や目標があるためではなく,絶滅や種分化に群集の生態遷移と同じようなパターンが生じるためだと考えられる.
  • 姉妹群比較法を用いたリサーチにより,種分化率を上げる要因としては性淘汰,植物と動物の相利関係などがあり,絶滅率を下げる要因としては体サイズの小型化,高い移動率などがあることが指摘されている.
  • 熱帯で多様性が高い原因については,過去には高い太陽エネルギー流入とするもの(生態仮説)が有力だったが,最近では群集の歴史(時間仮説),種分化率,絶滅率(多様化率仮説)から説明する考え方が有力になりつつある.その中では熱帯における相利関係の多さが注目されている.

 

  • 今後はより多くのデータを用いた分子地理系統樹,絶滅情報を用いた群集の進化的遷移リサーチの進展が期待される.

 

コラムおよび終章

 
ここから生態ゲノミクス,アダプティブダイナミクスについてのテクニカルなコラムが掲載され,最後に終章「群集生態学と進化生物学の融合から見えてくるもの」が置かれ,本書全体が俯瞰されるまとめとされている.
 
第1章の総説は力のこもったものだし,第2章から第6章の各論もそれぞれ執筆者の熱気が感じられる面白いものになっている.特に第5章の執筆にはツバキとツバキシギゾウムシをリサーチした東樹宏和が参加しており,この2種共進化系を深く考察した内容は深く,とりわけ印象に残った.その他の章もそれぞれ充実している.楽しんで読めていろいろ勉強になった一冊だ.


関連書籍
 

生物群集を理解する (シリーズ群集生態学)

生物群集を理解する (シリーズ群集生態学)

  • 発売日: 2020/09/25
  • メディア: 単行本


最後に刊行されたシリーズ第1巻.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2020/11/26/103746