書評 「なぜオスとメスは違うのか」

 
本書はハミルトンとともに性淘汰のハミルトン=ズック仮説を提唱したことで有名なマーリーン・ズックとリー・シモンズによる性淘汰の解説書だ.ズックは性淘汰とパラサイトの,シモンズは性淘汰と生活史の研究者ということになる.性淘汰はダーウィンが1870年代に提唱したが,(そのうちメスの選り好み型については)生物学者たちにはあまり受けがよくなく,フィッシャーが1930年代に理論モデルを提唱したあともなかなか受け入れられなかった.1980年代にメスの選り好みと選り好まれるオスの適応度上昇が実証的に示されて以降,ようやく進化生物学者たちに受け入れられ一気に研究されるようになり,1990年代にハンディキャップ理論を元にしたグラフェンのモデルやハミルトン=ズック仮説などが現れる.この頃に書かれた様々な解説はよく見かけるが,その後30年以上の研究の進展をコンパクトにまとめた本は実は少なく,本書はそういう意味で貴重な性淘汰の総説的な解説本となる.原題は「Sexual Selection: A Very Short Introduction 」
 

第1章 ダーウィンのもう1つの大きなアイデア

 
冒頭でチョウチンアンコウの極端な性差を紹介したあと,ダーウィンの性淘汰のアイデア,当初の否定的反応,そして1960年ごろまでの学説史が語られる.
ダーウィンの提唱後,メスの選り好み型性淘汰がなかなか受け入れられなかった理由として,よく言われているヴィクトリア朝英国の性道徳観からの反発(不埒な行動の正当化と捉えられた),動物のメスに美的感覚があることへの不信,理論的なポイントとしてメスが選り好みをする理由が説明できなかったことに加えて,優生学とのつながり(優生学では女性が健全な男性を積極的に選ぶことが推奨されていた)が指摘されていて面白い.
そこから総合説以降の学説史がある.

  • 当時の進化生物学者たちは(フィッシャーの理論モデルを無視し)メスが選んでいるように見える二次性徴についてメスが同種の配偶相手を見つけるのに役立つからと整理していた*1.動物行動学者たちもメスの選り好みには高い認知能力が必要で,それはヒトに限られると考えていた.
  • 第2次大戦後,ベイトマンはショウジョウバエの繁殖成功の分散の性差を実験的に実証し,性淘汰がオスにより強く働きうることを示した.フランスのプチは性淘汰が野生個体の遺伝的変異をもたらしていることを指摘した.しかしなおほとんどの生物学者は選り好み型性淘汰に否定的だった.

 

第2章 配偶システム:相手の数と期間

 
ここで一気に選り好み型性淘汰の受容に話は進まずに,いったん配偶システムの解説になる.配偶システムは性淘汰の効き方に大きく影響するので先に整理しておこうということだろう.
ここでは,当初の予測(オスは複数の相手の交尾により適応度が上がり,メスはそうではないので一夫多妻が一般的になるだろう)から,実は状況は複雑であることがわかってきた学説史として解説が進む.
著者たちは最初の衝撃が(それまで一夫一妻と信じられていた)ハゴロモガラスのペア外交尾の発見だとしてその研究を詳しく紹介している.そこから同様の多くの例が見つかったこと,配偶システムが決まる要因としてのオスによる交尾の独占可能性,実効性比がまず解説される.
続いてレックシステムの謎(なぜオスは一ヶ所に集まるのか,なぜ交尾成功に大きな分散が生まれるのか)が解説される.現在のところ前者についてはホットスポット説(何らかの意味で魅力的な場所がある),ホットショット説(モテそうなオスの所に集まる),メスの選り好み説(オスが集まっているのをメスが好む)の3つの仮説があり,種によってそれぞれを支持する証拠があるという状況だと説明される.そして後者についてはメスの選り好みの適応的意義がからむとして第3章に持ち越される.
次は一妻多夫,一夫一妻システムの進化要因.一妻多夫は稀なシステムでレンカクなどのシギ,チドリ類,テナガザル*2,タマリンなどでみられる.このシステムの進化要因はまだよくわかっていないが,シギ,チドリの場合は地上営巣で捕食圧が高いためにメス側で営巣場所を分散する方向に淘汰圧がかかるためではないかと考えられているそうだ.そして一夫一妻は子育てに両親の世話が必要な種で進化しやすいことが解説される.
そして配偶システムの決まり方が単純ではなく複雑であることが強調される.ペア外交尾の頻度,配偶者防衛の効果,ペア外交尾を行うメスの利益が様々なこと(保険,相性,直接的利益,遺伝的利益,父性の混乱)が解説され,ここ数十年で一妻多夫の立ち位置への考え方が大きく変わったとコメントされている.最後に配偶システムは保全の面で重要であること(どちらの性の狩猟を許容するか,有効集団サイズをどう見積もるか)が指摘されている.
 

第3章 メスの選り好み

 
第3章で著者たちは本題のメスの選り好み型性淘汰を扱う.まずは1980年代の有名なコクホウジャクの実験が語られる.これによりメスが選り好むことは実証された.そして進化生物学者はなぜメスが選り好むのかを考え始める.
著者たちは様々な仮説を解説し,それを示すリサーチを添えている.ここで面白いのはその順序で,直接的利益(オスによる子育て投資など)説,感覚バイアス説,セクシーサン(ランナウェイ)説を解説してから,間接的利益(遺伝的資質)説を取り扱っている.直接的利益がある場合には理論的には全く問題がないのでまず最初に片づけておいて,そのような利益のない場合の問題を取り扱うという趣旨だろう.

その上でまず感覚バイアス説,セクシーサン説が概説され,それを支持すると思われる実証例が上げられている.ここではこの両説の理論的問題点*3が取り上げられてなく,やや説明としては物足りないものに止まっている.

続いて間接的利益説が詳しく紹介される.ザハヴィのハンディキャップのアイデア,ハンディキャップ説が成立するためには適応度にかかる性質の遺伝的変異が継続的に存在することが前提になっていること,そしてパラサイト耐性はそれをうまく説明できること(これがハミルトン=ズック仮説のポイントになる),実証的証拠,レックのパラドクス(レックシステムではオスの変異がすぐに取り除かれるように思われること)に対する(パラサイト耐性だけでない)一般的な考え方(突然変異と淘汰のバランスから,条件依存的な装飾*4を持つオスを選ぶことにより,メスは有害変異を持つオスを避けることができることを説明するモデル)が解説されている.

ここで遺伝子の相性の考え方が解説されていてちょっと面白い.免疫のMHCに関しては自分とより離れているオスを選ぶことにより子孫の免疫の多様性を高めることができる.ではそのような相性のよい遺伝子を選ぶことと派手な装飾を持つオスを選ぶことの関係はどうなっているのか.基本的にはこれはトレードオフになので,メスは状況によりどのようなオスを選ぶかを変化させる場合があるということになる.

最後にヒトの配偶者選択についてコメントされている.ダーウィンの考察,様々なヒト集団で男性と女性の選好性が性的二型の形質に淘汰をかけていることが明らかであること,このような雌雄双方による配偶者選択は他の動物にもみられることが指摘されている.
 

第4章 性の役割とステレオタイプ

 
第4章では性役割がテーマとなる.ここでは特に「控えめなメス,積極的なオス」という見方についての学説史から解説されている.すなわち,この見方はダーウィンに萌芽があり,ベイトマンの有名な実験により多くの生物学者に受け入れられた.さらにトリヴァースはこれを親の投資の観点から理論的に整理したということになる.
著者たちは,実際にはメスは必ずしも性的に控え目ではなく,役割逆転種の存在も知られていたが,動物界全体に性淘汰の結果生じる役割の雌雄のパターンがあることも事実だとし,それはおおむねトリヴァースの理論で説明できるとして解説している.
ここからは具体例の紹介となり,オスが婚姻贈呈を行うキリギリスやサイカチマメゾウムシで性役割逆転がみられる例,雌雄同体のヒメリンゴマイマイで性役割をめぐるゲーム理論的状況が生まれる例,条件依存的代替戦略(ゾウアザラシやシリアゲムシのオスの例が挙げられている)や負の頻度依存淘汰(エリマキシギ,ツノオウミセミのオスの3型が上げられている)で同じ性に複数の性役割がみられる例が紹介されている.

最後にヒトの性役割についてコメントされている.まずヒトにも「控えめなメス,積極的なオス」が当てはまるのかという検証が実は非常に難しいこと(繁殖成功のデータがとりにくい,文化の影響が大きいなどが要因となる)を押さえ,その上でヒトの場合男性も女性も子育て投資を行うこと,男性の方が繁殖成功の分散が大きいという報告もあるがベイトマン実験と同等の条件(特にパートナーの数と繁殖成功の関係)を詳細に調べられた研究はないこと,環境条件(特に性比)の影響もあると考えられることなどが指摘されている.ズックはフェミニストでもあるということもあって,「基本的傾向あるいはパターンとしてあるだろう」ということにはあえて踏み込まずに,現象の複雑さを強調する構成をとっているのだろう.
  
本章の記述は理論編でトリヴァースの親の投資理論までしか解説しないというスタンスに立っている.これはわかりやすいが,理論的にはコンコルド誤謬(サンクコスト誤謬)が含まれ,かつフィッシャー条件(繁殖集団内の全オスの適応度の合計は全メスの適応度の合計に等しいという制約)を加味しておらず,やや不正確ということになるだろう.現在ではフィッシャー条件とコンコルド誤謬を考慮に入れた場合,親の投資から生まれる性役割分化予想に対し,フィッシャー条件は性役割分化を減少させる方向に働き,これに対して父性の不確実性,オスへの性淘汰の強さ,実効性比が性役割拡大方向に働くと考えられていることにも(注釈でもよいから)触れておいてほしかったという感想だ.
 

第5章 交尾後性淘汰

 
第5章からは90年代以降の性淘汰リサーチの進展が描かれる.第5章は交尾後性淘汰がテーマ.
ダーウィンは性淘汰はオスオス闘争にしてもメスの選り好みにしても交尾前に生じるものと考えていた.しかし交尾後も,オスはメスが他のオスと交尾しないように行動できるし(配偶者防衛),オスの精子はメスの体内で他のオスの精子と競争し(精子競争),メスはどのオスの精子で受精させるかを選択できる(隠れたメスの選択)ことが明らかになってきた.
ここで著者たちはそもそもなぜ精子と卵子の大きさが異なることが多いのか(分断淘汰による説明)をまず解説し,精子競争を概説していく.ここでは精子競争のゲーム論的予測(実効性比と武器と精子への投資の配分予測),この配分理論の実証例(霊長類の相対的精巣サイズの種間差,ベニアシチビガエルの個体群間差,ショウジョウバエの進化実験など),精子が有限である場合の理論予測(精子競争のリスクに応じた精子放出)とその実証例が次々と挙げられている.
次に配偶者防衛が解説される.トンボ類で他のオスの精子除去と交尾後配偶者防衛がみられること,ヒトの進化心理学的リサーチ(配偶者防衛心理の現れとして,ドゴン族の月経小屋,バスによる男性による女性への行動支配欲求のリサーチなどが紹介されている),交尾栓や化学物質などによる防衛が説明される.
続いて隠れたメスの選択が解説される.ここではまずメスが精子競争をより激しく生じるようにしている(より精子競争に強い精子を作る遺伝子を選んでいる)というアイデアとその実例と思われるアンテキヌス*5類が紹介される.
続いてどのオスの精子を受精させるかを選択する隠れたメスの選択が扱われる.ここではメカニズムとしては20以上提唱されていること,選択が意識的(認知的)なものでないことに注意が必要なこと,交尾前の好みと共通していることもありうること,隠れたメスの選択によりオスの交尾器の形状の種間多様性が大きくなったという仮説があること,コウチュウ類やカモ類で隠れたメスの選択により交尾器形状が共進化的に多様化(オスにはより強くメスに選択に結びつく刺激を与える方向に淘汰がかかる)した場合があると考えられることが紹介されている.
 

第6章 性的対立

 
第6章のテーマは性的対立.
冒頭で最も顕著な性的対立の例としてマガモの強制交尾を挙げ,前章で言及されたカモ類の交尾器の多様性が性的対立とも関連する可能性を指摘する.
そしてそこからチェイスアウェイ型淘汰(性的対立から生まれるアームレース的共進化)が解説される.ここでは感覚バイアスとチェイスアウェイ型淘汰の関連(感覚バイアスに基づいて強引なオスを選択することによりメスに大きなコストがかかるようになると,メスのバイアスの閾値低下とオスの刺激強化の共進化が生じる)が詳しく解説されている.チェイスアウェイ型淘汰とセクシーサンランナウェイ淘汰は,メスに対してかかる淘汰圧が選り好みを低減する方向か強化する方向かが異なっている.ただし実際にはメスの選り好みがメスにとって利益があるからそう進化したのか性的対立のためにそう進化したのかを見極めるのは非常に難しい.ここで著者たちは実際には片方だけが働いていることは考えにくく,この両者を見極めようとすることに意味はないだろうとコメントしている.
とはいえ明確にチェイスアウェイ型淘汰が生じている例もあるとして,アメンボ,ゲンゴロウの配偶者防衛に絡む例,トコジラミやマメゾウムシの外傷性受精に絡む例が挙げられている.
アメンボでは交尾から配偶者防衛が終わるまでオスがメスの背中にしがみつくので,メスにとってコストになる.そこではオスの把握メカニズムとメスの防御メカニズムに共進化の跡がみられる.そしてメスは交尾の利益が抵抗のコストを上回る時にのみ進んで交尾に応じる.系統樹補正をした種間解析によると把握・防備形質の大きさと強制交尾成功率には相関がない.これは共進化の結果,交尾頻度がメスの最適値になっている*6ことを示唆している.ただし個々の種にはオスの勝ち(オスのメカニズムがより発達し強制交尾に簡単に成功する)やメスの勝ち(メスのメカニズムがより発達し強制交尾がほぼできない)になっているケースもある.著者たちはこれはチェイスアウェイ型淘汰を見つけるのが難しいことをよく示しているとコメントしている.
続いて交尾後の性的対立が解説される.キイロショウジョウバエの化学戦争(精液にライバルの精子を無力化したり他オスに興味を失わせる物質が含まれており,これはメスの寿命を低下させる)がまず紹介され,次に精子競争におけるオスの精子の物量戦略とメスの対抗戦略が解説されている.

最後にこの性的対立の学説史のインプリケーションについてコメントがある.性的対立概念は一時「新しいパラダム」としてもてはやされ,既存の理論の再解釈が盛んに行われた.著者たちは,しかし動物の繁殖が総じて対立の元に行われると決めつけるのは間違いだと指摘する.交尾がメスにとって有益なことも多いし,そもそもパーカーの理論モデルに従えば,性的対立は淘汰強度と初期条件によりどちらかの勝ちになることが進化的安定であることを示唆している.これはたいていの場合はアームレースは生じないことを意味している.そして性的対立のリサーチはなお初期段階であり,これまでは対象動物がショウジョウバエ,マメゾウムシ,アメンボの3種類にほぼ限られていることにも注意が必要だとしている.
 

第7章 種の存続と性淘汰

 
第7章では性淘汰と種分化,多様性の進化,絶滅との関連がテーマとなっている.
まず種分化については交配障壁,接合前生殖隔離,接合後生殖隔離の概説のあと,生殖的形質置換(2つの集団で一旦隔離が生じたあと再び接触した際に,配偶者選択に利用される形質が大きく変化する現象),種分化には自然淘汰も性淘汰も関連しうること,種分化に性淘汰がかかわっていることが明瞭な例(ユビナガガエルの求愛コール),種分化かかる性淘汰の役割についての鍵と鍵穴説とその問題点*7,自然淘汰と性淘汰のトレードオフが種分化を促す可能性*8が解説される.
続いて性淘汰とは異なるが,配偶者選好がからむ現象として同類交配が取り上げられている.ここでは同類交配が性淘汰と同時に生じる場合があること,多くの場合同サイズ交配の形だが,(鳴鳥類の歌の刷り込みのように)行動をもとにした同類交配もあること,ヒトにも同類交配傾向がみられること,負の同類交配は稀だが興味深い例*9が知られていることが解説されている.
次に多様性の進化に性淘汰がかかわっていることが解説される.「選り好み型性淘汰があると集団が特有のシグナルを持つオスとそれを好むメスからなる集団に分化しやすいだろう」というアイデアは簡明で説得力があるが,検証は難しい.ここでは鳴禽類やショウジョウバエの系統樹を用いたリサーチが詳しく紹介されている.
最後の性淘汰により絶滅が生じる可能性があること(ギガンテウスオオツノジカについて多くの研究者がそう推測しているとコメントがある),絶滅を防ぐ効果もありうること(不利な突然変異の少ないオスを選ぶことにより集団全体の適応度を(そうでない集団に比べて)より高く保てる可能性がある)が解説されている.
 

第8章 結論と今後の展望

 
最後に著者たちはいくつかの強調したい点を挙げている.ここでは性淘汰の理論がヒトに対してルーズに(特に歪曲されり,誤解されたまま)使われることへの注意書きも含まれている.

  • ヒトの男女の性質を一般化するほど議論を呼ぶものはない.しかし動物を例にとりヒト本来の行動がどうあるべきかを語ることはできない.
  • 動物の性行動は一般に信じられているよりはるかに多様だ.遺伝子を次の世代に引き継ぐという同じ淘汰圧の元で動物は多くの異なる解決策を進化させてきた.この素晴らしい多様性から学ぶべきことは,性淘汰がどう機能するか理解するためには1つあるいは少数のモデル種に過度に依存すべきではないということだ.
  • 片方で動物界は何でもありだとするのも間違いだ.性淘汰の理論は性行動の多様性を解釈するための枠組みを与えてくれる.どんなとっぴな性質でも,適応度が高まるなら進化しうるのだ.また理論は様々な動物群にみられる性差のおおまかなパターンを解釈するのにも役立つ.
  • 性淘汰研究の最新の知見としては性的対立と交尾後性淘汰(精子競争と隠れたメスの選択)の発見がある.性的対立は性差の解釈に新しい見方を与えてくれたが,対立を一般化しすぎないように注意が必要だ.
  • 交尾後性淘汰を検出するために実験進化学が登場し,ゲノミクスの発展により性淘汰における遺伝子と行動の役割を探索できるようになった(例として社会性昆虫,代替繁殖戦略行動のリサーチが挙げられている).エピジェネティックスや遺伝子編集技術もこれからリサーチに大きな影響を与えていくだろう.また最近では保全に対する応用も議論されている.

そして最後にダーウィンの「人間の由来」からの引用で本書を締めくくっている.「予想もしなかったことだが,メスを魅了する力が,時には闘いで他のオスを征服する力より重要だったことを私たちはこれからさらに理解することになるだろう」
 
以上が本書の内容になる.メスの選り好み型性淘汰の否定から受容への学説史,受容されたあとのリサーチトピックの変遷を描きながら,性淘汰の理論,実例がトピックごとに簡潔に解説されている.2000年以降の興味深いリサーチの紹介は特に読みどころだ.行動生態学を学ぶ人にとっては貴重な副読本となるだろう.
 
関連書籍
 
原書

 
ズックの一般向け科学書.

最初の一冊.題名は「性淘汰」だが,性淘汰の解説本というよりはリベラルフェミニズムの立場から一部の極端なフェミニズムの主張の誤解を正す本になっている.

 
同邦訳 私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20081103/1225675659
 
パサライトや感染症についての一冊.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entries/2007/11/05
 
同邦訳 私の訳書情報は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20090919/1494723205
 
昆虫の行動生態についての本.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20120402/1333369750
 
パレオダイエットなどのヒトの進化を単純なストーリーに押し込んだ世間の誤解についての本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20130617/1371471025
 
同邦訳 私の訳書情報は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20150123/1422011354
 
行動の進化についての一冊.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2022/09/13/110957
 
シモンズの著書としては精子競争についての専門書があるようだ. 
性淘汰についての日本語の解説本
 
最近ではこれになるが,やや極端な立場から書かれており,一般向けとは言い難い.私の訳書情報は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2020/02/02/102603

手堅い一冊としてはこれになるが,やや古く,最新のリサーチは含まれていない.私の書評は
https://shorebird.hatenablog.com/entry/20071005/1191583417

 

 

*1:振り返って考えると多様な二次性徴がすべて同種を見分けるためだけに役立つとみなされたのは驚くべきことだとコメントされている

*2:一夫一妻とされることが多いが,一部の種では一妻多夫らしい

*3:感覚バイアスについてはきっかけの議論としては問題ないが,派手な装飾が適応度的に不利になるなら,配偶者選択局面でのバイアスがなくなる方向に淘汰圧がかかるので,それがいかに保持されるのかが問題になる(何らかの制限があることが説明できなければならない).またセクシーサン仮説については選択に極くわずかでもコストがかかれば(識別や決断には通常コストがかかるだろうと思われる)長期的には成り立たないことが理論的に明らかになっているという問題がある.

*4:これはグラフェンの理論的モデルが示すハンディキャップ型性淘汰が成立する条件になる.この点の解説がないのもちょっと物足りない

*5:メスの極端な複数回交尾とオスが精子生産に対して自殺行為になるほどの多くの投資をするように進化したのではないかとされている

*6:なぜこれが何らかの妥協的な頻度でなくメスの最適値なのかについては説明がない.やや納得感がないところだ

*7:鍵と鍵穴説は本質的に「二次性徴は種判別のためにのみ進化した」という考えであり,それはありそうもなく,実際には競争と選り好みが関与している証拠(配偶システムにより交尾器の多様化の規模が異なる)があることが解説されている

*8:選り好みの対象になる二次性徴が捕食者の注意を引くようなコストがかかる場合にトレードオフの状況ごとに最適な二次性徴形質がことなり,オスの形質やメスの好みが多様化しやすい.なおここではスキアシガエルの2種でこのトレードオフがあるためにメスが状況により(雑種の不妊リスクにもかかわらず)異種のオスを選ぶことが紹介されている(本書の該当箇所では「このトレードオフのために隔離が維持されている」と書かれているが,この状況では隔離が妨げられており,逆ではないかと思われる)

*9:ノドジロシトドの例(白い縞を持つモルフと淡褐色の縞を持つモルフがあり,ペアの大半が異なるモルフ同士の組み合わせとなる)が紹介されている.オスは白色モルフのメスを好み,メスは淡褐色モルフのオスを好む.なぜ負の同類交配になるかについては「白色のメスの方が高い競争力を持ち,自分の好む淡褐色のオスとペアになれることが原因だ」と書かれているが,そもそもなぜメスが淡褐色のオスを好み,オスが白色のメスを好むか(その方が適応度が上がるのか)が説明されてなく,物足りないところだ