書評 「恐竜研究の最前線」

 
本書はマイケル・ベントンによる一般向けの恐竜本である.ベントンは様々な業績のある恐竜学者であり,最近では恐竜化石にメラノソームの痕跡を見いだし,それまで不可能だろうと思われていた証拠に基づくある程度確かな恐竜の色彩復元に成功したことで有名だ.本書では自身の研究も含めて,様々な新しい研究手法や次々に発見される化石が恐竜の姿の理解をどのように変革してきたかを扱っている.原題は「The Dinosaurs Rediscovered: How a Scientific Revolution is Rewriting History」
 

はじめに

冒頭で恐竜化石におけるメラノソーム発見エピソードが紹介されている.発見時すぐにでも全世界に発表したいという気持ちが湧き上がったが,科学的精査にたえる論証を行うためにぐっと腰を下ろすことにし,とりあえずビールを飲みに出かけたそうだ.そしてここから単なる想像が科学的知見に変わる過程(つまり科学の営み)が解説される.ここでは物理学者ラザフォードの「科学は物理学か切手収集のいずれかである」という言葉やポパーの科学哲学も登場し,歴史科学としての古生物学のあり方が説かれる.正確な観察と記録の収集だけでなく,系統ブラケッティング法(ある生物の特徴について系統樹の根元と先で共通の性質があるなら,それを持っていただろうと推測するもの)などの推測手法,骨格に対して有限要素解析により構造解析するなどの最新技術の利用が進んでいること,そしてそれらにより過去40年で古生物学に革命が生じたことが強調されている.
 

第1章 恐竜の起源

 
最初の第1章は恐竜の起源をめぐる学説史と現在の知見.
ローマーとコルバートは「単弓類→植物食リンコサウルスと初期の肉食主竜類→恐竜類」という3段階モデル(入れ替わりは競争の優劣により生じ,恐竜類の有利さはその直立姿勢にあった)を提唱し,長らく通説とされてきた.著者は化石には恐竜の優占が急速に生じていることに気づき,通説に疑問を抱く.そしてリンコサウルスの化石を詳しく研究し,1983年に「恐竜は230百万年前のリンコサウルス類の絶滅により生じたニッチに進出して成功した」と主張した.
片方で2000年以降新たな化石の発見により恐竜誕生の年代が後期三畳紀の230百万年前ごろから前期三畳紀へと15百万年以上繰り上がることになった*1.それは恐竜誕生がペルム紀末(252百万年前)の史上最大の絶滅と関連している可能性をもたらした.
これらの新しい証拠を含めて三畳紀の動物相の入れ替わりを調べると,大きく入れ替わったのは230百万年まででそれまで繁栄していたリンコサウルス類が姿を消して恐竜類と大きく入れ替わったこと,進化のほとんどは不規則に進行していることがわかってきた.さらに各分類群の形態空間解析を用いると,恐竜類と初期主竜類の形態空間は重なっておらず,直接の競争はなかったこと,後記三畳紀に恐竜類は多様化するが,その際の競争相手はワニ類(クルロタルシ類)であり同様に多様化していたことがわかった.
 
ここから著者は現在の知見をまとめている.

  • 恐竜の誕生は前期三畳紀で245百万年より前.
  • 恐竜の成功の鍵が直立姿勢にあったことは疑いようがないが,直線的に成功したわけではない.
  • 恐竜の成功の転換点(ブレイクポイント)は生態的データの分析によると232百万年前頃で,当時のカーニアン多雨現象(その原因は大規模火山噴火による温暖化と思われる)と関連している可能性が高い(これは著者自身による2018年の論文で発表された).

 

第2章 系統樹の作成

 
第2章は分岐学革命と恐竜の系統樹復元がテーマになる.
冒頭で簡単にヴィリ・ヘニック*2の分岐学と最節約法の考え方,その英米学界への導入と激しい論争が解説される.ジャック・ゴーティエ,ポール・セレノ,デイヴィッド・ノーマンと著者の4人は1984年にドイツの学会で出会い,ヘニックの単純明快な考えに魅せられ,当時まだ激しい論争中だった中で最節約法に基づいた恐竜の系統樹復元を目指すことで意見を一致させる.
ここから著者たちの登場前の学説史の解説となる.1842年にオーウェンは恐竜類という分類群を提唱し,そのもとに獣脚類,竜脚類,鳥盤類をおいた.1887年にシーリーは恐竜は1つの自然分類群には収まらないと主張し,竜盤目と鳥盤目の2つのグループに分けるべきだと主張した.この説は影響力を持ち,その後竜盤目と鳥盤目は異なる起源から派生したという考えが流布された.しかし1974年にバッカーとガルトンが,オーウェンによる恐竜分類の妥当性を擁護し,混乱は部分的に解消された.
そして1984年,著者は内転した大腿骨頭など14形質が恐竜類に特有であることを発表して恐竜類の自然分類群性を裏付けた.同じ学会でノーマンとセレノは鳥盤類のおおまかな系統樹を,ゴーティエは竜盤目の系統樹を発表した.
 
ここで著者は恐竜の分岐と移り変わりを時代ごとに概説する.

  • 恐竜は前期三畳紀に誕生し,後期三畳紀までには主要な分類群の多くが出そろっていた.
  • 201百万年前の玄武質溶岩の大規模噴出とパンゲアの分裂は(一部の恐竜も含めた)大量絶滅を引き起こし,三畳紀は終焉をむかえる.
  • ジュラ紀には主要な三系統(獣脚類,竜脚形類*3,鳥盤類)が三畳紀より生き残り,しっかり基盤を築く.獣脚類の一部は樹上性の小型動物に分岐し羽毛を持ち飛翔するようになる(鳥類の誕生).竜脚形類は巨大化し,鳥盤類ではステゴサウルス類とアンキロサウルス類が現れた.
  • 白亜紀に入ると植物食恐竜の中で竜脚類が衰退し,イグアノドンのような鳥脚類の恐竜が栄えた.

 
そして話は恐竜系統樹に戻る.著者は過去発表された多数の恐竜系統樹のデータを取り込んだ恐竜の「超系統樹」の作成に挑戦し,2002年に277種を含む超系統樹,そして2008年に420種を取り込んだ超系統樹を発表する*4.この超系統樹を眺めると恐竜の進化は白亜紀に入ってスピードダウンしたことが窺えると著者はコメントしている(これに関して被子植物の登場による白亜紀陸上生態系革命の影響があったのかがここで考察されている).
しかし恐竜系統樹の世界は2017年に衝撃の展開を迎える.バロンとバレットが獣脚類,竜脚類,鳥盤類の関係について(著者による超系統樹を含む)これまでの<<獣脚類・竜脚類>鳥盤類>という樹形から<<獣脚類・鳥盤類>竜脚類>という樹形を持つ全く新しい系統樹を発表したのだ.この恐竜系統樹の根元の形に関する議論にはまだ決着がついていない.著者は確かなことは「リサーチをさらに進めるべきだ」ということしかないとコメントしている.
 

第3章 恐竜の発掘

 
第3章は幕間の間奏曲のような章になっており,激しい学説史からいったん離れて化石発掘の実務が楽しそうに説明される.
著者は若き日の発掘の思い出をまず語り*5.そこから恐竜発掘の世界共通の原則を概説する.
まず適切な地層を選び,骨の欠片を探して斜面の上に向かう,そこで得られた成果をもとに発掘するかどうかを決める.そして化石を含む地層を階段状に掘り*6,マッピングし,そこから骨をとり出す作業に移る.化石を(崩れないように)岩石と一緒にジャケットで覆う(麻布と石膏を何層にも張り付けてギプスにする.まず上面にギプスをかけ,化石を含む岩石を転がし,下面にもギプスをかける).そこから何とかしてトラックまで運び,研究室に運びいれる.そこで歯科用ドリルを用いてクリーニングし,ようやく化石の観察,復元作業になる.もちろん用いる技術は日々新しくなっており,最近では3D写真測量,CTスキャン,走査型電子顕微鏡,質料分析などの様々な技術が使われるようになっている.
 

第4章 呼吸と脳と行動パターン

 
第4章は恐竜が生きているときにどのような動物だったのかを探ることがテーマになる.
これに関して最大の論争は恐竜が温血だったかどうかだ.オーウェンは恐竜類(Dinosauria)という名前を付け,それが温血動物だったと主張した.この推論がもとになり古生物学者は恐竜の生理機能の核心に迫ろうと試みてきた.
20世紀の議論の口火を切ったのはバッカーだった.彼は骨格の特徴から多くの恐竜が敏捷で俊足だったと考え,1984年にガルトンとともにオストロムの1969年の主張をさらに進め,「恐竜類のクレードの中に鳥類が含まれていることから,鳥類の高い運動代謝は恐竜のそれを受け継いでいる」と主張した.
 
議論は鳥類と恐竜の関係をめぐって沸騰した.すでに19世紀にハクスレーはアーケオプテリクスは鳥類と恐竜類の中間種である(つまり鳥類の祖先は恐竜である)と主張していた.しかしそれから100年間古生物学者たちはこの説を捨て去り,鳥類の起源は恐竜と別の爬虫類だと信じてきた.ここに最初に一石を投じたのがオストロムになる.オストロムは,獣脚類恐竜と鳥類が数多くの特徴を共有していることを示し,さらにデイノニクスが巨大化した獣脚類とは反対に長い前肢を持っており,ここに風切り羽根があったのではないかと推測した.1994年の羽毛恐竜化石の発見によって,この論争はほぼ片づいたが,著者によるとなお一部の学者が鳥類の恐竜起源を頑なに受け入れない状況が続いているそうだ*7
 
鳥類の祖先が恐竜だというのは恐竜温血動物説に一定の信憑性を与えたが,当初の議論は粗削りで錯綜した.
その中で骨の構造に関する知見は議論を1歩進めた.現生の冷血動物には骨に成長の緩急を示す層構造が見られるが,哺乳類や鳥類の骨にはそれが見られない.そして恐竜の骨は哺乳類の骨に近いのだ.また,温血と冷血の間には様々な段階がありうること,身体の大きさがもたらす「慣性恒温性」があることの指摘も重要だった.さらにワニと鳥類に共通して高い代謝を可能にする気嚢がみられることから恐竜も同じ呼吸システムを持っていたことが推測される.これらのことから恐竜は高い代謝を持つことが可能で大型のものは慣性恒温性を持っていたと考えられるようになった.
 
ここから著者による化石に見られるメラノソームの発見とシノサウロプテリクスの正しい色の復元図の発表,ヴィンサーによるアンキオルニスの翼と尾の黒白の縞模様と赤褐色のとさかの復元図の発表,それらが示唆する性淘汰シグナルの可能性,CTスキャンによる脳模型の提示と知能レベルの推測,琥珀に閉じこめられた恐竜の尾の化石などの話題が取り扱われている.
 

第5章 ジュラシック・パークの世界

 
第5章では「ジュラシック・パーク」でマイケル・クライトンが描いたSF設定は現実に可能かというちょっと楽しいテーマが取り扱われる.
コナン・ドイルの「失われた世界」にちょっと触れたあと,マイケル・クライトンの「ジュラシック・パーク」が出版当時(1990)のゲノム研究の進展を捉えた斬新なものだったと称賛した上で,小説にある恐竜のクローン化の手法を紹介している.
そしてこのSFは実際の研究者に影響を与える.1992年に40百万年前の琥珀化石からハチのDNAが,翌年120百万年前の琥珀化石からゾウムシのDNAが,さらに翌年恐竜のDNAが解読されたと報告された.しかしすぐにこれらの発見は皆コンタミによる誤読であることが明らかになる.コンタミを徹底的に抑えたその後の研究で様々な古代DNAの解読がなされるようになったが,DNAの壊れやすさを考えると100万年前以上さかのぼって解読することは(つまり恐竜DNAの解読は)事実上不可能だということがわかってきた.古代の(遺伝情報が含まれる)有機分子を探すならリグニン,キチン,メラニンなどの頑健なタンパク質の方が有望なのだ.1997年に恐竜化石から血液の痕跡,そしてコラーゲンが見つかったと報告された.この真偽をめぐって論争が生じたが,最終的に化石には血管や神経末端が確かに認められるが,もとのタンパク質は変成を受けてほとんど残っていないということになった.著者は変成の有無をよく見極めなければならないが,恐竜のタンパク質のアミノ酸配列が解読される可能性は残っているとコメントしている.
 
ここからは化石からわかる恐竜の性的二型性(数千体のコンフシウソルニスの化石の解析によると,化石は尾羽がある化石とない化石がはっきり分かれている),絶滅種のクローン作成の計画*8,恐竜のゲノムサイズや染色体構造の推測などが簡単に解説されている.
 

第6章 胚から巨体へ

 
第6章は恐竜の成長がテーマ.
まず恐竜の卵の発見が語られ,その卵(最大でも全長60センチ,直径20センチぐらい)が現生鳥類の成鳥と卵の比率から考えられるよりかなり小さいこと,精密クリーニングとCTスキャンにより解明されたマッソスポンディルスの卵内の胚の様子(成体と比べ頭部と眼が大きく,首と尾が短い,歯が生えそろっており孵化の瞬間から食べることが可能だった),マイアサウラやオヴィラプトルの化石と恐竜の子育てについての議論(著者は恐竜は基本的に小卵多産寄りの生物で,あまり子育て投資は行わなかっただろうと考えている),骨の成長輪からの成長速度の推測(ティラノサウルスの成長曲線はS字型で20年前後で成体となった),プシッタコサウルスの成長に伴う姿勢の変化,竜脚類の巨大化戦略(小卵多産で子育てしない,気嚢システムにより代謝が高いことにより最小限採餌で巨大化が可能になり,慣性恒温性を獲得した),ノプシャ男爵と島嶼矮化した恐竜という具合に関連する話題が次々に取り上げられている.
 

第7章 恐竜の採餌行動

 
第7章は恐竜の食性がテーマ.
最初に取り上げられるのは採餌様式.長らく歯の形と現生生物との類似から恐竜の食性を推測していたが,最近骨の構造の有限要素解析からその食性を判断する工学的アプローチが加わった.ここではこの手法を切り開いたエミリー・レイフィールドによる様々な恐竜の効合力推定*9が詳しく解説されている.このほか胃の内容物の化石や糞化石からの分析,歯自体の構造解析(ハドロサウルスについて詳しく解説がある),歯の咬耗痕からの分析(コンピュータ制御の顕微鏡によるスキャンと採餌の際の傷を見分ける学習ソフトが使われ,得られたデータを主成分析にかけて現生生物と比較する)が扱われている.
次は食物網の推定.ある地層から出た化石をもとに食物網を推測することができる.また時代ごとの変遷を見ると白亜紀には生態系の複雑化が進み,崩壊閾値が低かったことがわかる.
最後に竜脚類の多様性(10種が共存していた)について,どのようにニッチ分割が生じていたかの推定(首の長さ,角度,効合力,頭骨の頑健性,歯のかみ合わせなどのデータを用いて主成分分析を行う)が解説されている.
 

第8章 恐竜の移動様式と歩行

 
第8章は恐竜の運動がテーマ.
冒頭でこの分野のパイオニアであるマクニール・アレクサンダーの名を出したあと,恐竜の姿勢と移動様式推定の学説史が概説される.最初の恐竜の復元は1830年ごろのギデオン・マンテルのもので,彼の復元したイグアノドンは巨大なトカゲのような姿で四足歩行していた.オーウェンの復元したイグアノドンは同じく四足歩行ながら,足を直立させたサイのような動物となった.その後ハドロサウルス類の全身化石が発見され,後肢が前肢より3~4倍も大きいことが明らかになり,恐竜は警戒時のカンガルーのような上体を起こして尾を引きずりながら二足歩行する動物とされ,これは1970年ごろまで有力視されていた.
革命は1970年に始まる.ロバート・バッカーとピーター・ガルトンはほぼ同じ時期に同じ考えに行き着いた.彼等は地上走行する鳥類をモデルにした.バッカーはデイノニクスを,ガルトンはハドロサウルスを身体を水平に伸ばして敏捷に走り回る動物として復元した.これは骨格が示す証拠に合致しエネルギーロス少なく動ける復元であり.それまで発見されていた足跡化石とも整合的だった.ここで足跡化石の解釈について学説史をも含めてかなり詳しく解説されている.
そして1976年,アレクサンダーが歩行跡から走行速度を割り出す計算法を提示する.これを足跡化石に当てはめると多くの足跡から得られて恐竜の歩行速度は秒速1~3.6メートルだった.片方でバッカーたちは(足跡が残りにくい)硬い地面での最高速はもっと速いと主張し(彼等はティラノサウルスの最高速を秒速20メートルとした)論争となった.ここでハッチンソンは生物力学の原理に立ち返って,骨格と筋肉のモデリングによる速度推定法を開発した.これによるとティラノサウルスの理論的な最高速は秒速4~10メートル程度となった.著者はティラノサウルスは秒速4メートル程度の速度で歩いていた(両足が空中に浮くことがない)のだろうとしている.
ここからはティラノサウルスの極端に小さな前脚の役割,恐竜の泳ぎの証拠(いくつかの足跡化石が泳いだことを示している),(鳥類以外の)恐竜が飛翔したか(前肢が長くなり風切り羽根があった一部のマニラプトル類は滑空できただろう*10),鳥類の飛翔起源(著者は滑空説に好意的)などの個別テーマが扱われている.
 

第9章 大量絶滅

 
冒頭で白亜紀末の小惑星隕石衝突の様子を描き,そこから恐竜絶滅の学説史が語られる.ここで面白いのは1970年代まで古生物学界にそもそも大量絶滅という概念がなかったことの理由として,地質学の基礎とされていた斉一説ヘの反逆と見做される恐怖,数字恐怖*11,冷笑への恐怖を指摘しているところだ.そこから有名なアルヴァレス父子の衝突説発表の経緯,大量絶滅周期性説の盛衰,核の冬の概念,衝突クレーターの発見が語られる.さらに衝突については化石植物の分析から現在衝突は6月だったと考えられていること,すべての証拠が危機が短期で深刻だったことと環境変化の影響がその後長く残ったことを示していること,生き延びた鳥類が地上性であったこと*12,生き延びた鳥類と哺乳類が適応放散を遂げたことが付け加えられている.
本書はここで著者による超系統樹分析から中生代を通じた恐竜進化速度の推定の研究が語られる.著者の分析によると,恐竜の進化は最初の60百万年でほぼ完成し,あとの50百万年は(ハドロサウルスとケラトプスを例外として)進化的な活力をほぼ失っていたということになる.そして著者はこのことから隕石衝突がなくとも恐竜はおそらく現代まで生き延びることはなかったと書いている.しかしここは疑問だ.そもそもそのような傾向が生まれたり継続するメカニズムが全く不明な上に,鳥類の大繁栄とどうつながるのかについての説明もない.仮定的な未来予測に利用可能な分析だとは思えないところだ.
 
本書は最後の「終わりに」を置き.古生物学がここ40年間で大きく変貌を遂げたと述べる.考古学は憶測を減らし,検証可能な科学のエリアを拡大させ,様々な理論を提示するようになった.分岐学的手法により系統樹が作成され,進化速度や形態が研究され,絶滅原因仮説が生まれ,工学的アプローチや観察技術の進歩により行動や生理機能や色彩も研究されるようになった.著者は最後に,次なる発見は「音」かもしれないと示唆して本書を終えている.
 
 
恐竜本についてはここ数年で,優れた教科書や一般向けの総説本が何冊か出版されており,本書もその一冊ということになる.本書の特徴は最後に述べられているように新しい理論や方法論,そして技術を用いて古生物学がより検証可能な科学になっていったことにフォーカスを当てている点だ.トピック的には著者自身の研究が絡む系統樹と色彩の復元のところが読みどころになると思う.恐竜ファンとしては押さえておきたい一冊だ.
 
 
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原書

 
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原書

*1:シレサウルス化石の発見とその解釈について詳しく解説されている

*2:本書ではヴィリー・ヘニッヒとカタカナ表記されている

*3:竜脚類と古竜脚類をあわせた分類群

*4:この超系統樹は本書のカラー口絵に掲載されている

*5:著者はまだ学部生だった1976年に,学会に参加し,そこで声をかけたアメリカ人教授の誘いに乗り1977年にミシガン大学のフィールドワークに参加,引き続き,フィリップ・カリーに直接頼み込んでアルバータ州バッドランドの発掘に参加したそうだ.

*6:これをベンチカットと呼ぶそうだ.地層によってはドリルや削岩機を用いる

*7:著者は「反論者は科学ドキュメンタリーの「公平性」を盾に生き延びてきた.鳥類の「恐竜説」が何百個のもの証拠で固められ,「非恐竜説」には代替理論と証拠が欠如していても全く意に介さない.これは恐竜科学の進歩に対する大衆の大きな関心から生まれた負の側面なのかもしれない」と皮肉っている.頑なな守旧的反論者が論文や学界での発表ではなくマスメディアで大衆に訴え続けるという醜状をさらしているところは.絶滅に関する小惑星衝突説への反論者と同じふるまいであるようだ.

*8:現在ブガルド(ピレネーアイベックス),フクロオオカミ,オーロックス,クアッガ,リョコウバトなどについて計画があるが.まだクローン化に成功したという報告はないそうだ.

*9:ティラノサウルスの効合力は35000N~57000N(3.6トン~5.8トン)で,現生生物最強のホオジロザメの1.8トンを大きく上回る.彼等は自動車を噛みきることもでき,顎前部で獲物に噛みついて殺し,死骸を足で押さえて肉を引きはがす採餌方法を採っていたものとみられる)

*10:なぜミクロラプトルが羽ばたき飛翔を進化させなかったのかについて,樹上生活では滑空で十分で,羽ばたき飛翔によるエネルギーコストを上回るメリットがなかったのだろうと推測している

*11:ここでは1988年にロンドンで開かれた絶滅をテーマにした学会の様子が描かれている.招待講演者だったラウプは模擬データの反復的な無作為抽出を用いた数値的アプローチを展開したところ,ある英国人の研究者が立ち上がって「北アメリカから妙な思想を持ち込まないでいただきたい」と言ったそうだ.

*12:衝突後1000年にわたり森林が壊滅状態にあったので飛翔性の鳥類が生き延びるのが困難だったのだろうと推測されている